ヴィランレコード~落ちこぼれ魔法陣術士が神をも超えるまで~

夜月紅輝

第1章 悪役の誕生

第1話 脱走の理由

「はぁ......」


 そんなため息を吐きながら雑多な人が歩く道を両手に荷物を持って歩くのは【仲居 律】こと僕である。


 じゃ決して気なさそうなコートに身を包み、中世染みた街の中を歩いていた。


 なんとなく察しがついている人もいるかもしれないが、ここは僕がいた日本ではないどこかの異世界【レベェナ】である。


 この世界に来たのは約一か月前ぐらいのこと。

 もうすぐ授業が始まろうというタイミングで、突然クラスが怪しげな光に身をを包まれたのだ。


 そして、その光に視界を奪われ、気づいた頃にはこの世界にやって来ていた。

 ヲタクである僕にはこの現象がすぐにあの「異世界転移」であることはわかった。

 とはいえ、全然最初は現実味を感じなかったけど。


 しかし、夢にしてはリアルすぎて、音が鮮明過ぎて、においがいつもと違くて、挙句に頬をつねって痛いならば信じるしかなかった。


 そして、僕達は「勇者」としてもとの世界に戻れないという事実を半ば無理やり認めさせられ、あれよあれよと今の仕事をしている。


 僕の仕事? はは、ただの雑用だよ。

 悲しいことに僕の存在はあまりにものだ。


「おーい、律~!」


 そう遠くから声をかけてきたのは異世界特有の美少女――――ではないぽっちゃり体型の【堅持 康太】である。特徴としては基本糸目のまろ眉で常に笑ってるような感じ。


 しかし、ただのぽっちゃりと侮るなかれ。

 僕の身長が172センチなのに対し、彼は190センチはある.....デカい。

 そして、そんな彼のいる場所である建設現場に向かっている。


「康太、どうしたの?」


「また例のやつやって欲しくて。

 自分でかけるより律がかけたやつの方が長持ちするから」


「便利道具扱いしてない?」


「してないよ。おいらはそんなことしないって。

 たまたま休憩中に会えたから。で、どう?」


「はぁ、わかったよ」


 そして、僕は康太に背中を向けてもらうとそこに人差し指で<疲労回復>の魔法陣を描いていく。


 そうこれが僕の存在が必要ない決定的な理由である。


 僕のこの世界で与えられた役職は「魔法陣術士」。

 つまるところ魔法陣を専門に扱う役職だ。

 しかし、この役職は致命的に役立たずの役職として認識視されている。


 なぜなら、この役職は“誰でも”できるのだ。


 もともと魔法陣というのは、この世界で誰しもが持つ魔力で、魔法が上手く使えなかったり、そもそも魔法を扱うに魔力が足りなかったり人のための救済措置的な役割を果たしているのだ。


 よって、魔法陣というのはこの世界で魔法を扱うもっともポピュラーな手段であり、同時に魔法を扱うことのできる手段なのである。


 元気に走り回る子供から杖を使って歩く老人まで誰しもが簡単に魔法を使えるようになるのが魔法陣。

 当然、魔法系役職に限らず武器戦闘職の人も言わずもがな。


 そんな魔法陣を専門で扱う僕。

 クラスの皆からひいてはこの国の人たちから冷めたような、嘲笑するような目で見られたことは言うまでもない。

 あの時の国王様の目は本気で怖かった。


 この話によってわかったのは「異世界からやってきた勇者」というくくりの中で僕だけがこの世界のルールにのっとった一般人。


 故に、僕が戦闘練習しても、魔法練習しても意味なんて無い。

 僕達には国王様から「魔王を倒してほしい」というありがちな頼みを受けたが、この中で唯一僕だけである。


 なので、時折暇潰しにこの世界の魔法について勉強しながら、プー太郎にもなりたくないので町のお手伝いをしてるのだ。

 今荷物を運んでるのもその手伝い。


 おかげで、町の人達にはよくしてもらってる。

 でも、僕が勇者として役に立たないことは知らないのでそれだけは心苦しいけど。


「終わった。いつもより魔力も多めに丁寧にやったから結構長持ちするよ」


「ほんと! ありがとう!」


 ま、僕の魔法陣術士という役職も‟絶対に”役に立たないわけではなさそうだ。今の時点では、だけど。


 一応恩恵としては、これでも魔法系に入るため魔力が近接戦闘職よりも多く、魔法陣の効果も他の人よりも何割かアップしてる......らしい。実感ないけど。


 康太に別れを告げるとお届け先に荷物を置いていく。

 そして、また誰かのお手伝いのために周りを見ながら歩いていると後ろから声をかけられた。


「リツさーん!」


「エウリア」


 今度声をかけてきたのは正真正銘異世界美少女である【エウリア=フォン=クロード】。

 僕達が滞在しているクロード聖王国の王女様であり、聖女様である。


 修道服特有の帽子の隙間から顔を覗かせる美しいブロンドの前髪が太陽に反射して、その輝きを全身で表すかのような明るく優し気な笑みは人々を魅了する。

 背後に花が浮いて見えるよ。


 そんな彼女は駆け足で僕の所にやってくるとそのまま話しかけてきた。


「リツさん、ここで会えて良かったです」


「どうかしたの?」


「はい。実は教会へ荷物を運ぶのを手伝って欲しいのです。男手はあまりいなくて......」


「そういうことなら任せて。暇は持て余してるから」


「ありがとうございます。ですが、頼んだ私が言うのもなんですが無理はしないでください。

 町の皆さんがよくリツさんのことを話してくれていて、自分のことのように嬉しく思いますが......逆に捉えればそれだけ毎日頑張ってるということにもなってしまいます」


「気遣ってくれてありがとう。

 でも、これぐらいしか僕のやることはないから」


 そう言いながら自嘲気味に笑うとエウリアは真剣な目で両手で手を取ってきた。


「そんなことありません!

