第二十七伝 VS 長崎県 金髪碧眼鬼スラシスタースケバン





 場面は変わり、八雲が一人のスケバンと対峙していた所まで時は遡る。




 金属製のボール入れが少しずつ八雲を押し潰そうと迫る。何とか踏ん張って押し戻そうとするが、想像以上に重い。まるで誰かに押されているような感覚だった。


「これは…まさか湯山さんの能力か!?」


「ええ、その通りです」


 ガラッと用具入れを開け放つ千歳、中へと入り何かを引きずってくる。


「あれは───バレー用の支柱……」


 見るだけで重いと分かる二つの棒、専用の台に乗せられたそれを、千歳が車輪付きの台ごと引きずっている。


「あ、あんなもん直撃したらヤバいぞ!?」


 このままだとボール入れと挟まれる形になる。


(た…確か湯山さんの言っていた勾配率ってのは、進んだ距離に対する高さの変化率だったはず…つまり勾配率100%ってのは角度的に45度って事か!)


 千歳の言っている事が正しければ、八雲を中心に、目に見えてはいないが45度の傾斜ができているという。日常生活であればスキー場の上級者コースでしか見ないような数字である。


 千歳がグイッと八雲の方へと台を押し出すと、やがてその範囲内に入ってしまったのか八雲に向かって加速し始めた。


「は、速い…!!」


 当然、重量があればある程スピードは速い。ガシャアン!!と金属同士がぶつかり合う音が体育館に響き渡る。


「あ、危ねぇ…ぺちゃんこになる所だった…」


 八雲は直撃する寸前にボール入れの上に飛び上がって乗っていた。


「体育館、意外と使用出来る物が少ないですね、しかしそれも一時の事…」


 千歳は再び用具入れへと戻っていく。


「とりあえず飛び乗ったのはいいが、これからどうするか…」


 辺りを見回していたその時、八雲の背後、右後ろから誰かの声が聞こえてきた。


「な、何だこの辺…地面が変だぞ!? 滑る…ドリフみたいに傾いてるのか!? わあああああああ!!!」


 ゴロゴロと転がる音と共に外へと続く扉から姿を現したのはイケメン系の美少女だった。体育館の中へと滑ってくる直前に扉の縁へと手を伸ばして何とか掴まる。


「ふぅ…危なかった~、ん…君は…」


 下にいた(正確には横)八雲を見つけ思案顔になると、途端に笑い始めた。


「はっはっは! もしや君もこの妙な空間に連れてこられたのかな? 僕の名前は宇頭之保うずしほ、君の名前は?」


「文月八雲だ! 何を言ってるか分からないかもしれないが、ここら辺は俺を中心に目には見えないけど傾斜が出来ているらしい! 之保さんも早く逃げた方がいい!!」


 何にせよまずは危険を知らせる八雲、それを聞いた之保はふむふむと頷く。


「成程、つまりここに能力者、もといスケバンがいるって事だね、それなら僕に任せてもらおうか、見たところ君は部外者のようだしね、餅は餅屋というやつさ」


 更に之保に状況を聞かれ、八雲は千歳の能力などを洗いざらい喋る。


「よし、大体分かった、ところで八雲くん、お願いがあるんだが少し左にズレてくれないか?」


 之保が上を見たまま八雲に頼んだ。


「左…?」


「そうだ、ズレたら今度はもう少しこっちに近付いて貰いたいんだが、ボール入れに乗ったままでも、身体を乗り出せば君に引き付けられて動くんじゃないかな?」


 片手で扉に掴り八雲に指示を飛ばす。言われた八雲も試しに身体を傾けてみると、確かにそっちにゆっくり動き始めた。


 1m程、之保に近付くと、体育館の外でガシャアン!とけたたましいが鳴った。次いでジャバーと水が噴き出す音。


「うん、狙って角度を付けた自転車が上手いこと蛇口をひねってくれたみたいだね」


 八雲から見ることは出来なかったが、之保の作戦は成功した。


 八雲から聞いた千歳の能力には、範囲がある。之保が見ていたのは自転車置き場と体育館の外に設置されている蛇口だった。八雲に動いてもらい、見えない坂道の範囲内に自転車を入れ、引っ張られた自転車が蛇口に衝突し、ひねった。


