第二十一伝 VS 岡山県 絶対服従洗脳団子スケバン




一方その頃、橋の上にて




「あれ、あいつ文月八雲じゃん、ラッキー探す手間省けた~」


十メートル程先に立っている八雲を発見した苅安は、舎弟の一人に八雲を捕らえるように命令する。


こちらに近付いてくる八雲に向かって、細身で高身長の男が命令に従い走り出す。


「これであーしの舎弟も六人か、正直他のスケバン倒すのにそんなに要らないけど、まあイケメンはどれだけ居てもいいから───」


直後、苅安の横を何かが錐揉み状に吹っ飛んでいった。


「は…?」


ズサーッと地面を転がっていく『それ』は、舎弟の一人。


「次は誰だ」


前には額に青筋を浮かべながら仁王立ちする八雲がいた。



残り四人。



「ッ! さ、三人で袋にしろ!」


「「「応ッ!」」」


三方向に散らばり、ジリジリと八雲に近付いていく。


「チッ、面倒くせぇな…」


しかし、一秒でも早く全員をボコボコにしてから瑠衣を助け出す為には逆に都合が良かった。


(そもそもこいつら何なんだ、なんで瑠衣を川に落とした? まさか川ん中にスケバンが居るのか? ……瑠衣が負ける訳ねぇとは思うがあいつの事だからな…呼吸の限界まで潜ったりしてるに違いない)


「一分以内に全員地面のシミにしてやる」


とりあえず目の前から迫るイケメンに前蹴りを繰り出す。


が、左右から二人がかりで腕を羽交い締めにされ、脚が届かなかった。


攻撃が空振った隙に目の前のイケメンが距離を詰め、鳩尾目掛けて右ストレート。


腕はガッシリと捕らえられており逃げ場は無い、ならば───


「お前らしっかり掴んどけよ」


八雲は地面を思い切り蹴り、脚が頭の上に来るほどの跳躍を見せる。


腕だけは固定されたまま下半身だけが空を舞った。


そして二の腕に全体重をかけ、身体を限界まで持ち上げて浮かす。


ブンッと八雲の背中をイケメンの拳が掠めた。


予想外の方法で攻撃を避けられたイケメンが驚愕し、動きが遅れる。


「ォおらァァ!!」


上がった踵を全力でイケメンの頭目掛けて振りおろし直撃させると、そのまま地面へと叩き付け、アスファルトを破壊し沈みこませた。



残り三人。



「「!?」」


動揺により掴んでいた二人の腕の拘束が緩んだ。


その一瞬の隙をつき、八雲は即座に腕を抜き、二人の後頭部をガシッと掴む。


「腕も目も離してんじゃねえよ」


顔面同士を衝突させ、ポイッと横に投げ捨てる。



残り一人。



「は、え……は?」


まだ戦闘が始まってから十秒足らず、目の前の光景を信じる事ができない苅安は空いた口が塞がらなかった。


「あ、あーしが選んだイケメンが…」


愛宕の初撃を見切り、幽霊に取り憑かれリミッターの外れた瑠衣を易々と掴まえ、その攻撃をも耐える身体能力。


文月八雲は、強い。


「り、竜樹りゅうき! そいつ倒して!!」


竜樹と呼ばれた最後のイケメンが動き出す。


(…こいつ強いな)


筋骨隆々とはまさにこの事、引き締まった身体は服の上からでも分かる程、見えている腕の筋肉も相当な物だった。


拳の骨を鳴らしながら近付くその姿はまるで重戦車を思わせる。


筋肉ダルマは動きが鈍い、というのは完全にイメージの話に過ぎない。


瞬発力の増強とはすなわち筋力の増強である。



次の瞬間、竜樹の拳が八雲の顔面にめり込んでいた。


驚くべきは八雲の反応速度、顔に当たる寸前に竜樹の腕を掴み、殴られた衝撃に合わせて身体を浮かせ、腕ひしぎ十字固めを仕掛ける。


(か、固っ!!)


