第十伝 VS 埼玉県 瞬間少女ジャンプスケバン
「む、早く来すぎたか、ここに来れば白鳥二香がいると思ったが…」
剣道場で一人呟くのは泉坂愛宕、彼女は二香と闘う為にいち早く剣道場へ来ていたのだが、あいにく誰もいなかった。
「仕方がない、少し待てば顔を出すだろう」
そんな時だった。
「失礼しゃーす、蓮水瑠衣いるー?」
誰かが道場内に入ってきた。
見ると、制服のスカートからシャツを出した半袖の生徒が立っている。
手にはガリガリ君を持っており、ぺろぺろと舐めていた。
「お前は誰だ?うちの学校の生徒では無さそうだが…まさかスケバンか?」
訝しげな目で見る愛宕、すると生徒はさも嬉しそうに愛宕に話しかける。
「おっ、あんたいいね~、お察しの通りあたしはスケバン、名前は
にひひ、と笑う桜に愛宕も興味が湧く。
「ほぉー…埼玉でテッペン、それで蓮水瑠衣を探してどうするつもりなんだ?」
「そりゃあ闘って倒すんだよ、強い奴が現れたって聞いたから翔んで来たんだ」
愛宕は思う、宮ヶ瀬桜と闘ってみたいと。
埼玉NO.1のスケバンの実力がどれほどの物か確かめてみたい。
(成程、あの時の文月八雲も同じ気持ちだったのかも知れないな)
「私を倒すか、大きく出たな宮ヶ瀬桜」
学帽の位置を整え拳を握る愛宕。
「私…? もしかしてあんたが蓮水瑠衣なの?」
「そうだ、私が蓮水瑠衣だ」
八雲が二香の名を騙った時を思い出す。
「マジかよ!! いや〜あたしも運がいいな! どれどれその実力はっと…確かめさせてもらうよ」
食べかけのガリガリ君を愛宕に向ける桜、その目は先程とはうってかわり真剣そのものだった。
埼玉県 瞬間少女ジャンプスケバン、
VS
錯覚トリックアートスケバン、泉坂愛宕
いざ尋常に、スケバン勝負!!
「来な」
桜はガリガリ君を食べながらもう片方の手でクイクイと愛宕を挑発する。
「…」
愛宕が近付こうと一歩踏み出そうとした瞬間、桜が5m程の距離を一足で詰めた。
「なッ───!!」
そのスピードに驚く愛宕、そして横からの激しい衝撃。
音速の様な蹴りによって愛宕は壁に叩き付けられる。
「ゴッ…ハァッ!!」
「うーんこれもハズレか~」
食べきったガリガリ君の棒を見て落胆する桜。
ポケットから新品のガリガリ君を取り出し袋を開けまた食べ始めた。
愛宕は脇腹を押さえながら立ち上がるが、ガクンと膝から崩れ落ちる。
「クッ…」
「お~、あたしの蹴り食らってもまだ立ち上がろうとするなんて凄いね、根性ある」
一度深呼吸してからすっと立ち上がると、愛宕は能力を使う。
桜の瞳に向かって光を飛ばした、がそれよりも速く桜が動いた事により攻撃は外れた。
「何ぼーっとつっ立ってるのっと!!」
右足でのハイキック、愛宕は頭を右に振って何とか避けるが、頬をかすり血が流れる。
(このスケバン…速過ぎる!! この私が避けるのがやっとだ、クソ!!)
避けた直後に苦しまぎれの一発を撃ち込むが足の裏で防御される。
桜は愛宕の拳の勢いでそのまま後ろに翔ぶと、ガリガリ君を齧り始めた。
「な~んか別に大した事ないな蓮水瑠衣も、強いって言うから来てみたけど微妙」
頭をかきながら言う桜に、愛宕は怒る訳でもなく、倒す手を考える。
「宮ヶ瀬桜、お前の瞬間移動の様な速さがお前を最強たらしめている理由だろうが、その強さが故にお前は負けると断言しよう、一瞬の隙さえあればその瞬間が私の勝利だ」
愛宕が話している内に、桜は食べかけのガリガリ君を食べきり、当たり外れを確認することなく口に棒を咥えた。
「へぇ~! 強さは微妙だけど面白いこと言うね!! そこまで言うなら仕方ない、身体に刻み込んであげるよ、あたしの最強を!!」
ズドンッと足の踏みつけだけで床を破壊する桜、走ってくる愛宕を音すら置き去りにするスピードで蹴りつける。
「───は?」
当たったはずの蹴りが外れた。
思わず声が漏れる。
目の前の愛宕を自分の足がすり抜けた。
桜の身体の重心が崩れる。
一瞬の隙、 愛宕は見逃さない。
ズガンッと脇腹に強烈な衝撃、痛みを感じるよりも速く、更に衝撃。
嵐が桜を襲う。
「うをらああああああああアアアアアア!!!」
愛宕の連撃は一撃一撃が重い、いくら桜とはいえ無視できない程のダメージだった。
顔にも何発か貰ったが、腕を上げて一先ず身体を固める体勢に入る。
しかし、桜の強みは脚、今まで全てのスケバンを足技のみで倒してきた彼女は、腕を鍛えていなかった。
ゆえに愛宕の攻撃を長く防ぐ事はできないだろう。
(でもこの連打だって長くは続かないはず…とは言え食らい続けるのはまずいよね…この至近距離じゃ威力はしれてるけど…取り敢えず蹴る!!!)
