第十四伝 VS 高知県 野生児ファイタースケバン




「ハッ…ここは…?」


起き上がり辺りを見回すと、自分が飲食店の机で寝ていたことに気が付いた。


「おっようやく起きたね、はいコレ丁度今出来上がったんだ、お代は要らないからさ、食べていってよ」


厨房から顔を出したのは小麦だった。


手にはうどんの乗ったトレーを持ち、祭鈴の寝ていた机の上に置く。


イマイチ状況が掴めない祭鈴だが、腹が減っていたのは事実なので「お、おう…」と何だかよく分からない返事をした。


ジャケットを脱ぎ、机に常備されている割り箸を口に咥えて割り、手を合わせて「頂きます」と言ってから麺を啜り始める。


「───ッ! 何だこれ美味っ!?」


ツルツル、そしてモチモチとした弾力の麺は非常に噛みごたえがよく、そこに程よい甘みのつゆが絶妙にマッチしており、思わず悩殺されるような喉越しに目を丸くする祭鈴。


心なしか火傷や擦り傷の痛みも和らいだ気がしている。


「そ? 嬉しいな」


満天の笑顔を見せると、小麦は再び厨房へと戻っていった。


夢中で麺を啜り食べ終わると、量が多かった訳でもないのに満腹感に包まれる。


「傷が無くなってる…」


「そうだよ~私の能力で出した小麦粉はなんか不思議な力が宿ってるらしくて、食べた人の怪我とか病気が簡単に治るんだって」


通常は全小麦粉の内、自身で生み出した物を使用するのは一割ほど、しかし祭鈴が食べたうどんには五割ほど練り込まれていた。


「成程ね、あんたの能力は小麦粉を出す能力だったのか」


「あ、そういえば言ってなかったね、ちなみに片栗粉も出せるよ」


「あの爆発は粉塵爆発か…上手く誘い込まれたものね」


「まあ賭けだったけどね、その前に追い付かれたらどうしようもないし、工場入る前に人魂飛んできた時は焦ったよ」


「何にせよあたしの負けね、うどん美味しかったわ、ありがとう、ご馳走様でした」


箸を置き、店を出ようとする祭鈴を小麦が呼び止める。


「待って待って! 連絡先交換しようよ! えーと神火さんだっけ」


突然何を言い出すんだ、と振り返る祭鈴だったが、頬をポリポリとかきながら、


「…祭鈴でいい」


「祭鈴さん!」


「祭鈴でいいって」


一瞬何を言われたのか分からずキョトンとする小麦だが、すぐに笑顔になる。


「祭鈴! 連絡先交換しよ!」


「ん」


気恥しいのか小麦と目を合わせずに連絡先を交換し、ガラガラと店の引き戸を開ける。


「じゃ、じゃあ……うど…小麦」


「またね祭鈴!」


「…またな」


やがてその姿が見えなくなってから小麦が一人呟く。


「綺麗だったな~あの人に勝てたんだ私、運が良かったな~」




◇◇◇




「まさかあたしが負けるなんてね…」


スカートのポケットからケータイを取り出し、小麦の連絡先を眺める。


「またね…か」


画面を閉じ、懐に仕舞おうとすると、ジャケットを忘れてきた事に気が付く。


「次会った時に返してもらえばいいか」


会う口実を作ってから、帰路に着こうとした時だった。


「にゃはは~、何で香川に愛媛のスケバンが居るんだにゃ~? 確か~祭鈴って名前だったかにゃ~?」


背後から声がし、バッと振り返ると、頭の後ろで腕を組んだ少女が笑って立っていた。


服装はボロボロで土まみれ、ボサボサの髪は申し訳程度に後ろで結ばれている。


そしてなぜか犬耳のように髪が盛り上がっていた。


「ッ!! あんたは…高知の…!!」


「おお~私を知ってるのかにゃ~? そう! 私が高知県のご当地スケバン、檮原ゆすはら宿毛すくもだにゃ!!」




愛媛県 炎獄爆裂ファイヤースケバン、神火かみひの祭鈴まつり


VS


高知県 野生児ファイタースケバン、檮原ゆすはら宿毛すくも



いざ尋常に、スケバン勝負!!




(高知のスケバンがここにいるって事はあたしと同じ様に小麦を倒しに来たって事か…)


「残念だったな、香川のスケバンは既にあたしが倒した、だからあたしが相手になってやろう」


いくら自分を倒せたからとはいえ、小麦は明らかに戦闘に慣れていない。


それならばここで自分が敵を撃つ!


