第十九伝 新たな刺客




「んむ…ふあぁぁぁ…今何時…?」


欠伸をしながら瑠衣は枕元に置いてある時計を見る。


「12時か…───え、12時!?」


ガバッと身体を起こし、震える手で時計を掴み取りもう一度現在時刻を確認するが、確かに針は12時を指していた。


「ち、遅刻だぁーーーーー!!」


一瞬で脳が覚醒し、瞬時に黒セーラーに着替えると、バッグを掴んで家を飛び出した。


「はぁっ、はぁっ…あれ、そーいや八雲は起こしてくれなかったのか? ……食べかけのプリン食べたことまだ怒ってんのかな〜…」


全力走り校門に着いた時には既に12:30を回っていた。


「あ、弁当忘れた!」


購買に寄ってサンドイッチを買って教室まで急いで行くと、何故か八雲の姿がなかった。


「あれ、どこ行ったんだろ…屋上かな」


荷物を置いて、サンドウィッチを片手に階段へと向かう。


「う〜ん、やっぱ謝った方がいいかな、いやでもプリン置いてあったら誰でも食べるだろ」


それは屋上へと続く階段の踊り場まで登った時だった。



八雲と誰かがキスをしていた場面を見てしまった。



やがて唇を離した八雲と目が合う。


「あ───ご、ごめん」


目を逸らし、咄嗟に出たのは謝罪の言葉。


なぜキスをしているのか、やはりプリンを食べた事を怒っているのか、朝自分を起こさなかったのはこの女と登校するためだったのか、自分の事を嫌いになったのか、そもそも何とも思ってなかったのか、二人は付き合っているのか、様々な想いが駆け巡るが、瑠衣の脳は今すぐここから逃げたいと主張していた。


「ほ…ほんとにごめん、邪魔───して…」


胸が締め付けられる、今まで感じた事の無い感覚だった。


視界が歪む、自分が立っているのかすら瑠衣には区別がつかない。


「待て瑠衣…これは誤解な───」


途中で耳を塞ぐ瑠衣、今は何も聞きたくなかった。


突然、後ろへ振り返り階段を駆け下りる瑠衣、八雲の静止に聞く耳を持たずその場から逃げ出した。


慌てて気絶した玉藻を横に寝かせると、八雲も瑠衣を追いかける為に走り始める。


「おい瑠衣! 待てって!!」


「…!!」


廊下を走る瑠衣を見つけ止めようとするが、瑠衣は急に窓を開けたかと思いきや、縁に飛び乗りそのまま窓から身を投げた。


「は!?」


急いで窓枠まで走りガバッと身を乗り出す。


瑠衣は着地した瞬間に身体を捻りながら倒れこむとそのまま一回転し、再び難なく立ち上がった。


すぐさま走り始め校門へと走り去る瑠衣。


「ご…五接地転回法ごせっちてんかいほうか…! いつの間にそんなの覚えたんだ…?」


『五接地転回法』、着地の瞬間、身体の芯から衝撃を外し、回転によって衝撃を分散させる方法である。


二階から三階までの高さであれば怪我なく飛び降りる事が可能だと言われている。


「急いで追いつかねぇと!!」


しかし、流石の八雲もこの高さから飛び降りるのは抵抗があった。


故に、階段から降りる必要があったのだがこのタイムロスは大きい。


「瑠衣…どこに行きやがった…!?」


校門を出た時には既に瑠衣の姿はなく、八雲は闇雲に走ることを強いられたのだった。




◇◇◇




「はぁ…ど〜して逃げたりしたんだろ…」


川に架かる橋の真ん中で溜息をつく瑠衣。


欄干にぐったりと身体を預け、後悔している真っ最中だった。


「やっぱり八雲が悪いよ八雲が、大体誰なんだよあの女…なんか若干私に似てた気がするし…別にそれなら私で良くね?」


むしゃむしゃと握り潰してしまったサンドウィッチを食べると、何だか塩辛い味がした。


「はぁ……明日からどんな顔して会えばいいんだよ…」


何度目か分からない溜息をついていると、不意にふわりと身体が浮いた。


「え?」


否、浮いていたのではなく、足を持ち上げられていた。


「誰!?ちょ、待っ」


知らない男子高校生二人に突然足を持ち上げられ、そのまま橋の外へと放り投げられる。


「おっ…おわあああああああああああ!!」


ドバシャーーッ!!と大きな水飛沫を上げながら川へと落とされてしまった。


(な、何だ何だ!? 何で落とされた!?)


水中の深くまで落ちた瑠衣は慌てて水面へと向かい、顔を出して息をする。


「うっゴホッゴホッ…と、とにかく岸に───痛ッ!?」


直後脚に激痛が走ったかと思いきや、再び水中へと引きずり込まれる。


「ゴボボボッッ!!」


水中で目を開き脚を見ると、鋭い牙で噛まれたかのような痕が残っており、そこから赤い液体が滲み出ていた。


(な、何かこの川の中に居る…!)


やがて辺りを覆っていた泡が見えなくなり、水中にたたずむ影が姿を現した。


(良く見えない…何だこのシルエット…人魚か…?)


口から少しだけ空気を吐き、目の上に手を当てそこに空気を溜める。


こうすることで即席の水中メガネを作る事が出来る。


この方法だと水中でもかなりクリアな視界を得ることが可能だった。


空気を通して佇む姿をよく見ると、瑠衣は驚愕する。


(や、やっぱり人魚だッ、脚が鱗に覆われて魚みたいになってる…!)


「私は福井県のスケバン、島谷しまたに乙姫おとひめです、水中では流石の貴女も分が悪いでしょう、遠慮なく倒させて頂きます、東京都の蓮水瑠衣…!」


彼女は人魚になることができる能力を持っている。


水中で呼吸が可能になり、声を出して意思疎通も可能である。


いくら瑠衣とは言えども、水中戦では勝ち目は無い。


(こんな時に...私は今虫の居所が悪いんだ、襲ってくるなら…ここで倒す!!)




東京都 恋する失恋スケバン 蓮水瑠衣


VS


福井県 入定洞にゅうじょうどう人魚姫マーメイドスケバン 島谷しまたに乙姫おとひめ



いざ尋常に、スケバン勝負!!




◇◇◇




その頃橋の上では、五人の男子高校生と彼らを侍る女子高生が一人いた。


「乙姫の言う通り東京のスケバンは川に落としたし、あーしの役目は終了、あとは文月八雲って男子をちゃちゃっと舎弟かれしにしてとっとと帰ろっと」


彼女は岡山県のスケバン、美並苅安みなみかりあ


能力は、彼女がこねて作った団子を食べさせる事で食べた対象を操ることが出来る。


この能力を使い自分好みの顔をしたイケメンを何人も舎弟にしていたのだった。



それは全くの偶然。



苅安は完璧に役目を達成していたが、タイミングを完全に間違えてしまっていた。


「てめぇら…今瑠衣に何やった?」


怒れる獅子が一人、瑠衣を落とした場面を目撃していた。




岡山県 絶対服従洗脳団子スケバン 美並苅安みなみかりあ


VS


バーサクヤンキー 文月八雲



いざ尋常に、バン外勝負!!



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