第二十八伝 VS 沖縄県 万物両断ウチナースケバン




「むむ…ここは……どこだーーーー!!!」


 廊下で叫ぶセーラー服の少女が一人、腰には何故かベルトの様に鎖を巻いている。


 名前は北谷きたや菜切なきり、沖縄県のご当地スケバンである。


「くんくん…うちなーじゃあないな! ないちゃーか!?」


 菜切は腰に差していた厚みのある木の板を取り出し、中からの部分が固定されていた短刀を取り出して構えた。



 琉球に伝わる伝説に、北谷菜切チャタンナーチリーという名前の短刀が存在する。


 ある日、琉球で農婦が赤子の首を斬り落とす事件が発生した。役人に捕まった農婦は「包丁で切る真似をしただけなのに赤子の首が切れてしまった」と話し、自身が無実であると主張。


 これを疑った役人は試しにその包丁を山羊に向かって切るそぶりをしたところ、本当に山羊の首が切れてしまった。


 その凄まじい切れ味から短刀として鍛え直され、現在では日本の国宝に指定されている。




 名称、青貝あおがい微塵みじんぬり腰刀こしがたなこしらえ、号を北谷菜切チャタンナーチリー


 菜切の愛刀である。



「ここ! 誰かいる気がするな~!!」


 鍵のかかったドアに四角く切れ込みを入れ、蹴る。


 まるで豆腐の様に切れるさまは異様の一言だった。


 開けた穴に飛び込むと、薄暗い教室の中に誰かが背中を向け佇んでいる。


「お前誰だ!!」


 菜切が叫ぶとゆっくりとその人物が振り返り、目を合わせた。


 服装は黒セーラーの上から白衣を纏っている、手には試験管を持っており、髪はショートカット。


「私は明礬みょうばん鉄輪かんな、一応大分のスケバンだが…キミこそ誰だ?」


「うちは北谷菜切!! うちなーのスケバン!! どっちが強いか勝負しろ!!」




沖縄県 万物両断ウチナースケバン、北谷きたや菜切なきり



VS



大分県 恐怖理科実験室毒露スケバン、明礬みょうばん鉄輪かんな




いざ尋常に、スケバン勝負!!




「いきなり出てきて物騒だな、私はあまり戦いたくはないんだが…」


 触っていた試験管を試験管立てに戻し、白衣のポケットに手を突っ込む鉄輪。


「なんだ~! 自信ないのか!?」


「いや、勿論闘った所で負けることはないがな」


「おお~いいなお前! うちも全力で闘うぞ!!」


 菜切は両手を横に出し能力を発動する。


 「来い!! シーサー!!」


 菜切が横に両手をやると、地面に魔法陣のようなものが二つ現れ光り始めた。


 菜切の能力は、理想郷ニライカナイからシーサーを呼び出し使役することである。


 ライオン程の大きさのシーサーが二頭召喚され、一頭は口を開け今にも鉄輪に襲い掛からんとばかりに威嚇しており、もう一頭は口を閉じ、静かに鉄輪を睨みつける。


 (阿吽か、この二体を召喚するのが北谷菜切の能力…、恐らくシーサーだが、実物を見るのは初めてだな)


