第十二伝 戦闘潮流




「どうやら他県のスケバンも来ているようだな、ここで始末しておくのも悪くないが…今日の所は一度帰るとするか」


お菊は持っていた木槌を背中にしまうと、屋上のフェンスから離れ階段の方へと向かった。


その時、誰かが階段を昇ってくる音が響いてきた。


「…いや、まさかな、ただの一般生徒だろう」


嫌な予感がするお菊だが、確かにトドメは刺したのだ、彼女であるはずがない。


やがてその人物は階段を昇りきると、ゆっくりと屋上への入口から姿を現した。


その人物に驚愕するお菊。


「ば…馬鹿な…なぜお前が!! 一体どうやって───」


「ようやく…見つけた、いや本当に、マジで危ねーって思ったよ…最後にいたのが理科実験室で良かった」


現れたのは全身にヒビが入り、至る所から流血している瑠衣だった。


すっと瑠衣は右手をお菊に見せる。


握りこまれていたのは何かの破片。


「こ…これはまさか───蒸発皿!!」


「そうだ、たまたま教室を出る時に見つけて持っておいたんだ…驚いたよ、八雲から皿が全部割れてた事を聞いた時には確信してたけど、持ってるだけでパリンパリン割れていくんだからな」


割れた破片を放り投げお菊へと近付く瑠衣、対するお菊はジリジリと後退りする。


(くっ…まさか失敗するとは…!!だが私の前に姿を現したのは迂闊だったな!!)


「フン…能力が失敗したとしても、私が直々にお前を叩き割ればいいだけの事…」


お菊は木槌を取り出し構える。


その武器を見て瑠衣の動きが止まった。


(奴の膝は負傷していない、という事は残り三回ほど当てれば私の勝利という事になる)


「私も出血が酷くてそろそろ限界だ、悪いけどすぐに倒させてもらう」


「ほざけ…」


やがてまた瑠衣の方から近付き始めた。


その足取りは出血のせいかフラフラとしており、足を踏み出す度に流れる血の量は増していく。


それはお菊までの距離が後数歩の所まで来た時だった。


突然、瑠衣の足元がぐらつき前屈みに倒れそうになる。


今だ、とお菊は思った。


木槌を構えて瑠衣に殴り掛かる。



ダンッと大きな音、それは瑠衣が足を踏み込んだ音だった。


倒れそうになったのはお菊の攻撃を誘う為のブラフ。


倒れながら左足で踏み込み、そのまま飛び跳ね、空中で右足を伸ばし回転。



ゴンッと更に大きな音、それは瑠衣の踵がお菊の脳天に突き刺さった音だった。


ドサッと背中から地面に落ちる瑠衣。


「…名付けて回転踵落とし、流石に血を流し過ぎた…これ以上はムリ」


攻撃を食らったお菊は、しばらく立ったまま床に大の字になった瑠衣を睨みつける。


そしておもむろに腕を振り上げたところで、カランと木槌を落とす。


お菊の鼻から血がツーと流れ始めた所で、彼女は白目を剥いて後ろにバタリと倒れた。


「…ふ~、───勝った」




スケバン勝負これにて決着ッ!!


勝者、蓮水瑠衣 !!




