第二十五伝 VS 岐阜県 スーパー和紙オカンデスケバン






「ん───? ここは…廊下、か? なんであたしこんな所に…」


セーラー服の上から黒いジャケットを羽織った少女が辺りを見回し呟く。彼女の名前は神火祭鈴、祭鈴もまた麗来の能力によってこの空間に連れてこられたスケバンの一人だった。


祭鈴が立っていたのは学校の廊下、当然見覚えはない。


「どこかのスケバンの能力か? …考えても仕方ないか」


何の変哲もないただの廊下だが人気がない、少なくとも生徒は登校し始めている時間のはずだった。


奇妙に思いながらも先のほうを見ると手洗い場と他の階につながる階段が見えた。


とりあえず外に出ようとそちらに歩き始めた時、不意に祭鈴のすぐ横の教室のドアがガラッと開く。


出てきたのは少女、和服を思わせるような制服を着ており、手には和傘、足には何故か下駄を履いている。


カラン、カランと小気味よい音を立てながら廊下に出てきて祭鈴に向き直ると、少女は喋り始めた。


「今でも納得いっとらんのは日本の中心は東京って呼ばれとることなんやけど、アンタどう思う?」


「……」


いきなり現れて誰だこいつはと祭鈴が黙っていると、返事も聞かずにまた喋り始める。


「ウチの岐阜県なんか地理的に完ぺきに日本の中心に位置しとるのになんでそう呼ばれんのか昔から不思議やったわ~、まあウチが最強のスケバンやって事証明して『東京から東濃へ』を達成しようと思うんや、アンタはその礎の一人目」


「随分と大言壮語じゃない、名古屋からどれだけ近いかでマウント合戦する県の人間とは思えないセリフだ」


ビリッと両者の間に緊張が走る。


「ウチの名前は相生あいおい美濃みの、岐阜県のスケバンや、そっちは?」


「愛媛の神火かみひの祭鈴まつりだ、安心しろ、いろいろ考えてるみたいだが───もうこれから考える必要はない」




愛媛県 炎獄爆裂ファイヤースケバン、神火祭鈴




VS




岐阜県 スーパー和紙カミオカンデスケバン、相生美濃





いざ尋常に、スケバン勝負!!




「本州ですらないスケバンにええころかげんな事言われとったんか、まあすぐウチの前に倒れることになるしどうでもええか」


美濃は和傘の柄の底に付いていたボタンを押し、その先端からジャキッと刃を光らせた。


「…どういう仕組みなんだ?」


「岐阜和傘と関の刃物の技術の融合や、番傘は番傘でもウチのは特注の女番傘スケバンがさ、そう簡単には壊れんよ~」


番傘とは和傘の種類の一種である。


まず動いたのは美濃、距離を詰め祭鈴を一突きにしようと和傘を突き出す。


「…ッ!」


身体を右に反らしその突きを回避する。それと同時に左手で和傘を掴む。


飛び出た刃が存在するのは先端だけ、むしろ傘の部分を掴んでくれと言っているようなものだった。


番傘の構造は太い竹の骨組みに和紙を張り、その上から油を引くことで雨をはじくものである。


祭鈴の発火能力にとっては好都合の相手だ。


が、能力を発動させる寸前、祭鈴の手から和傘が


次いで手に鋭い痛み。


「何? 傘が───なびいた?」


確かに祭鈴の手から抜けた時、まるで旗の様に傘が靡いた。


手の平にはパックリ切り傷が付けられており、血が滴っている。


「あんたの能力、もしかして…紙か」


「よう分かるな~、そうウチの能力は触れたものを紙にする能力、ちなみにそこらの刃物とは比べ物にならんほど切れ味はええよ、取扱注意や」


祭鈴に見せびらかすように薄くした和傘をひらひらと揺らす。


『美濃和紙』、日本三大和紙の一つであり、『岐阜和傘』の素材でもある。


和傘を元に戻し、再びその切っ先を祭鈴へと向ける美濃。


「さて、アンタの能力は何やろな~?」


「そんなに見たいなら見せてやるよ、吹き飛びな」


祭鈴は傷ついていない右手から、美濃に向かって人魂を放出した。人魂のスピードは速く、距離も近いため美濃は避けられない。


(何や、燃えとるんか?)


