第0章-裏-・2

「太陽にはりつけられた白い宝石の一片――それが君たちに盗まれた。返してもらおう」

「そんなもの、わたしたちは知りませんよ」

「とぼけるか?」


 無表情に魔王は、彼女を睨みつけた。

 どこからともなく現れた水が、彼女の頭部を飲み込んだ。

 ゴボリ。どれだけ息をしようともがいても、頭に水は張り付いたまま。

 そして、水はどれだけ彼女が手で取ろうともがいても、水が手で掴めるわけもない。いつの間にか杖は取り落してしまっていて、手元にない。ポンは自らの死を悟り、手を動かすのを止めた――そして、すぐに水がさらりと消え去った。


「この、杖の石――強い地の魔法の力を感じる」

「げほっ――……それが、我が至宝――この世界に四つのみ存在する宝です」

「ヒトでも強大な魔力が使える宝か。これを我らが使えば恐ろしい力を与えるだろうな」


 魔力を込めると光る魔石が、魔王が手に持っただけでギラギラと輝いた。

 ここにいながら、世のすべてを滅ぼすこともできるだろう。


「この石を寄こせ、それで少しばかりの猶予をやろう」

「ですが、わたしがこのようにあなたと話をし、それを差しだしたとなればわたしは疑いを掛けられ、今の地位を失うでしょう。そうすればヒトの勢力を動かして、石を探すということができなくなってしまいます」

「問題はないさ。すべて裏で手を貸す。お前が魔法を使うとき、そこに魔法を現出させてやる。いや、オマエがしっかりと働いているように見せかけてやろう。我も軍勢を失いたくはない」

「はい――わかりました」

「猶予を与えるのは、猶予だ。太陽を探すだけの猶予を与える。すぐさま太陽を探す準備を整えろ。この戦いに敗北した後は、お前が実験を握るのだ。力を得、力を使え」


 魔王は、そう言って去った。

 そして、杖には偽の石が嵌り、戦争では偽りの伝説が作られた。

 自由自在に魔法を使う幻覚が、ポンの願うとおりに現出し、それは敵を一体も倒すことなく魔法使いの英雄を作り上げた。

 英雄はその力で王に次ぐとまで称され、地の魔法使いポンは偽りの虚像になる。

 


 あとは、正しい歴史へと繋がる。

 



『裏を表に、表を裏に――大地よ、我が声を聞け』


 戦争を終焉に至らしめたのは、魔王が石に呟いた呪文だった。

 地球の半分は、魔族の治める地下世界と入れ替えられ、ヒトもエルフもドワーフも、わずかに残った巨人族も苦難に追いやられた。誰にもどうすることもできない地獄は、ただの魔王の願いを求めるための猶予でしかない。

 

 魔族の求める石は見つからず、猶予は刻々と過ぎて行った。

 ヒトの軍営を動かして、それを求めても一向に見つかることはない。

 石はどこに在るのか。


 

 

           ◆



 

「ところで」


 魔王が部屋を去る寸前、ポンはこう尋ねた。


「盗まれたという石は、いつ頃盗まれたのでしょうか?」

「ああ、そのことか」


 魔王は、手の中で魔石を転がしつつ、天を見上げた。

 昔の出来事を思い出しているようだった。


「こちらの暦で換算すると……およそ七百年ほど前か」

「七〇〇年ですか、それは私も生まれてないほどの昔ですが……」

「そうか。我々とまた年の取り方が違ったのだったな。そうなると、誰が石を盗んだかなんてわからないのも当然か。だが、お前は調べると約束したのだからな?」

「はい。それは――もちろんのことでございます」


 

 太陽は、今どこに。


 

 

           ◆


 

 川の中、すべてを見た私の体は再び火に包まれた。

 今度の炎は熱い。

 これで終わるのだと思った。

 これで、逝けるのだと。

 手の中で、石が燃えている。


 朱い、魔石。

 火の魔石。

 体を包んでいた炎は、すべてそこから溢れていた。魔石の中の力が、すべてを振り出しへと戻す。再生は破壊の中にだけあって、破壊は再生のもとに存在できる。

破壊と再生の双方を持つもの、火。


 石の力は、火を使うだけではなかった。

 これが、石の本来の力、そして呪いだ。

 火はやがて体すべてを包み込み、石の中へと体ごと飲み込んで行った。





 そして――

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