しかし、竜樹の上腕二頭筋が八雲の関節技を封じた。


(なんつー力だ! 肘を曲げる力が尋常じゃねぇ!?)


八雲を腕に絡みつかせたまま竜樹はその腕を乱暴に振り、橋の欄干へと打ち付けた。


狙いに気付いた八雲が直前で手を離しギリギリで直撃を防ぐ。


腕から離れた勢いで地面を転がるがすぐさま立ち上がると、八雲は作戦を変えた。


(時間がない、先に瑠衣を助けに行こう)


竜樹を無視し欄干に飛び移り川に飛び込もうとした時、その脚を竜樹に掴まれた。


「な───」


弧を描くようにしてアスファルトに叩きつけられた八雲は思わず呻き声をあげる。


「ぐッ…あ、危ねぇ…折れる所だった」


空中で即座に脚を畳み、膝の骨が折れるのを防いだが無視できないダメージを食らった。


掴まれた足首がミシミシと音を鳴らし、咄嗟に腕を蹴りつけ竜樹の手から抜け出すと、再び立ち上がる。


「くそ…時間がねえってのに」


ここまで十秒程の攻防、今度は即決着を目指す八雲から仕掛けた。



近付きながら腕を後ろに下げてストンと学ランを落とす。


八雲が常に学ランの前を開けているのはファッション等ではなく、いつでも脱げるようにする為だった。


右手で学ランのカラーを掴み、目の前の竜樹に投げつける。


視界は塞がれたものの、竜樹は即座に八雲を学ランごと殴った。


「!?」


手応え無し、竜樹の拳は空を切った。


対する八雲が仕掛けたのは超低空タックル。


膝裏に手をかけ竜樹を押し倒す。


咄嗟に八雲を掴もうとするが、学ランで手が滑り呆気なく背中から地面に倒れ込んだ。


転ばせた勢いで竜樹の身体の上を一回転しマウントポジションへと移行する。


顔面を殴り付ける前に、まず八雲は竜樹の首を掴み締め付けながら引く事でグイッと頭を上げさせた。


その握力も相当強力で、竜樹は八雲の左手から逃れようと腕を両手で掴みへし折ろうとする。



八雲にはまだ、自由な右手があった。



例えばそれは石の試し割りで使われるトリック。


石と下の鉄との間に空間を作るというもの。


そうして叩くと、結局鉄で叩いてる事と同じになる為、素人でも簡単に石を割ることができる。



八雲の右拳が竜樹の顔面へと一閃。


が、寸前で竜樹は八雲の腕から片手を離し、間一髪でガードが間に合った。


「ナイスディフェンス」



八雲にはまだ───自由な頭があった。



振りかぶったヘッドバッドが竜樹の顔に直撃し、ゴガンッ!!と鈍い音が地面から響き渡る。



「喧嘩、久々だったが…少し鈍ったか?」



残り零人。



「よっこらせと、さっさと瑠衣を助けねぇと…その前に───」


ピクリとも動かない竜樹から腰を上げ、棒立ちの苅安に近付く。


「あ、あーしの舎弟が…皆…」


鬼がこちらに来るのを見ながら、苅安は思考を巡らせる。


(ど、どうしようどうしよう!! どうやって団子食べさせよう? てか食べさせる前にあーし死ぬかも…!)


意を決して懐から団子を取り出そうとするが、緊張で手から落としてしまう。


「あ───」


地面スレスレで八雲はその団子をキャッチし、握りながら苅安の前に立つ。


今の苅安には、八雲の一挙手一投足が恐怖の対象だった。


一方的にやられたイケメン達ですら選りすぐりのメンバーであったのに為す術なくボコボコにされ、未だかつて負けたのを見た事が無かった竜樹でさえ叶わなかった相手。


「あんた…スケバンか?」


「…えと、うん…」


「あんたも…闘るのか?」


「ッ───」


ブンブンと首を振る苅安。


「そうか、じゃあこれは返す」


苅安の手を取り団子を握らせる。


「俺の勝ちだな」




バン外勝負これにて決着ッ!!


勝者、文月八雲 !!



