第二十四伝 双子のスケバン




「ゲホッ…お互い結構なダメージ食らったけど、なんとか勝てたな」


額を伝っていた血を拭いながら小麦に右手を差し出す。


「瑠衣さんがいなかったら最後勝てませんでした、ありがとうございます」


小麦もそれに応じて握手を交わした。


「敬語なんて使わなくていいよ、瑠衣でいい、にしても…」


小麦のすぐ横で地面に伸びている目々をちらりと見る。


「目々みたいなスケバンが他にも沢山いるんだろうな、連戦になると少ししんどそうだ」


「確かにそうで…そうだね、とりあえずこの場所から抜け出す方法を探さないと」


とは言え、どこにあてがある訳でもない。


しかし、ここが学校ならば校門があるはずである。始め瑠衣が言っていた、ここは自分の学校っぽいという言葉を思い出し、瑠衣に案内してもらおうと思ったが、


「───いや、私はここに残るよ」


「え、どうして? こんなところ危険だから早く抜け出したほうが…」


「こんな所だからだよ、きっと他の県のスケバンも来ているはずだ、なら今倒さない手はない」


あまり戦闘が得意でない小麦には理解できない発言だったが、かといってこの場で一人になるのも心細かった。


そして何より、今の瑠衣の言葉で思い出した。


自分が連れてこられたのだから当然、祭鈴や宿毛、之保がここにいる可能性があった。


「…正直私は戦えるタイプの能力じゃないし、今までも友達の助けとか運とかで切り抜けてきたから、足手まといになるかもしれないけど、瑠衣について行ってもいいかな…? 友達がここにいるかもしれないから見つけたくて」


本来ならば敵であるはずの瑠衣にこんなことを頼むのもおかしな話だが、気が付けば小麦はそう瑠衣に頼んでいた。


「何だそんなことか、どっか行っちゃうなら引き留めないけど、一緒に行きたいなら一緒に行こう、断ったりしないよ」


当然だといわんばかりの瑠衣の返答に小麦の顔がパッと明るくなる。


「あ、ありがとう! じゃあとりあえず校舎のほうに───え?」


不意に小麦の身体に影がかかる。


瑠衣もそれに気付き、二人で上を見上げると、そこには人が


確かに空中に立っていた、見間違いではなく滞空している。


そして二人が声を出す暇もなく、突然その人物は下に向かって加速し始めた。


下とは勿論、小麦に向かってである。


ズドンと衝撃が走った後、次に瑠衣が見た光景は血を流しながらうつ伏せに倒れている小麦と、その背中の上に立つ少女の姿だった。


「───小麦!? おい、お前…小麦から早く降りろ」


瑠衣の言うことに従ったのか、特に何も反論する事なく少女は小麦から降りる。


こちらを向いた少女の顔に瑠衣はどことなく見覚えがあった。


(この顔どっかで…)


ふと気絶している目々が目に入る。


「まさか、姉妹か?」


目の前の少女と目々は瓜二つとまではいかないが、一つ一つの顔のパーツが似ていた。


「良くわかったわね、そう私の名前は生田なばた瞠留みはる、そこで倒れている目々の双子の姉よ」 


思い返せば目々は初めに、姉を探していたと言っていた。


「姉妹そろってスケバンなのか…って事は───同じ能力者…か?」


宙に浮いていたのは渡り廊下から飛び降りた時に靴を見たから。


固定された靴には瞠留の体重が加わり続け、溜められた力が一気に小麦に直撃した、そう瑠衣は推測する。


「ま、そう考えて貰って構わないわ、私は目々と違って能力のオンオフができるけど」


瞠留の言う通り、目々はまだ能力を自身で制御する事ができない。


そのため普段は眼鏡をかけて生活している。


眼鏡が固定されてしまうのではないかと思うが別に眼鏡を見ている訳では無いので大丈夫なのだそう。


「で、ウチの目々やったのあんた? 名前は…確か蓮水瑠衣だったかな」


「…敵討ちって訳か、そうだよ、私が倒した」


奇しくも瑠衣がついた嘘は、祭鈴がついた嘘と同じものだった。


「ふーん、じゃこいつは関係なかったのか、ま、名乗る前に倒れちゃったしどうでもいいか」


横で倒れている小麦を見下ろすが、すぐに瑠衣へと向き直る。


「私たちは二人で一県のスケバン、妹が負けたのは弱かったからだけど、私のかわいい妹の顔に泥を塗った恨みは晴らさせてもらうわ」




東京都 恋する乙女スケバン 蓮水瑠衣



VS



栃木県 百々目鬼眼光スケバン 生田瞠留みはる



いざ尋常に、スケバン勝負!!




