第2話 最後の会話

「どうしてこうなった......」


 結局、僕は糸青君達の話を聞いた後、それに対して何も答えることが出来ずに自室に戻ってきてしまっていた。


 目元を腕で覆いながらベッドで横になる。

 そして、思い出すはやはり先ほどの誘いだ。


 正直、魅力的な誘いだとは思っている。

 異世界に来て自分の生き方が一変するなんて憧れをヲタクの僕が持たないはずもないし、その誘いに乗って“もしかしたら”とも思ってしまう。


 それに理由はそれだけじゃない。

 僕の腕に刻まれた忌々しい記憶である。


 腕の裾をめくって肌を出してみればそこには生々しい切り傷やら火傷の痕がある。

 これは訓練と称されたイジメによるものだ。


 僕達のクラスには邪悪な三人組がいる。

 といっても、もともとのクラスではただの不良で、その時は僕もイジメなど受けていなかった。


 しかし、この世界に来て純粋な暴力性が優劣を決めるようになってから、召喚された勇者の一人として他の人よりは頑丈という理由(その連中曰く)から僕は練習台としてよく絡まれた。


 そいつらの厄介な所は役職が普通に優秀な戦闘職というのに加え、的確に人にバレないように“訓練”を繰り返すのだ。


 ここ1週間ほどはなぜか絡まれなくなったけど、またいつから同じような目に遭うかもわからない。

 けど、助けを求めることも出来ない。

 その求めた相手も標的にさせてしまうのは嫌だから。


 だから、もしここを抜け出せばそんな悪意の支配から解放されるのかと思うと魅力的に感じてしまう。


「けどなぁ......」


 せっかく皆で頑張ってるんだから(僕は何も出来てないけど)、このまま皆と一緒に頑張りたい気持ちもある。

 なんせ同じ世界に住んでたんだから。それに......。


「少し気分を変えよう」


 煮詰まった考えを一旦置いていくことにした。

 未だ動揺が抜け切っていないのかもしれないし。


 そして、部屋を出ると適当に夜の廊下を歩いていく。

 静かな廊下に通り過ぎるドアから話し声が聞こえてくる場所もあれば、静かな場所もある。

 話し声がするのはきっと修学旅行気分で遊びに行っているのだろう。

 なんせゲームのなければ、スマホも充電切れてるだろうし。


「皆、気楽そうだな......」


 最初の頃は魔物とはいえ、生き物を殺すことに酷く躊躇していたのに。

 慣れって恐ろしいな。僕も同じだけど。


「リツさん、何してるんですか?」


「わぁっ!?」


 背後から突然かけられた声に体がビクッとして咄嗟に距離を取る。

 そして、すぐさま振り返るといたずらっぽい笑みを浮かべたエウリアの姿があった。


「エウリアか......お化けかと思ってビックリした」


「ふふっ、ついからかいたくなってしまいました。ごめんなさい。

 でも、仮に相手がゴーストだとしても対処は可能ですよ?」


「そういえばそういう世界ですね......」


 バクバクとした鼓動を深呼吸で落ち着かせていく。

 それから、改めてエウリアを見ると思わず見惚れてしまった。


 窓辺からさす月光が優しくエウリアを照らしていて、反射するロングブロンドに星のように輝くコバルトブルーの瞳。

 その姿は正しく天女、否、聖女だったな。


 そんな彼女は寝間着のような淡いピンク色をした長袖の付いたワンピースを着ている。

 もう格好からしてお休みするという姿なのに、こんな廊下でどうしたのだろうか。


「こんな時間にどう――――」


「少し外の空気が吸いたくなって......護衛を頼めますか?」


****


「ここ私と母のお気に入りの場所なんです」


 そう言って連れてこれたのは城の一角にある庭であった。

 庭園といった感じで、周囲には僕の身長よりも高い花で覆われていて、その中央辺りにはお茶が出来るような白いパラソルに白い丸テーブル、二つの椅子があった。


「もう母はいないんですが、疲れた時にや前にはここに来たくなるんです」


 エウリアはふらふらっと庭の中央ら辺を裸足のまま歩いていく。

 そして、髪を揺らしながら振り返るとそんなことを告げるのだ。


「少しお話しませんか?」


「......うん」


 エウリアは軽い足取りでテーブルの方ではなく入り口付近の階段に座るとまるで手招くように隣の場所を手で叩いた。

 美少女とこんな夜に、しかも隣に座って......。


 妙は気恥ずかしさもありつつも、その動作に甘えるように僕は隣に座った。

 優しく吹く風が彼女の髪を揺らし、漂う香りが鼻孔をくすぐる。

 僕は出来るだけ気にしないように振舞いながら彼女に尋ねた。


「そ、それで話って......?」


「はい。といっても、私が何か話したいのではなく......リツさん、何か悩んでいませんか?」


「っ!」


 その見透かしたような言葉に思わずドキリと胸が跳ねる。

 例えたまたまとしてもあまりにもタイムリーな内容だ。


「いや、特には......」


「本当ですか?」


 僕が顔を逸らしたのに対し、覗き込むようにして合わせてくるその瞳と目が合った。

 その目はなんだか「力になってあげたい」と「今まで気づけなくてごめんなさい」という二重の意味合いが含まっているみたいで――――気が付けば話していた。


 それは先ほど誘いを受けた糸青君達の話。

 自分が話しているのに気付いた時にはもう手遅れで、されど心が落ち着くような安心感があった。


「......そんなことが」


「えーっとその......やっぱり、脱走なんてダメですよね。

 せっかく皆が頑張ってるのに責任放棄するようなことしちゃ――――」


「私は良いと思いますよ」


「......え?」


 彼女の言葉に思わず思考が停止する。

 だって、彼女の国は魔族による脅威にさらされているからこそ助けを求める形で勇者ぼくたちを召喚したのだ。