決まり手、ヘッドバッド




欄干に飛び移り、八雲は深呼吸を素早く繰り返す。


『ハイパーベンチレーション』、血中の二酸化炭素濃度を下げ呼吸を引き伸ばす事が出来る呼吸法である。


通常より長く潜水する事が可能だが、これは苦しさを忘れるだけで、息苦しさを感じるトリガーが入る前に酸欠を引き起こし意識を喪失する危険性が高い。


「よし、今行くぞ」


橋から飛び降り、水中へとダイブする。


(俺が喧嘩してたのが大体一分程度…その間一呼吸もしてないならかなり危険だぞ)


目を凝らし瑠衣を探す。


その時、更に深い所でゆらゆら揺れる人の手の様なものが視界の端に映りこんだ。


(居たッ!!)


気絶しているのか水面に手を上げながら微動だにしない瑠衣を発見し急いで引き上げる。


(重ッ!? なんだ、誰かくっついてるぞ?)


気絶してもなお、瑠衣の足は乙姫の身体を締め付けていた。


(このまま持っていくしかないか)


重しありの着衣泳を行うのは自殺行為に等しい、瑠衣と乙姫の顔が水面から出るように持ち上げ、全速力で岸へと向かう。


「うおぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!」


圧倒的速度で泳ぎ切り、二人を水中から引き上げ、地面へと下ろす。


「ッはァー!…ッはァー!」


乙姫の首筋と口元に手を当て、心肺機能を確かめる。


「よし、この人は大丈夫だ、瑠衣は───」


どちらも機能を停止していた。


「ッ───!? くそっ! 無茶だけはすんなって言ってんのに!!」


八雲の動きは迅速だった。


瑠衣の額と顎に手を当て気道を確保、自発呼吸もない為、人工呼吸を開始する。


まずは二回息を吹き込む。


胸が動くのを確認して、今度は心臓マッサージ。


三十回押す事に二回呼気を吹き込む、何度かそれを繰り返すと途中で瑠衣が大量の水を吐いた。


「ッ意識は───戻ってないか、脈は……ある、息も──ある……はぁ、よかった…」


こんな事もあろうかと事前に聞きかじっておいた心肺蘇生法が功を奏した。






◇◇◇






あれ、私…何やってたんだっけ。


確か…どっかのスケバンと闘ってた気がする。


何で───何で闘ってるんだっけ……


思い出せない…






懐かしい匂いがする───


嗅いだことのある匂い……どこでだっけ


もっと近付きたい……何でだっけ




「………い…」




誰かの声が聴こえる───


聞き覚えのある声……誰だっけ


もっと聴いていたい……何でだっけ




「…る………」




誰かが肩を触ってる───


暖かい手……誰のだっけ


離れたくない……何でだっけ




「…るい……」




誰かが目の前にいる───


心配そうな顔……誰だっけ


もっと見ていたい……何でだっけ




「瑠衣」




そうだ───思い出した。




「瑠衣、起きろ! 大丈夫か?」




この人は、私の好きな人だ。




文月八雲だ。




「瑠衣───んむぅ!?」


突然起き上がった瑠衣から首に巻き付かれ唇を奪われる八雲。


人工呼吸などとは比べ物にならない、本物のキス。


まるで上書きしてやる、とでも言わんばかりのその口付けに八雲は為す術なく蹂躙された。




やがて飽きたのか疲れたのか、八雲の首から腕を離すと再び瑠衣は眠り始める。


「───な、ななな…なッ、えッ、はッ!? な、何が起こった!? 今何が起きた!?」


耳まで真っ赤になった八雲が一人、その場に残された。




勝者 蓮水瑠衣


決まり手 ディープキス


判定 勝ち逃げ




◇◇◇




スケバン図鑑⑬


なまえ:美並苅安


属性:絶対服従洗脳団子スケバン


能力:彼女が作った団子を食べた者を操る事が出来る


備考:基本的に動物であれば操る事ができるが、彼女はイケメンしか操らない。


ご当地:桃太郎伝説

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