 水は排水溝に流れることは無く、八雲の方へと垂直に落ちていく、つまり真横に流れ始めた。傾斜は90度に近付いている。


 流れてきた水を手で受け止め続け之保は能力を使用する。


「僕の能力の唯一の弱点は補給が必要な点だからね、逆に言えば補給さえできてしまえばこちらのものという訳さ、そう思わないか、湯山千歳さん?」


 之保が声をかけた方向を見ると、千歳が倉庫から出ていた。


「貴女は…確か徳島県の、何の用ですか? 今の私の標的はそこの彼だけです、彼を助けようというならもう無駄ですよ、私の攻撃は既に完成しました、勾配率は無限になったのですから」


「はっはっは、何を言っているんだい? スケバン同士が相見えたんだ、やることは一つ、僕の名前は宇頭之保、勝負しようじゃないか!」




徳島県 鳴門の大渦潮スケバン、宇頭之保うずしほ


VS


長崎県 金髪碧眼鬼スラシスタースケバン、湯山ゆやま千歳ちとせ



いざ尋常に、スケバン勝負!!




「先手必勝!」


 志保は操った水を千歳の顔に纏わりつかせようとする、が途中で何かが引っ張られるような感覚と共に制御が利かなくなった。


「言ったでしょう、私の攻撃は既に完成したと、傾斜が90度に到達した今、全てのものは彼を重力の中心として向かっていきます、私自身は能力の効果を受けませんが、近くにいて向かってきた物が直撃するのも嫌ですし逃げさせてもらいます、貴女たちはそこでおとなしく敗北してなさい」


 水は強力な力で八雲の方へと引っ張られていく。 急いで操作し、手元まで戻すがこのままだと千歳の元まで届かない。


 扉の縁に掴まっているだけの之保の身体も段々と八雲に引かれ始めた。


「なるほど、これから能力の効果範囲も拡大するし、八雲くんに向かっていく力も強くなっていくという訳か」


 チラッと扉の外を見てから之保は笑う。


「まったく…僕じゃなかったら負けていただろうね!」


 補給しておいた大量の水を操り、八雲を包み込む。


「なッ…!?」


 この状況をどう処理すればいいか考えていた八雲が、個室に入ってしばらく身を潜めてればいいんじゃないかと結論を出した瞬間、いきなり水が纏わりついてきたので思わず声が出る。


「八雲くん、上へ向かって泳ぐんだ!」


 之保は操った水を、八雲から体育館の天井まで繋げるように形作った。


 之保の作戦はスピード勝負、千歳に逃げ切られてしまえば全てが台無しになる。作られた水の通路を八雲が泳ぎ切り天井の梁に手を掛けたのを確認するのと同時に、水を手元まで再び戻す。


(之保さんの言う通り、とりあえず上まで泳いだが…)