 観察を始めようとする鉄輪を無視して菜切は吽のシーサーに飛び乗ると二頭に命令する。


 「左右から挟み撃ちだ!!」


 教室を縦横無尽に駆け回り敵を攪乱してからの同時攻撃である。


 当然、獅子の機動力に人間である鉄輪は勝てる訳がなく、彼女は教室の中央で微動だにすらしなかった。


 鉄輪の動きの無さに多少違和感を感じる菜切だが、大人しく敗北を受け入れるのなら好都合とタイミングを計り二頭同時に襲い掛かった。


 「キミたちが教室中を動き回ってくれたおかげで思ったより早くガスが散ったな」


 その時、阿のシーサーに異変が起きる、突然倒れて動かなくなったのだ。


 「な!? どうしたシーサー!! ウッ───臭い!! なんか臭いぞこの教室!」


 声を荒げる菜切、そして何故か鉄輪も驚く。


 「驚いた、キミらは無事なのか…そういえば雌のシーサーは厄除けの力があるとか聞いたことがあるな…だから私の毒が聞いてないのか」


 『硫化水素』、日本の温泉地帯で広く発生しているガスである。卵の腐った匂いがするこのガスは空気中の濃度が0.15パーセント以上になると即死すると言われている。


 鉄輪の能力は『温泉』そのもの、幼少期から毎日のように温泉通いをしていたらいつの間にか彼女自身が温泉になっていた。


 体表からは温泉付随ガスを放出することができ、彼女が触れた場所からは摂氏150度にも達する間欠泉が吹き出す。


 「毒が効かないなら直接叩くまでだ」


 両手をポケットから出し、床に触れる。


 「『鬼石坊主地獄』」


 突如、鉄輪の周囲の床が灰色の泥質に変化し、菜切が乗っているシーサーの脚が地面に若干沈み込む。


 そして部屋中に広まる刺激臭と熱波。


 鉄輪の第二の能力、地形を温泉に変化させる能力である。


 「…な、なんだ!? 地面が…膨れ上がってる……!?」


 次いでシーサーを囲う様に地面がいくつも丸く膨れ上がった。


 鉄輪は理科室特有の巨大な机を飛び越え源泉から距離を取る。


 「灰色の熱泥が沸騰する様子が坊主頭に似ている事から『鬼石坊主地獄』……見た目で分かるだろうが、破裂するぞ、気を付けろ」


 鉄輪が机に姿を隠し菜切が後ろに飛んだ瞬間、坊主頭が破裂した。


 辺りに高温のガスと泥を撒き散らし、菜切を庇うようにそれを全て身体で受け止めたシーサーは消滅する。


 教室の中心は爆心地の様に何もなくなっており、鉄輪は机を飛び越え後ろの壁まで吹き飛ばされている菜切を見つけた。


 「威力は申し分ないが、私にも被害が出るのはやはり使い勝手が悪いな、さてこの教室も使い物にならなくなった事だしそろそろここから脱出するか」


 と、教室から出ようとした時、ジャラッと鎖の音が響く。


 見ると菜切が腰に巻いていた鎖を北谷菜切チャタンナーチリーに接続しているところだった。


 「よくもシーサーたちをやってくれたな!! ここから反撃開始だ!」


 ビュンビュンと鎖を振り回しながら近づいてくる菜切、周囲の障害物は床を含め傷が増えていく。


 (なんだあの刃は…? 物を斬った時の音がしない上に抵抗が全く感じられない……なんでも斬れる剣といったところか?)


 「間合い!!」


 その声と共に菜切は手を横に振り、万物を両断する刀が鉄輪の身体を薙ぐ。


 紐を介して扱う武器の先端の速度は想像を絶する、鞭などはその最たる例で音速を軽々超える。


 重さは異なるが、菜切の武器も遠心力と彼女の筋肉によってその先端はもはや目で捉えられる速度ではなかった。


 故に鉄輪は刀を見ず、術者の手元を見た。そうすれば大体の攻撃位置の予想は着く。


 おおよその距離を目視で計算し、横から飛んでくるを自身と菜切の丁度中心辺りで蹴りつけ、その反動で身体を仰け反らせ刀を回避する。


 さらに鉄輪の蹴りによってさらに加速された先端が菜切に高速で迫った。


 「!?」


 膝を折り、それを避ける。 パラパラと切れた髪が宙を舞う。


 鎖は鉄輪の足を中心に回り、巻き付いていく。 タイミングを計りその足を地面に叩きつけた。


 引っ張られた鎖が屈んだ菜切を今度は斜めに襲う。


 咄嗟に懐からこうがいを取り出し、穂先を鎖の間に正確に通して地面に突き立てた。


 『笄』とは、武士がまげを整えたり、髷を乱さないように頭を掻いたりするときに用いたとされる刀装具である。


 菜切は刀身の横から床に叩きつける事で地面に潜るのを防ぎ、スピードを消した。


 鎖の接続を外し柄に戻す。


 「何してくるか分かんないからあんまり近付きたくなかったんだけど!! 仕方ない!! 近接で勝負だ!!!」


 刀を向ける菜切に鉄輪は疑問を抱く。


 (シーサーが居なくなったのになぜ動けるんだ?)