 リツさんのおかげで皆さんが助ってるって言っています。

 リツさんのやってることは十分に胸を張っていいことです!」


 そのコバルトブルーの瞳は吸い込まれそうなほどに大きく映った。

 そして同時に、距離感の近さに熱が込み上げてくる。


「あ、ありがとう。でも、その......少し近い」


「え......あ、ごめんなさい!」


 エウリアは慌てて手を離すとその手を後ろに隠した。

 そして、赤らめた顔でそっぽ向きながらも時折気にしたようにチラッと見てくる。うっ、可愛い。


 よく見れば周りの人達が妙にニヤニヤしたような顔で見てくる。

 ち、違うから! 絶対なんか勘違いしてるでしょ!


「そ、それじゃあ、教会に向かいましょう!」


「そ、そうですね!」


 この場から逃げたい一心でそう告げるとエウリアもコクコクと首を縦に振ってぎこちない足取りで歩き始めた。


「おい、聞いたか? 最近ここらに魔族のものと思わしき物が流れ込んでるって噂」


「知ってる。けど、実際に見た奴なんて聞いたことないし、やっぱりどこかの目立ちたがり屋の根も葉もない噂なんじゃないか?」


 そんな二人組の冒険者の話をたまたま聞いてしまいながら。


****


「ふぅー、終わった。結構時間かかったな」


 時はもう夜。

 窓辺から差し込む月光に照らされた廊下を体を伸ばしながら歩いているとふとどこかから声が聞こえてきた。

 それも複数の声。


 どうやらその声は少し歩いた先のドアから漏れてるらしい。

 とある一室のドアが僅かに開いていて、そこから部屋の光こそないが月光が漏れている。


 僕はその会話の内容が気になって足音を立てないように慎重に歩いていくと僅かの隙間から中の様子を覗き見る。

 え、康太......!?


 最初に視界に入ったのはあのいるだけで存在感を主張する康太であった。

 そして、その近くにいるのは右目を長い前髪で隠したクールな顔立ちの【糸青しせい 蓮】と150センチもない前髪で両目を隠した見た目が完全に男の娘である【花街 薫】の二人。


 それから、糸青君は康太に向かって告げた。


「俺達と一緒にこの城から逃げ出そう」


 その脱走をほのめかす提案に僕は思わず唖然としてしまった。

 そこから少し固まってしまったが、僕はどうしてそう思ったか気になった。


 なせなら、彼らもまた僕と似たような立場だから。


 だからこそ、僕はここで彼らの真意を聞かずに盗み聞きするようなことを止め、正面から正々堂々と尋ねることにした。


「それってどこまで本気?」


「仲居!?」


 糸青君が驚いたような顔をする。

 しかし、すぐにどこか安心したような顔をすると僕に向けて告げた。


「丁度いい。実はお前にも聞いてもらいたい話があったんだ」


「聞いてもらいたい話? それってもしかしなくてもさっきのことだよね?」


「あぁ、そうだ。仲居、俺達と一緒に来い。この城を抜け出すぞ」


 糸青君はまるで差し伸べるかのように手を出した。

 しかし、僕はその手をすぐ取る気にはなれない。


「理由を聞かせてほしい。どうしてそう思ったのか」


 そう聞くと糸青君は「そうだな」と納得すると理由を教えてくれた。


「俺達は自由が欲しいんだ。

 勇者という肩書を捨てた単なる人としての自由が」


「勇者の肩書を捨てた自由......?」


「俺達が周りの兵士達から何て呼ばれてるか知ってるか?」


 その問いに僕は首を横に振ると糸青君は告げた。


「不発の爆弾、だそうだ」


「どういう意味?」


「俺達は勇者の中で役に立たない存在として扱われている。

 しかし、無理やり異世界から連れてきたにも関わらず役に立たないから捨てるという行為は、勇者おれたちを召還した神に石を投げるようなものでそれは出来ない。

 加えて、俺達に何かをして他の“実力のある”勇者にバレれば、魔王退治の前にいざこざが起きる可能性があるからそれも避けたい」


「戦闘員として呼び出された僕達がこの世界で望んだ活躍ばくはつをしなくて、触れれば余計な問題の火種として爆発しかねないから.....ってこと?」


「恐らくな。そして、そのことに関しては薫が実際に耳にしたことだ」


 糸青君に話を振られた花街君は少しオドオドした様子ながらもその言葉について同意した。


「た、確かに聞いた。

 僕達のことを話していた二人の兵士さんが『邪魔な僕たちを事故に見せかけて殺そう』って。

 『事故ならバレない』って」


「......っ!」


 その言葉に僕は二の句が継げなかった。

 そして、僕の様子を見ながら康太が告げる。


「残念ながらそうみたい。

 おいらも似たようなことを聞いたことあるしね。

 だから、おいらはいくことにしたよ」


「......」


「お前が戸惑っていることはわかっている。

 しかし、待っている時間はあまりない。

 明日の午後9時。城の裏門にてお前を待つ。

 時間厳守だ。来なければ俺達だけでも行く。

 ただしこれだけは言っておく。

 もしお前が同じ気持ちになってくれたなら、俺達は大歓迎だ」

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