第二十三伝 VS 栃木県 百々目鬼眼光スケバン
「なぁ言えって~! え───痛ったぁ!!」
乗っかっていた八雲が急に消え、地面に衝突する瑠衣。
「そんな無理やり落とさなくても、あれ?」
八雲が目の前からいなくなったばかりか、何故か自分が学校の敷地内に居ることに気が付く。
「何だ…移動してる? 八雲はどこに行ったんだ?」
起き上がり辺りを見回す。
瑠衣が居たのは昇降口の前だった。
「ん~、どっかのスケバンの能力かな…」
頭をかきながらどうしようか考えていると、不意に背後から誰かの気配を感じとる。
瑠衣が振り向くのとほぼ同時に、その何者かが地面に倒れ込んだ。
「痛た…え、何ここ…」
黒髪で制服を着た少女が頭を押さえキョロキョロと辺りを見回す。
「あっ、すいませんここってどこか分かりますか? 」
目の前にいた瑠衣に話しかける少女。
「ん~ここは私の学校っぽいんだけど、なんか雰囲気が違うんだよな…」
とりあえず倒れたままの少女に手を差し伸べて起き上がらせる。
「あ、ありがとうございます、私饂飩川小麦って言います、なんか…いきなりここに飛ばされたっていうか、気が付いたらここにいたんですけど何か知ってることありますか?」
どうやら小麦のほうも同じ状況だったらしく、瑠衣も分かることは特にないと返した。
その時だった。
渡り廊下を支える柱の陰からもう一人誰かが出てきた。
「こ、声がしたと思ったけど、ここにもお姉様はいない…あ、貴女たちはどの県のスケバンですか?」
ビッと瑠衣と小麦の間に緊張が走る。
「私は蓮水瑠衣、東京のスケバンだ」
「香川県の饂飩川小麦です」
二人は同時に何が起きているのかを理解した。
どのスケバンの仕業かは分からないが、今この場には他にも多くのスケバンが自分達と同じように連れてこられているのだと。
「ど、どちらも聞いたことがあります、や、厄介なのは…の、能力を持っている饂飩川の方ですね、ワ、ワタシの名前は
東京都 恋する乙女スケバン 蓮水瑠衣
VS
栃木県
VS
香川県 喉越し悩殺スケバン 饂飩川小麦
いざ尋常に、スケバン勝負!!
目々が、瑠衣など眼中にないと言うように小麦に近付く。
(どうする、まさか二人のスケバンに囲まれるなんて思わなかったな…一番いいのはどっちかと共闘することだけど───ん?)
ちらりと横にいた小麦の方へと目を向けると、ピクリとも動いていなかった。
その顔だけが戸惑いの表情を浮かべている。
「な、なあどうかし───」
瑠衣が声をかけた瞬間、小麦の身体が昇降口の方へと
ガシャァンッ!! と大きな音を立てながらガラスに身体が衝突し破片が辺りに飛び散る。
制服ごと切り裂かれた小麦の二の腕から、鮮血が滴り落ちた。
「い…今のは?」
出血部位を押さえながら小麦が呟く。
(逃げようと思ったら、身体が固定されたみたいに動かなくなって…気が付いたら吹き飛んで叩き付けられてた...この人の能力は何…?)
フラフラと立ち上がろうとすると、今度は中腰の姿勢のまま身体が動かなくなる。
「!?」
指一本動かない、まるで強烈な力によって押さえつけられているかのようだった。
真正面を見ると、瑠衣が手首を鳴らしながら目々に近付いている。
「何の能力か分からないけど、とりあえず一発ぶん殴る!」
未だ瑠衣に目を向けない目々めがけて拳を繰り出そうとした時。
一瞬だけ、瑠衣は目々と目が合った。
直後、瑠衣の身体が完全に固定される。次いで横から強烈な衝撃。
「ゴブッ…!?」
同時に身体が動くようになり、
瑠衣にタックルを仕掛けて来たのは小麦だった。
「痛ッ──!!」
瑠衣は即座に小麦から距離を取ると、その顔をまじまじと見つめる。
「今のは…」「ぶつかってごめんない! でも今のは私の意思じゃないです、多分…あの目々さんって人の能力だと思います」
半ば被せるように小麦が言った。
頭を押さえながら起き上がり、目々の方へ向く。
「恐らく目々さんの能力は見たものをその場に固定する能力だと思います、 瑠衣さんはどう思いますか?」
人差し指同士を合わせながら、こちらには目を合わせず下を向いている目々を見て瑠衣も頷いた。
「私もそう思う、でも仮にそうなら吹き飛んだのはまた別の能力になるのか?」
瑠衣がそう言うと、小麦は考えるように少し黙り、思い出したように口を開いた。
「始め、私は目々さんに見られる直前、丁度昇降口の方へと逃げようとした所でした、次に動きを止められた時は起き上がろうとしてた…」
