校内バトルロイヤル編
第二十二伝 回想、会話、開幕
追憶、二年前──。
辺りをキョロキョロとしながら歩く少女がいた。
名は
少々道に迷いながら歩いていると、曲がり角を曲がった瞬間、誰かと肩がぶつかった。
「あ、ご…ごめんなさい」
頭を下げそう言ってから足早にその場を立ち去ろうとするが、肩を掴まれる。
「いやいや、ちょっと待てよ」
グイッと強引に身体を引っ張られる。
「…な、何ですか?」
「いや今のでさぁオレの腕折れちゃったんだわ、慰謝料、払ってくんね?」
「え?」
見ればいかにもと言った不良の格好をしており、客観的に見れば麗来は不良の餌食になってしまったということだろう。
「ご、ごめんなさい、私用があって…今はお金とかあんまり持ってなくて…」
「いやいや、別にいいんだよォ~? 慰謝料必要とはいえ、金じゃなくっても別にさァ」
気持ちの悪い目つきを向けてくる不良に怯える麗来。
そんな時、更にもう一人男が現れる。
「なぁ、あんた、その女の子…知り合いか?」
「あァ? 誰だおめェ」
その彼は麗来と同い年位の少年だった。
(も、もう一人増えるの!?)
「あんまり女の子に絡むもんじゃねえだろ、たかが肩に少し当たっただけじゃねえか…男なら笑って流せ」
「てめェに関係ねェだろ、誰なんだよお前!」
「俺か、 俺は文月八雲だよ」
「文月だァ? 知らねえ名前だな…邪魔すんならボコすぞ、どけ」
「え──痛っ」
強引に麗来を押しのけ、八雲に向かってメンチを切る不良。
「お前…習わなかったのか? 女の子には優しくしなさいって」
「ごちゃごちゃうるせェ野郎だな、その口塞いでやるよ」
突然、不良が八雲の顔面に向かって拳を繰り出す。
八雲は顔を少しずらしてこれを避けると、カウンター気味の右ストレートを不良の顔面に叩き込んだ。
「ゴバッ───!!」
一撃で地に伏した不良が動かないのを確認すると、八雲は麗来に話しかける。
「あー、まあその…今度はこういうのに絡まれないようにしなよ、じゃあ」
そう言って立ち去ろうとする八雲に、麗来は慌てて声をかけた。
「あ、ま…待ってください!」
「うん? どうかしたか?」
「わ、私ごめんなさい、道に迷っちゃってて…案内して貰えませんか…!」
この時なぜ八雲に声をかけたのか、麗来は自分でも分からなかった。
「ああ、全然いいよ、どこに行きたいんだ?」
◇◇◇
「あった『竹林』、苗字これで合ってるか?」
表札を確かめ、麗来に確認する。
「うん、おばあちゃんの家…ここで合ってる、ありがとう八雲くん」
「役に立てたならいいんだ、そういや麗来はどっからここまで来たんだ?」
「『千葉県』から、チーバくんの口の辺り」
「チーバくん? …まあ千葉なら近いし、また会うこともあるかもな」
「本当にありがとう、案内の事も…さっき助けてくれた事も」
「ん? ああ、別に気にしなくていいよ、それじゃあまたな」
そう言って、八雲とはそれっきりだった。
話した時間は短かったが、麗来の心の中には確かに八雲に対する『憧れ』があった。
時は流れ、麗来が二年ぶりに八雲を見たのは、彼女が千葉県のご当地スケバンになった後だった。
八雲の横にいたのは蓮水瑠衣。
「蓮水瑠衣、東京のスケバン…既に6県のご当地スケバンが彼女とその仲間に敗北してる───じゃあその仲間がいなかったらどうなるの?」
麗来の能力、『
対象を異界に引きずり込む能力であり、一度そこに入った人間は麗来を倒さない限り外へと出る事は叶わない。
一度に引きずり込むことができる人数は二十人前後。
「私の能力でスケバンを大勢送り込んで蓮水瑠衣を倒させる、彼女が本当に八雲くんの隣に相応しい人間なのか…私が確かめる───!!」
かくして『東京』を倒す事を決意する『千葉』。
総勢二十人以上のスケバンが一箇所に集められ、壮絶なバトルロイヤルが始まる。
◇◇◇
八雲は迷っていた。
「どうすっかなぁ~…まあ起こしに行くか」
瑠衣の傷は翔子に治してもらった。
寝ていた瑠衣を家まで送り届けた所までは良い。
問題は次の日、どんな顔をして会えばいいのかだった。
瑠衣の弟、瞬に挨拶してから瑠衣の部屋へと入って目覚ましを止める。
「あ、あれ…俺いつもどうやって瑠衣の事起こしてたっけ…」
とりあえず肩をゆすろうと手を伸ばした所、急に瑠衣が寝返りをうった。
八雲の手が瑠衣の唇に触れる。
「うッ!?」
慌てて手を引っこめる八雲、考えがまとまらない。
「瑠衣ってこんな睫毛長かったっけ…ってそうじゃねえだろ俺!! 起きろ瑠衣!! 朝だぞ!!」
半ば無理やり布団を剥ぎ取り瑠衣を起こす。
「んむぅ…やめろ~」
「やめろ~じゃない! 早く起きろ!」
「うぁ、八雲…」
「起きたな!! さっさと着替えて学校行くぞ!」
瑠衣の目が空いた事を確認すると八雲は逃げる様に部屋から出た。
「あれ…私、昨日何してたんだっけ…」
ベッドから起き上がり、のそのそと制服に着替え始める。
「───あっ」
そして思い出す。
(き、昨日…私八雲にキスしたんだった…)
途端に顔が赤くなる瑠衣。
部屋を出て、八雲に顔を見せないよう洗面所まで行き、顔を洗って熱を覚ます。
(うわあああああああ、どうしようどうしよう…意識が朦朧としてたからって何してんだ私~!)
