第二十伝 VS 福井県 入定洞人魚姫スケバン




「水中に引き摺り込まれた時点で貴女に勝機はありません、私の牙でこれ以上傷を増やされたくなければ、早々に降参する事を勧めます」


周囲の冷たい水が瑠衣の体温を奪い、パンチの威力も弱らせる。


乙姫の言う通り、水中で瑠衣に勝ち目はない。


(…息しないで水中に潜ってられる時間ってどの位だ? 二分位かな、とりあえず一回息継ぎしないと呼吸が持たない、ベストは岸に上がる事だけど…私が落とされたのは橋の中央だった、上がる前に捕まるだろうな)


瑠衣は乙姫を無視し、水面へ出る事を選択した。


「それは悪手ですね」


ギュンッと瑠衣へと接近し、乙姫は瑠衣の脇腹へと噛み付いた。


「ゴボッ!?」


そのまま更に水深の深い所へ引き摺り込まれる。


(速い…! 無理だ、こいつを無視して水面に上がるのは…どうする…二分以内に倒せるか?)


噛み付く乙姫を引き剥がそうと髪の毛を掴むが、すんでの所で逃げられた。


瑠衣の周囲に赤い液体が流れ出る。


(やっぱり水中じゃスピードも出ない…)


再び距離を取り、乙姫は瑠衣の首に狙いを定めた。


「次で勝負を決めます」


(相手の動きをよく見て次で決めるしかない…!)


純陸上生物である以上、瑠衣に残された選択肢は短期決戦以外存在しなかった。


右手で水中メガネを作り、タイミングを見極める。


脚を脱力させ、静かに水中を漂う。



次の瞬間、物凄い勢いで乙姫が瑠衣の首目掛けて突進してきた。


「!?」


しかし直前で瑠衣が左腕を首の前に出し、致命傷を防いだ。


鋭い牙が皮膚を食い破り、骨まで到達する。


左腕を犠牲にした瑠衣の身体は、乙姫の突進により曲がっていた。


正確には、瑠衣の脚が乙姫の身体に密着していた。


直後、脚で乙姫の身体に巻き付くと、腕ごとその身体を締め上げた。


「!! ごッ…あぁッ!!」


突然の激痛に乙姫の顎が瑠衣の左腕から外れる。


瑠衣がかけた技は『胴締め』、本気で締めれば内臓を損傷させる、柔道の禁止技だった。


「ぐッ……ガッ…」


(い、息ができない!!)


瑠衣の脚がギリギリと締め上げているのは乙姫の肘と肺、いくら水中で呼吸ができるとはいえ、そもそも酸素が入り込む事が出来なかった。


対する瑠衣は、"脚"以外の全てを脱力させ、消費される酸素の量を極限まで減らしていた。


考えるのをやめ、ただ水中を漂う。



既に乙姫の両腕の骨にはヒビが入り、肋骨がミシミシと悲鳴を上げている。


両者共に窒息状態。


脚に万力の様な力を込め動かない瑠衣と、痛みに悶える乙姫。


その差は歴然だった。


「......~~~ッッ!!」


(う、動けな───)


腕ごと締められている為、瑠衣を引きはがそうにも腕が動かない。


そもそも臓器からの悲鳴によって動く事すらままならなかった。


「───ッ……」


やがてその意識も薄れ、乙姫は気絶した。




スケバン勝負これにて決着ッ!!


勝者、蓮水瑠衣 !!



決まり手、胴締め




(勝っ───た……)


一人で潜水を行う事は、例え練習であったとしても厳禁とされている。


脳に酸素が行き渡らなければ、人は正常な判断ができないからである。


既に瑠衣は自身の無酸素状態での活動限界を超えていた。


『窒息第Ⅲ期』意識の消失、筋肉の弛緩、仮死状態に陥り、第Ⅳ期に入ると回復は望めず、更に進行すると死に至る。


(や…くも───)


水面に顔を向け、その手を伸ばした所で瑠衣の意識は途切れた。




◇◇◇




スケバン図鑑⑫


なまえ:島谷乙姫


属性:入定洞人魚姫スケバン


能力:人魚になる事が出来る。水中で呼吸可能になり、鋭い牙を生やす事もできる。


備考:八百比丘尼の子孫だと言われている。


ご当地:八百比丘尼の入定洞

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