「って事は多分、動きを止めている間、止められた物が動く方向への運動が溜められるって感じかな、ゲームのため技みたいな」
そして溜められた運動エネルギーが、目々の目線が外れた瞬間、一瞬にして解き放たれる。
「あ、あの…ワ、ワタシの能力には…だ、誰も勝てないので早めに降参してくれると、た、助かります」
おずおずといった感じだが、内容は自信に溢れた物。
「…よし小麦、今から協力しよう、一緒にあのスケバンを倒すぞ、あの能力には弱点がある」
「え、ええ!? 協力ですか? 勿論私は構わないんですけど…二人であの人に勝てますか…?」
小麦の肩に腕を回して耳元で瑠衣が囁く。
「見ろ、目々がこっちを見ても身体を動かせる、能力が当たってるなら多分、ここまでが射程距離なんだ、大体7から8m位か、小麦の能力は何だっけ?」
「私の能力は右手から片栗粉、左手から小麦粉を出せます」
瑠衣は感心したように小麦の顔を覗き込んだ。
「随分使い勝手が良さそうな能力だな、その能力なら二人合わせれば絶対勝てるぞ」
小麦に素早く耳打ちすると二人は目々と一定の距離を保ちながら左右に別れ始めた。
目々の目線に注意しながら慎重に歩を進める。
たとえ動きが止められても、その瞬間から動かなければ運動エネルギーが溜められることは無い。
やがて目々を挟み込む形で二人は動きを止めた。
正面には立たず、瑠衣が目々の左側、小麦が右側の位置だった。
目々はそんな二人の動きを一切気に止めることなく、下を向き続けている。
そして弾かれたように瑠衣と小麦が目々に向かって駆け出した。
つまり瑠衣の立てた作戦とは、見れる部分は一箇所なんだから同時攻撃には弱いよね、という物だった。
確かにその通りなのだが、そんな弱点は目々が一番よく分かっている。
まず小麦が目々に向け、粉を噴射した。
「…」
目々がそちらに目を向け、何歩か下がったのを瑠衣は見た。
直後、自分の鳩尾に何かが高速で直撃する。
「ゴッ───ハァッ!!!」
その勢いたるや、肺の空気が根こそぎ奪われ、瑠衣の身体は小麦が開けたガラスの穴を更に開放的にさせ、校舎内へと突っ込んでいった。
瑠衣を吹き飛ばしたのは『靴』。
小麦と瑠衣は目々の目ばかりに気を取られ過ぎていて、彼女が何を見ていたのかを完全に失念していた。
ただ下を見ていたのではなく、自分の靴を見ていた。
目線を外した事で溜まりに溜まったエネルギーが爆発し、目々の足をすっぽ抜けて瑠衣へと飛来したのだった。
そして敵を一人排除した目々は、小麦へと目を向ける。
「つ…次は貴女」
小麦の動きが止められた。
(あ、あとほんのちょっとだったのに…!!)
指先一本分、目々には届かなかった。
動きさえ止めてしまえば、目々にとって最早小麦はまな板の鯉。
目々の勝利かと思われたその瞬間、後頭部に衝撃が走った。
「へ…へへ、仕返し」
傷跡を押さえながら呟くのは瑠衣。
飛ばされ床を転がるのと同時に立ち上がり、目々目掛けて靴をぶん投げたのだ。
流石にダメージは深かったようで、呟いた直後に腹を押さえて蹲る。
「痛い…」
一瞬さえ目線が外れれば、勝機はある。
後頭部への衝撃によって目々は反射的に目を瞑ってしまった。
「あ」
再び目を開けた時には、既に目々の両手は小麦の両手によって掴まれていた。
直前まで動きを止めていた影響もあって一瞬で距離を縮められた。
小麦と目が合う。
動きは止めているが、逆にそれが失敗だった。
「う、動かない…」
目々の右手は小麦の左手で、対して左手は右手で、小麦に掴まれたまま動きを固定してしまったせいで動かせなくなっていた。
こうしている間にも固定された小麦の運動エネルギーはどんどんと溜まっていく、目々に勝ち目があるとすれば、それはいち早く小麦から目線を逸らす事だったが時既に遅し。
「い、今ならまだ間に合う…!」
小麦の腹に足を置き、前蹴りの体勢を取る。
目を閉じるのと同時に足で押し出す作戦である。
そして最低限の準備を整え目を閉じたのが、目々の本日最後の記憶だった。
ゴンッッッ!!! と鈍い音が響き、次いでどさりと崩れ落ちる音。
小麦の頭突きが目々の顔面に直撃していた。
両手を引く力と頭を突き出す力、二重の力が合わさる事で目々を打ち破った。
「あ、あ、頭痛ーい!!! 痛過ぎるー!!!」
勿論それだけの力、小麦の頭も無事では済まなかった。
スケバン勝負これにて決着ッ!!
勝者、饂飩川小麦、蓮水瑠衣 !!
決まり手、頭突き
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