第七伝 追憶
「また怪我したら来いよっ! バイビー!」
時刻は夕方、空は既に赤く染っている。
そんな中、翔子に見送られて二香、八雲、瑠衣、愛宕を乗せた車が病院を出発した。
「一時はどうなる事かと思ったけど、何とかなったわね」
一息ついた二香が八雲に話しかける。
「全くですよ…まあ上手くいったから別に良いんですけどね」
横で寝ている二人を見ると、緊張の糸がほぐれたかのようにシートに深く背中を預る八雲。
「はぁ…いや今日は疲れた…早く家に帰りたいですよ」
「そうね、家はこっちの方向でいいのよね?」
「あ、はい、しばらくはこのままで」
少しして住宅街に入ると、友達同士で笑いながら帰宅している小学生が何人かいた。
そんな光景を眺めながら二香が八雲に再び会話をふった。
「ねえ、貴方達ってどういう関係なの? 聞きそびれていたけど、幼馴染なのかしら?」
「あーそんな感じですね、小学生からの付き合いで」
「ふぅん…どうやって知り合ったの?」
「当時俺がよくつるんでた先輩の妹が瑠衣だったんですけど、そのよしみでよく遊んでたんですよ、まあ遊んでたと言うか振り回されたと言うか…そんな感じです」
八雲が寝ている瑠衣を横目に話す。
懐かしそうに語る八雲をバックミラー越しに見ていた二香は、その光景を想像してかフッと顔を綻ばせる。
「そう、いいわね…そういう関係」
二香が助手席の窓を開けると、風が彼女の髪をなびかせた。
「…」
そんな彼女を運転手はチラリと見るが何も言わない。
「あっ、すみません俺らこの辺で大丈夫です!」
八雲が運転手に声をかける。
道路の脇に車を停めてもらい、瑠衣の身体をおんぶして外へ出る。
「今日はありがとうございました」
助手席の窓から二香と運転手に礼を言う。
「瑠衣によろしく言っておいて、また学校で」
八雲は二香の乗った車が見えなくなるまでその場で立っていると、やがて帰路に着いた。
「おい瑠衣~、早く起きろよ~」
ゆさゆさと揺すりながら歩いていると、突然ボカッと頭を殴られる。
「痛っ、瑠衣! お前起きてるだろ!! ったく自分の足で歩けよ…」
「…やだ、べー!」
「べー、って…まあいいよどうせすぐ着くし…」
いつの間にか起きていた瑠衣に、少し安心する八雲。
傷だらけだった瑠衣がピンピンしてたのでホッとしたのだ。
「大体いつから起きてたんだよ」
「教えるかばーか、それより八雲号!! ダッシュダッシュ!!」
「ちょっ! 上で暴れるな! 俺もう疲れてるんだけど!?」
◇◇◇
やーいやーいおとこおんなー!
言われ慣れた言葉だった。
短髪で喧嘩っ早い性格だから仕方がなかったのかもしれない。
そんな悪口を言って来た同級生をボコボコにしていた少女は、ある時その同級生の兄やら友達やらを呼ばれて囲まれていた。
「お前か、俺の弟を叩きのめしたやつってのは…女だかなんだか知らねーが俺ら兄弟を舐めるやつには容赦しねえ」
ピッとカッターナイフを取り出す不良に少女は、血の気が引いた。
体格だけならまだしも複数人で、さらに武器まで持ってこられては、いくら少女が強くても限度がある。
勝てない、と少女が悟った時だった。
背後の大きな木から一人の少年が降ってきた。
その少年は少女と不良の間に落り立つと、開幕一発、不良の顔面に拳をめり込ませた。
「男が女に手を出してんじゃねえよ、おちおち昼寝もできやしねえ、お前らみてえな男は俺が全員ボコボコにして改心させてやるよ」
宣言通りその場にいた奴を全員叩きのめした少年は、後ろにいた少女に大丈夫か、と声をかける。
「何をしたか知らねーが、武器まで使って一人をフクロにしようなんざ男のやる事じゃねーよな、ましてや女を囲むなんてな」
ケガしてねーよな? と顔を覗き込む少年。
「え、名前? おいおい、俺の事好きになっちゃったか? でもな、名乗らないのが男だ! しかも俺は強くて面白い女が好きだからお前の期待にゃ応えられないしな!」
そう言うと少年はどこかへ走り去ってしまった。
再開したのは数年後、少女の兄が一人の少年を家に連れてきた時だった。
あの時の少年だとひと目でわかった、少年の方はどうやら覚えてないようだったが。
少女は決めていた、少年が惚れるような強い女になろうと。
「なぁ八雲、私スケバンになろうと思う」
「突然どうした? スケバンって…流石に時代遅れじゃね?」
「いーの! で、そんでもって全国のスケバンを倒しまくって日本一のスケバンになるのが夢!」
「全国統一か、面白そうじゃん、でも何だってそんな日本一のスケバンになりたいんだよ」
「それは…」
日本一のスケバンが一番強い女だから
「───教えるかばーか」
「はぁ? いーじゃねーか教えろよ…まあなんにせよ夢を持つのはいい事だな、怪我しないように頑張れよ」
「ああ!」
◇◇◇
「分かってると思うが、明日も学校だからな、もう寝坊するんじゃねーぞ」
「分かってるってうるさいなぁ」
「ホントに分かってんのかよ…じゃあ、また明日な」
「じゃあな~」
瑠衣を家に送り届け、今日もへとへとになりながら帰る八雲だった。
その日を境に、全国のスケバン達の間で一日に二人のスケバンを倒したスケバンの噂が広まった。
スケバン猛将伝、全国編開幕
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