咄嗟に和傘を広げ、身を守ろうとする美濃。が、人魂が和傘に触れた瞬間、爆音とともに美濃を吹き飛ばした。


自慢の女番傘は傘の部分が完全に消失してしまい、廊下に傘の柄だけが転がっている。


その更に後方でむくりと美濃が起き上がる。


「いや~危ない危ない、って──ああ!! ウチの女番傘いたんどるやん!! 特注やったのに!!」


プンプンと怒っている美濃に、祭鈴は疑問を抱く。


「何で無傷なんだ?」


いくら傘で防いだからとはいえ、和傘は和傘、素材は和紙である、爆発を前には何の防御手段にもなっていないはずだ。


「たーけやな~、ちょっと考えれば分かる事やん、アンタの能力はさっきウチに飛ばしてきたやつを爆発させる能力やろ? 断言するけどその能力じゃウチには勝てんよ」


自信満々というよりも、むしろ事実を言っているだけと言った口ぶりで美濃は祭鈴を見る。


「確かにあんたの言う通り、何で無傷だったのか謎を解かないとあたしに勝ち目はないかもしれないな」


祭鈴は美濃から視線を外す事なく横に歩き、廊下に並ぶ窓を一つ開放する。


「ただ…あたしは別に能力だけで勝とうなんて思っていない」


再び美濃に向かって、爆弾を発射、どうやって美濃が回避したのかを探る。


答えはすぐに分かった。


さっきは傘と爆発に隠れて見えなかったが、今度は良く見える。


爆発と同時に美濃はバックステップし、爆風に飛んでいた。


「自分の身体を紙にして───そうか、爆発なら爆風の方が先に到達するから風に乗って逃げられる…」


「何回やっても無駄やって、掴んで逃げられないようにするんやったら話は別やけど、で次はどうするん?」


紙から元の身体に戻り三度対峙する。


美濃の言う通り、紙になって逃げられてしまう以上、掴んで逃げられなくさせるのがベストな選択だろう。


しかし掴もうとすれば、刃物より切れ味のいい紙で身体を切り裂かれる。


八方塞がり、だからこそ祭鈴は次の手を打っていた。


「じゃんけんだ」


「は?」


前後の脈絡に全く関係のない祭鈴のセリフに美濃があきれた声を出す。


「じゃんけんだよ…知らないか? 相生はパーでいいよな、紙なんだし」


「何言って───」「あたしはチョキだ」


祭鈴がそう言った直後、美濃の真横で爆発が起きた。


窓ので、爆発が起きた。


衝撃で窓ガラスが大量に割れ、美濃に飛んでいく。


「なッ!?」


紙だというのなら、切れる。


窓を開け、美濃に向かって人魂を発射した時、一瞬の隙をついて窓の外へと手を出し壁沿いに人魂を打ち込む。


限界まで速度を落とした人魂が、時間差で美濃の真横に到達した瞬間に爆発させたのだった。


(流石にこれは予想しとらんかった! 回避せんとまずい、紙になって───あかん紙になったら切られる!!)