しかし、やってしまった事はしょうがない。
腹を括って身支度を終える。
「行ってきま~す」
いつも通り八雲との登校。
いつもと違うのは二人の間に会話がない事。
最初に口を開いたのは八雲だった。
「あ~瑠衣、昨日の事なんだが…」
ビクッと瑠衣の肩が震える。
「な…何?」
「俺が階段でき…キスしてた話だよ」
昨日見た光景を思い出し瑠衣の気分が沈む。
「うん…」
「あの人スケバンだったんだ、ちゃんと後から二香さんに電話して確認してもらった、福島のスケバンだったらしい」
八雲は昨日、瑠衣を追いかけている最中に二香に連絡していた。
「え、そうだったの!?」
「ああ、瑠衣そっくりに変身してた、変身できる能力だったっぽいな」
「八雲は、それで私じゃないって分かったのか?」
「そりゃすぐに分かったよ、だからああやって無力化したんだ、だからありゃあ…不可抗力だ」
頭をかきながらあさっての方向を見る八雲。
「どうして私だって分かったの?」
瑠衣がその八雲の顔を横から覗き込む。
「どうしてって…そりゃあ、あれだよ…何となくだよ」
「え~? 嘘つけ~! 絶対他に理由があるだろ!」
都合の悪い事は無視するに限る。
八雲が口笛を吹いて聞き流してると、瑠衣が後ろから飛びかかってきた。
「おわッ!! やめろバカ危ないだろ!」
「八雲が無視するからだろ!」
瑠衣を降ろそうとした瞬間、急に背中の体重を感じなくなった。
(ん? 自分から降りたのか?)
それにしては変な感覚だった。
まるで質量だけが急に消え去ったかのような感覚。
辺りを見渡して、八雲は初めてその異変に気付いた。
「こ…これは…? 何で俺はここに居るんだ?」
八雲が立っていたのは通学路ではなく───体育館だった。
「瞬間移動でもしたのか…? と、とりあえず外に出るか…ん?」
足の裏に何かを踏んづけている感触。
足をあげるとそこにあったのはロザリオだった。
「なんかヤバいの踏んづけちまったな…誰のだこれ…」
拾おうと屈んだ瞬間、そのロザリオを後ろから誰かが掠めとった。
「うをッ! 何だ!?」
後ろに立っていたのは、シスターのような修道服に身を包んだブロンドヘアの女子。
「ロザリオを踏み付けるとは許されざる背信行為です、私の名前は
「ふ…文月八雲です、ロザリオ踏んじゃってごめんなさい…」
「許しません、貴方には痛みをもって償って頂きます」
「踏んだ事は勿論悪いと思っているんだけど、湯山さん、貴女が俺をここに呼んだのか? 気が付いたらここに居たんだ、何か知らないか?」
いまいち状況の理解できない八雲が、千歳に質問する。
「それについては私も同じ質問を貴方に聞きたい、私も気が付いたらここに居ました」
「…そうですか、一体何が起きてるんだ?」
千歳が嘘を言っているようには見えなかった、八雲はとりあえず体育館の外へと出ようとするが、千歳に呼び止められる。
「神の前で隠し事をするのは良くない事です、ですからあえて忠告します、文月八雲、貴方はそこから動かない方がいい」
千歳はそういうと体育館の奥へと歩いていく。
「動かない方がいい? それって───」
その時、不意に足に何かが当たった。
振り向くとそこにあったのはバスケットボール。
反対の方向だから、千歳が投げた訳ではない。
恐らく放置されていたボールが何かの弾みで転がってきたのだろう。
何の気なしに拾い上げ、ボール入れを探す。
四隅に置いてある車輪付きのボール入れを見つけた時だった。
「二つ目の忠告です、今の
千歳が奥の方から声をかける。
「───時間が経てば経つほど、勾配率とその範囲は広がっていきます」
「…湯山さん? 何を───」
ガララララと何かが滑る音、振り返った瞬間に強い衝撃が八雲の身体に走る。
「グァッ!! な、何が…」
八雲の身体に直撃してきたのは四隅にあったはずのボール入れ。
「貴方が起点です…貴方を中心に坂道が出来上がっている、『見えない坂道を作り出す』それが私の能力」
(見えない坂道? 言っている意味が分からない! いや…そもそも俺は何に巻き込まれてるんだ!?)
巻き込まれたのは八雲だけではない。
既に麗来の能力によって連れてこられたスケバンがこの学校の中で闘い始めている。
スケバン猛将伝、校内バトルロイヤル編開幕
◇◇◇
スケバン図鑑⑯
なまえ:竹林麗来
属性:バンブーワールドスケバン
能力:対象を異界に引きずり込む事ができる。一度に引きずり込めるのはおよそ二十人前後。今回は八雲と瑠衣の通う学校が異界のベースとなっており、敷地内にある物体は全てそのまま存在しているが、人間はいない。
備考:八雲に憧れている
ご当地:八幡の藪知らず
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