「之保さん!! 俺は何をすればいい!?」


「『我慢』だ、君は耐えてくれさえすればそれでいい」


 その瞬間、体育館の窓ガラスが突然黒い物に覆われたかと思いきや、ガッシャアアアン!!!と全ての窓ガラスが割れた。


 黒い物体の正体は、駐車場から八雲の身体に飛んできた乗用車、さっきまでどこかに引っ掛かっていたものが、八雲が移動したためそこから外れて飛んできたのだ。


 多くの車は格子に阻まれて体育館の中までは入ってこないが、割れたガラス片が大量に、それも千歳の能力によって速度の上がった状態で八雲に飛来した。


「嘘だろおい!!!」


 咄嗟に片手だけ学ランを脱いで上半身の前に出し、梁を掴んでいない方の手で張る。


 当然それだけで防げる訳はなく、足や腹に破片が突き刺さった。学ランに穴が開きそこから肩や腕にも刺さる。


「ぐ…ぁ…ッ!!」



 それは痛みで思わず梁から手が落ちそうになった時だった。


「八雲くんよく耐えた、君には申し訳ないが真の我慢はこれからだ、手を放せ!!」


 千歳が宣言通り体育館の外に出た瞬間───之保が扉から顔を出し千歳の身体を捉えた瞬間、八雲が梁から手を放した。


「『渦潮』」


 ギュン、と高速回転した渦が八雲に直撃する。


「ゴッ…!!!!」


 衝撃で意識が飛びかける。


 補給した水全てを使って繰り出した渦潮は、八雲ごと窓ガラスを突き破って外へと飛び出した。


 の窓ガラスを。


「全てのものが八雲くんに向かう…なるほど丁度良かった、勢いが増して、ここを能力のにするくらい吹き飛ばすことが出来る」


 ズドンッと音が鳴る。


 格子に引っ掛かっていた車が千歳を下敷きに墜落した音だった。


「───ッ……」


 八雲が離れることで、千歳の真上にあった車が能力の範囲外になる。引っ張られることがなくなった車が重力に従い、千歳に直撃した。


「八雲くんには悪いことをしたな、でもまあ…八雲くんがロザリオを踏んだ事から始まったんだから喧嘩両成敗って事でさ、男の子なんだから堪えてくれ」




スケバン勝負これにて決着ッ!!


勝者、宇頭之保 !!



決まり手、カープレス




◇◇◇




(あ、あの之保って人、ぜんっぜん容赦がねぇ!! くそ、この高さから地面に叩きつけられたら絶対死ぬ!!)


 一方、八雲はまだ渦潮によって宙を舞っていた。


 打ち出された角度から八雲はどんどんと地上を離れ、高度が上がっていく。


(ど、どうにかして───ん?)


 むりやり首を後ろに向け、背後に何があるのか確認すると、またしても窓ガラス。


(教室!! いつの間にか体育館からこんなところまで飛ばされてたのか!! う…受け身を取らねぇと!!)


 ガラスを突き破り、水を巻き散らしながら教室の床を転がる。突き刺さっていたガラスの破片が皮膚をえぐるが、死んでないのなら御の字だった。


「痛ってぇ…全身…骨も折れてるな…息するだけで───」


「八雲…?」


 朦朧とする意識の中、腕や足の負傷具合を上半身だけ起こして確認していた八雲に声がかかる。


 それは聞き覚えのある声。


 顔を上げると、


「───瑠衣…か?」


 見覚えのある顔。


「八雲! どうしたんだその傷!? 何で窓から突っ込んできたんだ!?」


 座っていた椅子を放り投げ、八雲に駆け寄る瑠衣。


(何で瑠衣がここに…? 制服が破けて血が出てる…つか無事なのか? くそ流石に意識がやべぇ…)


「瑠衣こそ…ケガしてないか?」


「ああ、私の傷は治ってるよ! じゃなくて八雲の話だって!」


「俺か、別に大丈夫だ…少し…寝れば治る…」


 やがて八雲の意識は、瑠衣の呼びかける声を聞きながら落ちていった。




◇◇◇




スケバン図鑑㉑


なまえ:湯山千歳


属性:金髪碧眼鬼スラシスタースケバン


能力:対象を中心に見えない坂道を作り出す。勾配率が無限に到達すると、今度は全ての物が対象に向かってくるようになる。勾配率、引力、効果範囲は時間がたつにつれどんどんと強く、大きくなる。千歳だけは能力の効果を受けない。


備考:千歳の作り出す坂道はその激しすぎる傾斜から鬼スラという異名で呼ばれている


ご当地:とにかく多い坂

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