 両者ともに平然と動いているが、教室には毒ガスである硫化水素が蔓延している。


 鉄輪は先ほどシーサーの厄除けの能力が影響して毒ガスが効いていないと判断したが、今はそのシーサーがいない。


 (何か別の要因があるのか…近接戦闘なら奥の手が使えるが、一応用心しておこう)



 沖縄県宮古島市には奇妙な伝統が存在する。


 『パーントゥ・サトゥプナハ』、仮面をつけた来訪神パーントゥが蔓草をまとい、ンマリガーと呼ばれる井戸の底に溜まった泥を全身に塗って現れ集落を回って厄をはらうという伝統行事である。


 厄払いは誰彼かまわず人や家屋に泥を塗りつけて回るというもので、泥を塗ると悪霊を連れ去るとされている。


 このンマリガーから採取する泥は硫黄のような強烈な臭気を放ち、塗られたら数日はその臭いが取れない。


 幼少期にこの奇祭に参加した菜切は、それはもう全身に泥を塗りたくられた。


 以来彼女は無病息災であり、一切の毒が効かなくなった。


 「正々堂々正面からだ!!」


 尚もこちらに歩みを続ける菜切に鉄輪は忠告する。


 「毒が効かないという慢心が、ここが危険地帯だという感覚を鈍らせる」


 直後、菜切の目の前に高温の間欠泉が噴出し、構えていた短刀が上空に吹き飛ばされた。


 「熱ッ!?」


 「『龍巻地獄』、これで刀の心配はなくなった」


 奥の手を使おうと、怯んだ菜切に向かって走り始める鉄輪だが、既に菜切が動いていた。


 吹き上がった湯によって両者の間に壁が出来た瞬間、咄嗟に菜切は床に落ちていた鎖を振り、鉄輪に巻き付けた。


 「……ッ!」


 運悪く、その鎖は鉄輪の腕ごとその身体に絡みついた。


 一瞬の逡巡、鎖を注視してしまったために生まれた間隙を菜切は見逃さなかった。


 ガシッと鉄輪は脚を掴まれる。そして目の前には振り上げられた脚。


 片手逆立ちで鉄輪の片脚を掴んで固定し逃がさない。


 更に───


 (足趾で刀を───!?)


 振り上げた足の指で宙に飛んだ北谷菜切を掴んでいた。


 咄嗟にまず腕が動く、振り下ろされる足を止めようとするが鎖で縛られている。


 次に脚、避けようとするが菜切に封じられている。


 しかし、既に選択を二度も間違えた鉄輪に時間の猶予は残されていなかった。



 「スイ!!」



 菜切の掛け声、轟音、吹き飛ばされる身体。




 身体の表面で間欠泉を噴出させる事で得られる推進力、


 その威力から日本最古の大砲と同じ名を持つ、


 「国をも崩す」ことを意味する「その技」の名は、



 『国崩し』



 「使うのが一瞬遅れたせいで死ぬかと思った……」



 吹き飛ばされたのは菜切の身体。


 あの一瞬、鉄輪は自由だったもう片方の脚の裏に間欠泉を作り出し、『国崩し』を放った。


 その最速の蹴りは凶刃が届く前に菜切を打ち抜き、決着をつけた。


 「この奥の手も、体内の水分を一気に使うから連発できないのが、使い勝手が悪い所だな」


 先ほどより更にめちゃくちゃになった教室を見て、再び鉄輪は呟いた。


 「……そろそろ脱出するか」 




 スケバン勝負これにて決着ッ!!


 勝者、明礬鉄輪 !!



 決まり手、国崩し




◇◇◇




スケバン図鑑㉒


なまえ:北谷菜切


属性:万物両断ウチナースケバン


能力:理想郷ニライカナイから阿吽のシーサーを呼び出すことができる能力。阿のシーサーは騎乗中福を呼び寄せ、吽のシーサーは厄を払う。


備考:北谷菜切は鞘をも斬ってしまうため、普段は鞘を柄と固定して持ち運んでいる。


ご当地:北谷菜切、パーントゥ、シーサー

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