「なに~! 一足遅かったか! だが好都合、お前を倒せばシマを拡大させるチャンスにゃ!!」


戦闘態勢に入る宿毛すくも


祭鈴も即座に手を宿毛に向け人魂を発射しようとするが、気が付いた時には腕を捕まれ、狙いを逸らされていた。


「!?」


「『いつの間に!?』って顔してるにゃ~、祭鈴が"目線を動かして"、"狙いを定めて"、"手を動かす"までの間にゃ」


ズドンッと鈍い音が祭鈴の鳩尾から鳴る。


「ごォブ……!!」


「にゃはは~私に不意打ちは効かないのにゃ~」


右腕を掴まれたまま、神速の拳が祭鈴を襲った。


(ッッ何だこの拳!? 全部ガードをすり抜けるように撃ち込まれてる……!!)




檮原宿毛の能力は、その異常なまでの嗅覚だった。


一般的な人間の嗅覚は、嗅ぎ分けられる匂いの数がせいぜい数千といった所だが、彼女は違う。


宿毛の嗅ぎ分けられる匂いの種類は十億種類以上、イヌ科が嗅ぎ分けられるのが三十億種類程だと考えると、十分化け物の部類に入るだろう。


鼻の良さは、実に人間の数千万倍である。


宿毛には相手の行動が手に取る様に分かった。


筋肉が動き発生する乳酸の位置も、呼吸のタイミングも、眼球が動く匂いまで。


彼女と闘ったスケバンは理不尽に感じただろう、何せ行動が全て読まれ、防御しても全てがすり抜け攻撃が当たる。


加えて圧倒的な戦闘センスとそれにかまけず修行し続ける精神性、仮に敏感な嗅覚が無かったとしても彼女は勝ち続ける。


相手が動く前に動く、そんな彼女の戦闘スタイルを名付けて───


「名付けて『土佐とさ闘拳とうけん』にゃ!!」


これが高知県No.1のご当地スケバン、檮原宿毛の実力である。




腕を掴まれたまま、逃げる事ができず殴られる祭鈴だが、何も策を練らなかった訳ではない。


突然宿毛の背後で大爆発が起こる。


「熱ッ!?」


掴まれていた方の手から人魂を出し、背後で爆発させた。


能力の使用による匂いの発生はない。


爆風で前に押し出され、衝撃で手が緩む。


祭鈴は即座に手を引き戻し、手首同士を付け、前のめりになった宿毛の胸に当てた。


爆発による空気の焦げる匂いが辺りに漂っており、一瞬宿毛の行動が遅れる。


「弾け飛べ」


ドガァン!! と巨大な音と共に後ろに吹き飛ばされる宿毛。


背中から地面に叩きつけられ、その痛みに悶絶する。


「熱いにゃああああああああぁぁぁ!! 痛い痛い痛い!!!」


反射的に後ろに飛び両腕でガードをした宿毛だが、両腕に火傷を負い衝撃波で左肩が外れていた。


それを無理やりはめ、フラフラと立ち上がる宿毛。


「くっ…今ので立つか…!!」


ダメージが深く、立つのがやっとの祭鈴だが、今の内に仕留めようと手を上げ照準を定めた瞬間、今度は下から腕を殴られ上空に人魂が打ち出される。


「な…にッ!?」


宿毛は傷の治りも早い。


「今のは流石に効いたにゃ…愛媛最強は伊達じゃあないみたいだにゃ、でも私が勝つにゃ!」


祭鈴の顔面に右ストレートが直撃。


縦に回転しながら吹き飛ばされ、後頭部から地面に突き刺さり大の字に倒れ込む。


祭鈴は、動けない。




スケバン勝負これにて決着ッ!!


勝者、檮原宿毛 !!




ザッと地面が擦れる音がする。


現れた乱入スケバン、それは饂飩川小麦だった。




◇◇◇





スケバン図鑑⑧


なまえ:檮原宿毛


属性:野生児ファイタースケバン


能力:筋肉が動く時に出す乳酸の位置を把握する程の嗅覚。


備考:なぜか語尾に「にゃあ」を付けている。ネコ派。匂いが無い為、トラップには弱い。


ご当地:土佐闘犬

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