一瞬の逡巡の後、咄嗟に両手で顔を覆い隠す、次いで降り注ぐ無数のガラス。


美濃の全身に容赦なくガラス片が突き刺さるが、和服のような厚い制服が身体の深くまで負傷するのを防いだ。


「く…ぁ…!!」


だが一部は制服を軽々突き破り、美濃の身体を傷付けた。衝撃で壁に激突し、痛みで顔を顰める美濃。


「悪いがすぐに決めさせてもらう」


ガラスの飛ばない位置まで移動していた祭鈴が、美濃へと走り出し、とどめを刺そうとする。


要は逃がさなければいいのだ、掴めば負傷するのなら踏めばいい。


ガンッと壁にもたれかかっている美濃の足を上から踏みつけた。


「これであたしの勝ちだ」


至近距離からの爆発、ここまで近づいてしまうと祭鈴も美濃によって切り裂かれる可能性があったが完全に無視していた。



それは祭鈴が人魂を発射した瞬間。



「いや、これでウチの勝ちやよ」



ドガシャンッッッ!!!! という爆音。何かを思考する暇なく、祭鈴の身体は気絶しそうな程強烈な衝撃とともに窓の外へと投げ出されていた。


「ガッ…ハ……!?」


かすむ祭鈴の目に見えたのは乗用車だった。


「ウチの能力は何でも紙にできる、ここは誰もおらん空間っぽいけど駐車場にいくつか車が止まっとったんや、それをにしておいた」


懐にしまっておいて、いざという時に紙から元に戻す。一瞬で車に戻った勢いは凄まじく、回避不能の一撃となった。


美濃は紙になることで車と壁に挟まるのを防いでいたが、祭鈴は窓側の壁に叩きつけられ、そのまま壁を破壊しながら外へと放り出されたのだった。


「あ~えらくてもう敵わんわ、いや案外愛媛のスケバンも強かったな~、こんなのがあと何人もおるんか?」


美濃が車を紙に戻し、立ち上がった時、また窓の外から爆発音が聞こえてきた。


ただし今度は、下から。


次いでズダダダと、壁を登るような音。


割れた窓から太陽を背に飛び出してきたのは確かに階下に落とした祭鈴だった。


全身血まみれの彼女は紙になった車に近付かないように廊下に降り立つ。


「パ…パイプを使ってきたんか…」


「あんたの真似だよ、爆風に乗って来たんだ」


またしても祭鈴が人魂を発射し、美濃が紙になって逃げる。


美濃は咄嗟に車を拾おうとしたが失敗し、爆風によって距離を離された。


何度か同じ攻防を繰り返され、再び祭鈴と超至近距離で対峙する。


「アンタ何がしたいんや? 無駄やって言っとるやろ」


「やってみないと分からないだろ」



直後祭鈴が手を突き出し人魂を放出、がここで傷の影響か完全に外した。


明後日の方向に飛んでいく人魂、その隙をついて、美濃は紙にした自分の手で祭鈴の左手首を切り裂いた。


吹き出す赤い液体、美濃は勝利を確信する。


「止血はすぐにできる」


右手で患部に触れ、能力を発動し熱して止血した。


「ッチ! 躊躇ないなぁ!」


次の攻撃に移ろうとする美濃の背後でさっき打ち出した爆弾が爆発する。


ブシュッ! という音と共に二人の上空から何かが降ってきた。


驚愕した顔で美濃は背後に振り替えり、何が起きたのかを把握した。


「蛇口と水道管を破裂させた、恵みの雨とはこの事だな」


各階に設置されている手洗い場を破壊、吹き出した水が雨となって祭鈴と美濃に降り注いだのだ。


「相生、これであんたはもう能力を使えないな」


「……アンタだってそうやろ、こんな湿気っとる状態で使えるんか?」


濡れた紙では爆風に乗って逃げることができない、濡れている状態では祭鈴は能力を使えない。


だからこそ祭鈴は───



美濃に向かって拳を出す。


「今でも納得いってないのは、岩が紙に負けることなんだが、あんたどう思う?」


「…」


突然、美濃は踵を返し戦略的撤退を図ろうとする。


濡れた廊下では踏み込みも弱くなるため、一歩を踏み出す前に奥襟を背後から祭鈴に掴まれた。


足払いを掛けられ、倒れるのと同時に顔面への強烈な一撃。


じゃんけんの勝敗は、グーに軍配が上がった。



背後で大きな音がし、振り返ると車が紙から元に戻っていた。


「───勝っ…たか」





スケバン勝負これにて決着ッ!!


勝者、神火祭鈴 !!



決まり手、グー




◇◇◇




スケバン図鑑⑲


なまえ:相生美濃


属性:スーパー和紙オカンデスケバン


能力:触れた物を紙にすることが出来る。同時に紙にできる数には上限がある。自分の身体を紙にすることも可能。基本的に有機物は紙にはできない。


備考:自称、岐阜テッド。家にバカでかいさるぼぼ人形が置いてある。


ご当地:美濃和紙、関の刃物、岐阜和傘、スーパーカミオカンデ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る