「瑠衣!! 無事か!?」


遅れて八雲が到着する。


「八雲か、ああ大丈夫だよ、ちゃんと勝ったし」


上半身を起こしヒラヒラと手を振る瑠衣。


その腕からヒビは消えていた。


「そうか、無事ならそれで良かった! 傷は…治ってるみたいだな」


「あれホントだ、でも血だらけでフラフラする」


クラっと来た瑠衣の身体を支え、八雲は倒れたお菊を見る。


「髪型は違うけどやっぱり朝見た人だな」


「な~八雲、二香と愛宕も誘ってラーメン屋行こうぜ、私お腹減ってきたよ」


「…ああそうだな、そうするか」


時刻は13時、ちょうど昼飯時だった。


「瑠衣は、一人で歩けるのか?」


「ん? まあ歩けない事は無いけど」


「そうか、ならこの人は俺がおぶっていくよ」


瑠衣を立たせて、お菊を持ち上げ背中でおぶる八雲。


それを見た瑠衣は急にフラフラとしだして床にへたりこんでしまった。


「ちょ、おい瑠衣大丈夫か?」


「やばい八雲、私大丈夫じゃないかもしれない…だから私もおぶってって」


しばらく二人同時に運ぼうと悪戦苦闘する八雲だったが不可能だと悟り、先に瑠衣を剣道場まで運ぶ事にした。


剣道場まで着くとドアは外れてるわ血は着いてるわで慌てる八雲だったが、中を見ると仲良く気絶してる三人組とその横で雑巾を使い掃除をしている二香がいた。


二香が八雲とその背中にいた瑠衣に気付き、振り向いた。


「え、何があったんですか?」


瑠衣を背中から降ろした八雲が質問する。


「見れば分かるでしょ、スケバン勝負よ…どうやら瑠衣も闘ってたみたいだけど、勝ったわよね?」


「おいおい二香、私が負けると思うのか?」


「フッ、愚問だったみたいね、でどうしたの? こんな所まで」


「せっかくだからご飯でも食べに行こうぜ! そこに転がってるスケバン達も一緒に!」


「あら、いいわねそういうの」


話が盛り上がりそうになる前に八雲は一度退散し、屋上へと急いだ。


まだ気絶したままのお菊をおぶって再び剣道場まで戻ると、先程の三人組が全員起き上がって五人で談笑していた。


「え、あんたが蓮水瑠衣なの!? じゃああたしに勝ったこのスケバンは?」


「ああ私の名前は泉坂愛宕だ」


「ええ~!! 騙す必要ある!?」


「おい愛宕~私の名前勝手に使うのやめろよ~」



「はぁこの砂時計高いのに…」


「そういえば砂時計ってあまり見ないわね、それどこで売っているの?」


「あら、興味ある? 私の砂時計の砂は鳥取砂丘で取れた物なの、まあそこの砂じゃないと能力が発動しないのだけど」


「随分、限定的な能力だったのね…」


八雲が到着すると五人が振り返り注目した。


「戻ったぞ~、あ、どうも文月八雲です」


初めましての二人に軽く自己紹介する八雲。


「八雲ね、あたしの名前は宮ヶ瀬桜、よろしく~」


「私は更科沙羅、初めまして」


お菊を降ろして八雲もあぐらをかいた。


「あの人知ってるわ…確か兵庫のスケバンで名前がお菊とかなんとか」


沙羅がお菊を見て呟いた。


「へぇ~、有名なのか?」


倒した瑠衣が沙羅に聞く。


「ええ、隣の県だから噂はきいていたけど…初めてお目にかかるわ…」


「そんな事いったらあたしも沙羅さん見るの初めてだよ! 中国地方じゃ最強って聞いてたけど話せて良かった~」


桜が嬉しそうに話すので思わず沙羅の顔もほころんだ。


「お世辞でも嬉しいわ、まあ私はそこの白鳥さんに敗北を喫してしまったけどね」


「あはは、あたしも愛宕に負けてるから何も言えないな!」


その時バッと倒れていたお菊が起き上がった。


「あ、起きた」


誰かが呟く。


キョロキョロと辺りを見回し瑠衣を見つけると再びゴロンと寝転んだ。


「そうか…負けたか」


そこでお菊の腹からぐ~~~っと情けない音が響く。


「腹が減った…」


五人が顔を見合わせると、弾かれたようにみなが笑い始めた。


「くっ…あははははは!! 私も腹が減って仕方がねー!!」


ひとしきり笑ったあと、瑠衣がラーメンを食べに行こうと提案する。


全員空腹だったので誰も拒否する者はいなかった。




様々な格好をした七人組の客に一瞬固まる店長だったが、そこはプロ、気にすること無く空いている席に座って下さいと言った。


平日だった為か人はかなり少なく、全員がカウンター席に座ると次々注文し始めた。


初めに頼んだのはお菊。


「しょうゆ海苔トッピングで…うう、匂いのせいで腹が鳴り止まない…」


「じゃあ俺はしおラーメンの大盛り全部のせで」


「じゃあ私もそれで、二香は?」


「私こういうとこ来るの初めてで…何がなんだか…」


「ええ~マジ? 初ラーメン屋か…まぁしおラーメンでいいんじゃない? この子しおで!」


「私もラーメン屋なんて久々ね…あ、私はしょうゆラーメンでお願いするわ」


「じゃああたしは~みそラーメンのチャーシュートッピングで!」


「ほ~宮ヶ瀬桜、みそを選ぶとは分かっているな、私はみそ大盛り全部のせで」



やがて全員分が届くと割り箸を割り、全員がいただきますと手を合わせた。




「ごちそうさまでしたっと」


最後に店を出てきたのは二香と瑠衣だった。


「待たせてごめんなさい」


先に食べ終わり店から出ていた五人と合流する。


「そうだ、みんな連絡先交換しよーぜ!」


瑠衣の思い付きで、その場にいた全員で連絡先を交換し始める。


無事交換も終わり本日は解散という流れになった。


「ラーメン食べたら傷もほとんど治ったしあたし帰るね! 楽しかったよ! じゃーね!」


ブンブンと手を振り駅の方へと向かう桜。


「桜さんは電車で来てたのか」


八雲がぽつりと呟くとそれを聞いた愛宕が否定した。


「いや、宮ケ瀬桜は走ってきたらしい、線路横を走ればただで着くからと言っていたな」


「ええ…埼玉県から…? 流石に帰りは電車だよな?」


「さあな、それはそうとラーメンだが美味かった、朝は断ってしまって悪かったな…ま、また誘ってくれると嬉しい」


「ああ任せろ、また皆で美味い定食屋でも行こう」


去り際、若干顔が赤く染まっているように見えたのは恐らく八雲の気のせいだろう。


「私もそろそろ帰ろうかしらね、行きましょうお菊さん」


「フフフフ、今回は何とかなったようだが、いつなんどき次のスケバンが現れるか分からない…しかし埼玉兵庫鳥取が一同に撃退されたからな、しばらくは他県のスケバンも様子見をするだろう、用心する事だな」


最後に忠告をしてから、お菊と沙羅は帰って行った。


「意外と優しい人なんだなお菊さん」


「よし、私らも帰るか! 二香はどうする?」


「私は車を呼ぶからそれで帰るわ、二人ともまた学校で」


「そうか、またな二香!」「じゃあ二香さん、また」




「そういえばお菊さんが最後に言ってた事だけど、瑠衣は大丈夫なのか?」


「え? ああ~まあ大丈夫だろ、むしろ向こうから来てくれるならラッキーって感じ」


「…まあ危ない事はあんまりするなよ」


「分かってるって」


八雲の前まで少し走り、後ろ歩きで八雲に話しかける。


「そーいえば! 約束のちゅーがまだだった!」


「あ」


そういやそんな事電話してる時に言っていたな、と思い出す。


「いやいいわ! アホなこと行ってないでさっさと帰るぞ」


「ええ~そんな事言って、貰えるもんは貰えよ~!」





今回は3県のスケバンが襲ってきたが、まだ全国には様々なスケバンが存在する。


蓮水瑠衣の噂は瞬く間に広がり、当然各県のご当地スケバンの耳にも入った。


闘いは更に苛烈を極めていく。



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