不意に瞠留がポケットから何かを取り出した。


ティッシュに包まれた棒状のそれはチョーク、恐らく教室からかっぱらってきたものだろう。


瑠衣は思考する。


(目々と同じ能力…少なくとも一人で戦うのはキツい相手だ、障害物でもあればちょっとは状況もよくなるんだけど…)


あいにくここは外、壁にできるものは見渡しても渡り廊下の柱くらいだった。


見られればなす術はない。


瞠留はそんな瑠衣の考えなど気にしない様子で一本のチョークを手に取り、ダーツのように瑠衣に向かって投げつけた。


反射的に手で掴もうとするが、掴めなかった。


否、届かなかった。


チョークは宙に浮かんだまま静止していた。


「あんたの負け」


しまった、と瑠衣が気付いた時にはもう遅い。


溜まったエネルギーが解き放たれ、瑠衣の顔面に高速でチョークが直撃する。


悲鳴すら上げることなく瑠衣の身体が宙を舞って地面へと倒れこんだ。


「こんな二人に苦戦するなんて目々はまだまだね、とりあえず合流できただけましか」


小麦の横で気絶している目々を起こそうと近付いた時、不意に何かが横の柱を走り抜けるのが目に入った。


姿は捉えられなかったが、確かに黒っぽいセーラー服を着ていた。


柱の陰に隠れたであろうその人物の姿は瞠留の位置からは見えない。


「……まさか」


バっと振り返ると


倒れたはずの瑠衣の姿がなかった。


あるのは歯型のような跡の残ったチョークだけ。


「どんな回避方法だよ……」


直撃する寸前に後ろに飛んで歯で噛んで受け止める。


そんなばかなと言いたくなる瞠留だが現に起きているのだから何も言わない。


冷静に瞠留は瑠衣への評価を改める。


「目々に勝ったのは運がいいからだと思ったけど、どうやら実力もちゃんとあるみたいね、ま、かと言って私の勝ちが揺らぐわけじゃないけど」


瞠留の言う通り、一対一である以上見てさえしまえば勝ちなのである。


しかし逆に言えば複数人が相手ならば───


ダンッと瞠留の背後から音が鳴った。


同時に柱の後ろから瑠衣が大声を上げる。


「今だッ!!」


「!?」


まずい! と瞠留は即座に相手を捉えようと目線を背後に向ける。



が、



あるのは脱ぎ捨てられたローファーだけ。


(おとり!? いつ仕掛けた? いや今はそんなことを考えてる余裕は───)


顔を前に戻した瞬間、視界いっぱいに拳が広がった。


「ッッ!!」


風圧を鼻先に感じながらニヤリと笑ったのは瞠留。


「残念、間に合わなかったみたいね」


柱の後ろから見られないよう渡り廊下の更に上空に向かってローファーをぶん投げる。


飛ばされたローファーは廊下を通り越し瞠留の後方に落ちて音を立てた。


それをおとりにして即座に瞠留を叩く作戦だったが、失敗した。


目々との戦いのときの小麦と同じ状況になってしまった。


「内心ヒヤッとしたけど、これであなたの負け、サンドバック状態のあなたに勝ち目はない、遠慮なく恨みを晴らさせてもらうわ!!」



それは無抵抗の瑠衣に拳を振りかぶった時だった。


「…? 身体が…動かない!?」


目や口は動かせるが指先や足はピクリとも動かせない、瞠留の額にいやな汗が流れる。


この感覚、以前に何度か味わったことがある。


同じ能力を持っているおかげか若干能力の効きは悪いが、それでも身体の大部分は支配されている。


「いえ、あなたの負けです、目々さんの能力であなたの動きを封じました」


声は下から聞こえてきた、瑠衣から目を離さないよう視界の端で声の方向を見る。


さっき倒したばかりの小麦が目々の瞼を無理やり開けて、顔を瞠留のほうへと向かせていた。


「こ、こいつ…私の妹を使って…!!」


目々は能力のオンオフができない。


小麦はその事実を知らなかったが、瑠衣の大声で覚醒した直後に状況を察し、自分にできる最適な行動をとった。


「能力を使ってるはずなのに喋れるんですね、同じような能力だから少し相殺されてるのかな…瑠衣、そのまま力をかけ続けておいてね」


目々の目を開けながら器用に手のひらを瞠留へと向け、粉を噴射する。


「なッ!? や、やめろ!」


粉が目に入って反射的に目を閉じそうになるが全力でそれを堪える。


これならばむしろ完全に動きを止められたほうがかえってよかった。


(負けない、負けない! こんな事で私は負けない!!)


目を閉じれば溜まりに溜まった瑠衣の攻撃によって瞠留は確実に負けるだろう。


(な、何か策を───)


その瞬間、小麦の粉が瞠留の鼻腔を無慈悲にくすぐった。


「へぶしっ!!! …あ」


人間は目を開けながらくしゃみをすることができない。


くしゃみをするときに反射的に目を瞑る理由は、目を閉じて頬の筋肉を引き上げることで鼻腔を広げて空気を通りやすくするためなのだが、逆に目を閉じずにくしゃみをすると目が飛び出る可能性もあるという。


「おおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおらあああああああああああああああ!!!!!!」


瞠留は拳の嵐に巻き込まれ、小麦が目々の目を閉じると蓄積されたエネルギーによって後方に超速で吹き飛んでいき、やがて視界からいなくなった。




「助かったよ、小麦、危うく負けるところだった、ありがとう」


「お礼なんかいいよ、だってさっきは私が助けてもらったから、お返しだよ!」




スケバン勝負これにて決着ッ!!


勝者、蓮水瑠衣 !!



決まり手、連撃



◇◇◇



スケバン図鑑⑰⑱


なまえ:生田瞠留、目々


属性:百々目鬼眼光スケバン


能力:見たものの動きを止めることが出来る。動きを止められた物は動いていた方向に向かって運動エネルギーが溜められ、目線が外されると一気にそれが解き放たれる。


備考:妹の目々は能力の成長が不十分で能力のオンオフができないが、姉の瞠留はできる。幼少期は何度か動きを止められて喧嘩になった。現状の姉妹間の仲はいい。


ご当地:栃木県の伝説に登場する鬼、百目鬼。

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