思いつけば即実行、横腹目掛けて蹴りを繰り出す。
が、蹴る直前、桜の太ももを愛宕が殴りつけた。
「な…」
蹴りが止められ動揺する桜に、更に拳が叩き込まれる。
何発かクリーンヒットし、着実にダメージが溜まっていく。
「無駄だ、一度私の連撃を喰らえばまず抜け出す事は出来ない」
(そんっっっっな事があるかよ!!)
後退り、一息に後ろへジャンプしようとすれば、愛宕から制服を捕まれ、顔面へと頭突きをされた。
「ガ───ッ!!」
「無駄だと言っている」
ならばもう一度とハイキックを放とうとするが、今度は直前に足の甲を踏まれ、顎へとアッパーを食らう。
(や…やばい…!! 負ける、何だこの強さ…このままだと撃たれ負ける…!!)
戦況は既に愛宕へと傾いている。
腕のガードも段々降りて来て防げる拳の数も減ってきていた。
かと言って、愛宕が完全に有利かと言えばそうでは無い。
これだけの連撃、初めに食らった蹴りのダメージが響いているせいもあるが、愛宕の体力にも限界が近付いていた。
拳を止めれば疲れ切った愛宕を桜の殺人級の蹴りが襲う。
故に、愛宕はこの連撃で桜を倒しきる必要があった。
だからそれは全くの偶然だった。
愛宕に殴られたせいか、それとも何度も蹴ろうとしていたせいか。
不意に桜のポケットから何かが落ちた。
ガリガリ君の袋が床に落ちたのだ。
桜すら気付かずに仕掛けられたトラップに、愛宕が引っかかった。
「ッ!!」
最後の力を振り絞り拳の回転数を上げようと一歩踏み出した時だった。
足元にある何かに足を取られツルッと滑った。
反射的に拳が止まる。
止めてしまった。
「隙あり」
桜の方も半ば反射的に愛宕の頭を学帽ごと両手で掴み、顎に向かって飛び膝蹴りを食らわせた。
「~~~ッッッ!!!」
仰け反り後ろへと倒れそうになる愛宕、次いで桜は鳩尾へと足をねじ込んだ。
「ゴハァ!!!」
そのまま壁へと叩き付けられ、足で立つ体力すら残ってないのかズルズルと尻もちを着いた。
更に猛烈な吐き気と痛みが襲う、そして口内に溢れる鉄のような味、思わず愛宕は吐き出した。
「うっゴフッ…」
「闘ってる最中によそ見はまずいんじゃない?」
体力すら残っていない満身創痍の愛宕に、無慈悲な追い討ちがかかる。
愛宕が前を向いた時には桜の足の裏が目と鼻の先にあった。
この時、既に愛宕の体力は限界を超えている。
筋肉には乳酸が溜まり切っており、パンピーであれば腕を上げるのすらやっと、と言うほど。
そんな状態で、人を飛ばすような蹴りを、それも顔面に喰らえばどうなるか、もはや命すら危ういだろう。
「弾け翔べ」
当然愛宕に避ける暇など無い。
桜の光速の蹴りは、愛宕の顔をバキバキィ! とその壁ごと貫いた
◇◇◇
スケバン図鑑⑥
なまえ:宮ケ瀬桜
属性:瞬間少女ジャンプスケバン
能力:瞬間移動したかのように見える程の速度を出せる強靭な脚
備考:越谷という地名は彼女の祖先が一度の跳躍で谷を越したという伝説から名付けられたと言われている。ガリガリ君が好き。
ご当地:翔んで埼玉、ガリガリ君
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