 そりゃ、僕なんかがいなくても戦力としては変わらないだろうけど、それでも役目を放棄していいなんて――――


「でもまた、行かないで欲しいとも思っています」


「?」


「なんでしょうね......とても複雑な気持ちなのですが、言葉に表すとそういうことになるのです。

 あ、決してリツさん達のことを『役に立たないからいなくても変わらない』なんて思ってませんよ!?」


「大丈夫。そこは疑ってないよ」


 僕は恐らくクラスの男子の中では一番エウリアと話している。

 それは僕がお手伝いをよくしてることもあって、エウリアから頼まれることも多かったから成り行きで自然と。


 そんな彼女と話しているうちに本当に心が清らかな人物であると認識した。

 人々の悩みをよく聞き、積極的に手伝いを行い、孤児院なんかも訪れては手料理を振舞ったりしている。

 それらは全部エウリアの手伝いの中で見てきたことだ。


 明るく、愛想がよく、元気で、キレイで、清らかで正しく生まれながらにして聖女なのだろうという人物。

 もはやそんなことを言うなんて疑いすらしてなかった。


「私としてはリツさんとのおしゃべりが良い気分転換になってるんですよ。

 いつもは一人で黙々と作業することも多かったんですが、リツさんが来てくれたおかげで楽しく作業もできていつもより仕事が早く終わるようになりました」


「まぁ、僕も手伝ってるしね」


「そういうことじゃないですよ!」


 エウリアはどこか不満そうな顔をして僕を見る。

 ん? なんか返答間違えました?


 彼女は一つ息を吐くと星空を眺めながら話をつづけた。


「とはいえ、それはあくまで私のわがままで、リツさんが望んでることには積極的にやって欲しいと思ってるんです。

 だって、リツさんは無理してますし」


「そ、そうかな? 自分では思い当たる節があまりないけど」


「私、知ってるんですからね。

 時折幼馴染さんの方をぼーっと眺めてため息を吐いてるのを」


「うっ......」


 見られてたのか、そんなところを。

 そして、彼女の言うことは全くの図星である。

 というのも、僕には二人の幼馴染がいる。

 背が高く快活な男の友達と元気で負けん気の強い女の子の友達が。


 そして、その二人が与えられた役職は「拳闘士」と「勇者」である。


 一気に僕との距離が開いた瞬間であった。

 そして、僕はその勇者の女の子に昔っから恋心を抱いていて、されどその子は拳闘士の親友のことが好きでという微妙な距離感でこの世界にやってきてこれだ。


 だから、僕はもう諦めている。

 されど、幼馴染という縁は切りたいとは思わず、変わらずにこんな僕でも助けになることがあるなら何でもしたいと思ってる。

 まぁ、それらは大概二人でどうにかなるけど。


「なんでもお見通しなんだね」


「私は神様じゃないんですから全てを察せるわけじゃありません。

 現にこうして悩みを直接聞いてるわけですし。

 でも、あなたの力にはなりたいと思って、あなたを見つめたおかげでわかるようなこともあるのです」


「僕を見つめてたの?」


「そ、それは言葉の綾というやつで!.....ま、まぁ、見てなかったといえばうそになりますけど......」


「ははっ、冗談だよ。エウリアも焦ることあるんだね。

 普段大人びて落ち着いているから新鮮だよ」


「も、もぅ! リツさんのイジワル!」


 彼女の言葉はどこまでも心地よくさせてくれる。

 だからこそ、甘えてしまいそうになる。

 でも、僕が抱えている悩みは簡単に曖昧にしていいものでない気がする。

 だからこそ、答えを出さないと。


 そんな僕の気持ちがエウリアには伝わったのか彼女は断定するように告げた。

 しっかり目を合わせて。


「リツさん、この国を出立してください」


「......どうして?」


「私はリツさんが輝いている姿を見るのが嬉しいんです。

 町の皆さんに弄られたり、話に付き合ったりとしているリツさんの周りは常に笑顔で溢れています。

 そんなリツさんを見るのが好......素敵なんです」


「面と向かって言われるとなんだか照れ臭いな」


「ですが、このままではやがてリツさんの悩みは表面化してしまう恐れもあります。

 でしたら、リツさんは“自由”を求めにこの国を出るのもありだと思うんです」


「自由を求めに.....」


 その言葉がエウリアから聞くとは思わなかった。

 だからこそ、思わず尋ねてしまった。


「どうしてそこまで僕のことを?」


 その問いに対し、エウリアはどこか寂し気で、されどその感情を隠すような笑顔で告げた。


「だって――――良い人には幸せになってもらいたいじゃないですか」


 そう言うとエウリアは空に浮かぶ月を見る。

 暗くてわからなかったがその耳は紅い様に見えた。


「......そっか。なら、僕は幸せを見つけに出ることにするよ。

 エウリアの言葉によるものじゃなく、僕の意思で」


「......わかりました。後のことは任せてください。どうにかしますので。

 では、今日が最後の会話になるのですね」


「そうだね」


 エウリアが見つめる月を僕も同じように見つめる。

 優しい光に全身が包まれたような気がした。


「月が.....奇麗ですね」


 そうエウリアは呟いた。


*****


――――翌日の夜9時


 僕は待ち合わせ場所だった城の裏門にやって来ていた。

 するとそこにはすでに康太、糸青君、花街君の姿がある。


「お前なら来ると思っていた」


 そして、糸青君から渡されたフード付きの該当を身に纏い、裏門を抜けたすぐそばの森の闇へと僕達は紛れていった。

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