第3話

 私たちは赤ちゃんに名前を付けた。

 名前は「湊」だ。


「湊のミルク作ってくれる?」


「ああっ」


 私は母乳を与えている間に新にお願いをすると、私と湊を見ていた新がスッと立ち上がり、キッチンへ向かう。


「何グラム?」


「20グラム」


「了解」


 新は哺乳瓶にミルクの粉を入れて慎重にメモリを見ながらお湯を入れていく。


「ごめんね、母乳だけで済めば楽なのに」


 ミルクだと余分に手間もお金もかかる。


「私がもう少し若ければ・・・母乳ももっと出たかもしれないし、もう少しお腹にいてくれれば強引にたくさん飲ませなくていいのに…」


 体重の増加の推移はとても重要で、赤ちゃん用の体重計を買ってしまった。増えすぎも良くないけれど、どうしても体重が増えていないと過敏に反応してしまう。


「何言ってんの」


 そう言って、哺乳瓶を持って来た新は私の横に座る。


「今の僕らだから湊は来てくれたんだから。『あいつら、ようやく大人になったか。じゃあ、そろそろ来てやるか、おっと? 早く会いたそうだな、ちょっと早めに顔出してやるか』って来たの。それ以上でもそれ以下でもないんだから」


「うん…ありがとう」


「それにミルクあげたいし、俺」


「はいはい、じゃあ母乳を上げたらご飯作るね」


「頼んます」


 私たちは協力しながら、湊を育てた。そして、私たちも湊に親として育てられた。


「もう、本当にかわいいね」


「泣く時は、香里よりも怖い時もあるけどね」


「もうっ」


「冗談、冗談。二人とも可愛いよ」


「そう?」


「そうだよ」


 湊は小さい身体ながらよく泣いた。おむつが濡れても、お腹が空いても。寝不足になりがちだったけれど、それでもぐっすりした寝顔や美味しそうに母乳やミルクを飲む顔はとても可愛くて幸せだった。


「ねぇ、お婆ちゃんにも見て欲しいんだけど?」


「えー、まだ寒くない?」


「でもさ・・・うちの親も歳だし、いつ何が起こるかわかんないからさ」


 新のお父さんは病気で急死したらしい。それから義母さんは一人で暮らしている。一人っ子の新としては母に初孫を早く見せたいのだろう。義母さんも待望の孫。きっと喜ぶにちがいないのだが・・・・・・。


 私は義母さんを少し苦手だ。

 なぜなら、新と結婚するときに私が30代で年上ということで少し嫌な顔をしていたのだ。孫が欲しいがゆえだとは思うが、「私は20代前半で結婚した」とか「すぐに新が生まれた」など言ってくるのだ。子どもができないプレッシャーに加えて、養母さんのプレッシャーが嫌でもう2年は会っていない。


「大丈夫だから・・・さっ?」


 私のプレッシャーのことを理解して、一緒に頑張ってくれた新は、私が養母さんに会わないこともOKしてくれた。


「うん、わかった」


 私は養母さんに会うことを決めた。

 けど、この選択は―――早計過ぎたと今でも思っている。

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