第37話 唸れ! 天馬鳳凰四輪車拳!

「…………はっ!」


 目を開けた時、そこに映ったのは一面の青い空だった。


『おーっと! 女神チームの神代選手、何とか意識を取り戻した様です! 残念ながら先程の攻撃では点が入らず、点差は二対一! 次の攻撃で女神チームが点を決めると、勝負が決まります!』


 どうやらさっきの攻撃で点は入れられず、俺が気を失っていただけという事が分かった。


 少し重い体を起こすと、向こう側では点が入らず悔しがっている悪魔がいる。


「ふん。そのまま寝ておれば、我が決着をつけておったのに」


 声のする方を見ると、腕組みをしているベルが不満げにこっちを見ている。


「ふっ、おちおち寝ていられないわけが出来たんでね」

「何で少しいい顔をしておるんじゃ? 気持ち悪い」


 ふっ、今は何を言われても気にしない。今の俺には定められた目標がある。後はそこに向かって突っ走るだけだ。どんな手を使っても。


「それじゃあ、我が姫君を迎えに行く為に、この壁を乗り越えるとするか」


 そう決め台詞を置いて、この勝負を決する為に自分のボールの前に向かった。


「ねえ、ベル。さっき何かの力を幸太さんに使っていたけど、何をしてたの?」

「なっ、何もしとらんわ! 気のせいじゃ! 気にするな!」


 これから打つ自分のボールの前に立ち、気合を入れるべく大きく息を吸いゆっくりと吐く。そして目を大きく見開き――


「アテナよ!」


 アテナはいきなり自分の名を大声で呼ばれ、ビックリした様にこっちを見る。


「なっ、なんだ?」

「俺にもう一度力を分けてくれ‼」

「おっ、おう! どうすればいいんだ?」

「いや、いい。ただ言ってみたかっただけだ! そこで応援していてくれ!」

「わ、分かった! 任せとけ! フレー! フレー! こ・う・た! 頑張れ! 頑張れ! こ・う・た!」


 純粋な脳筋女神は、実直に応援を始めた。


 そんな応援に背中を押されながら、相手陣内にいる悪魔達に向けて、自分が出来る精一杯の威圧感を持たせた鋭い視線を送る。


「悪魔グリーズ達よ! お前たちは俺を本気にさせた! 今から本当の地獄を見せてやる!」


 そうだ、ここで試合を決めるにはこのタイミングでこれをやるしかない。


 ある作戦を実行する決心を固めると、両腕を横に広げ腰の重心を低くする。そしてそのまま波に乗ったように左右に体を揺らす。


「はあ~~~」


 俺は何かの気を取り込む様に低く声を出す。


 その時、ベルの隣に一人の長い白髭を生やした老人が、杖を突きながら歩み寄った。


「むっ! あの動きは……いや、まさかそんなはずが……しかし、あれはそうとしか思えん」

「どうした老人? というかお主、何処かで見た覚えがあるぞ」


「うむ。あの流れるような動き。あれは遥か昔、様々な星の元に集いし戦士たちがある強大な悪を打ち取る時に、一人の偉大な戦士が繰り出したといわれる技と一致しとるのだ」


「あやつがそんな戦士には見えんがな」

「ふっ。お嬢さんはまだ若いからの。わしの様に長年色んなものを見て来た者は、見た目だけでは物事を判断せん。間違いない! あの若造はとんでもない力を宿しておるわ!」


 俺の様々な動きを見て、相手の悪魔は一歩後ずさりをした。


 周りにいる観客も今から起こる事に固唾をのんで見守り、競技場は異様な静けさに包まれた。


『さあ、この激しい戦いも終わりを迎えるのか⁉ 先程の猛攻を耐えた神代選手、一体どのような力を我々に見せてくれるのか!』


 実況がクライマックスに向け盛り上げてくれる。


 そして俺はゆっくりと持っているスティックを振り上げ――


「いくぞ! 奇跡を見せろ、唸れ俺の魂! 天馬鳳凰四輪車拳!」


 その絶叫と同時にボールを打ち付けた。


「てっ、天馬鳳凰だと! 何て強そうな技名だ!」


 相手の悪魔が驚愕した表情を見せながら叫ぶ。


『つっ、遂に神代選手の必殺技がでたー! 鳳凰の様に蘇ってきた神代選手が、天馬の様に華麗な動きをして繰り出したー! 四輪車とは意味不明だが、何とも強そうな技名だー!』


 そして俺の打った球は地面を転がり始めた。


 そのスピードは悪魔達が打った球のスピードより数段劣るもので、それこそ昼間に老人達が打ったものの様にコロコロと転がる。


「なっ、なんじゃあれは? 大袈裟な技名のわりに、全然大したことないじゃなないか」


 そう今まで身構えていた悪魔が緊張を解き、俺が打った球に近づこうとした。


「動くな‼」


 俺のそんな叫びに、悪魔がその足を止める。


「お前達、さっきの悲劇をもう忘れたか?」


 俺の問いを聞き、悪魔は何かに気付いた表情を見せる。


 そしてその表情のままニコニコしているヴィディに目線を移し、その次に今だに白目をむいたまま動かない仲間を見る。


「俺は忠告をしたからな。後はお前が決めろ」


 そこで先程の恐怖を思い出したのか、球に近づこうとした悪魔は震えながら後ずさりを始めた。


 そんな中、俺の打った球は転がり続ける。


 コロコロと転がる。周りは時が止まったかのように静けさを保つ。


 しかし、球だけは順調にコロコロと転がる。

 

 コロコロと……コロコロと……。

 

 そして――そのまま何も起こらないまま、その球は順調にゲートを通り抜けていった。


『……きっ……決まった―! 球はゲートを超え、得点は3対1で女神チームの勝利!』


 今目の前で起こった事に、相手の悪魔はもちろん観客までもが理解できずにポカーンとしている。


 決まった。ここまで上手くいくとは思わなかった。相手は俺の力を知らない。


 そこで直前に起きた惨劇(ヴィディ事件)を利用して相手の精神を揺さぶる高度な作戦を実行した。


 ある意味賭けとも言えるこの作戦。そんな勇気のある行動をとった俺は自分で自分を褒めてやりたい気分でいっぱいだ。

 

 俺は自分の出来うる限りのカッコいい振り返りをして、仲間達の元へ向かう。


 ふっ。回りの皆も俺の高度な計算に驚愕して言葉を失っているな。後でサイン攻めにあったらどうしよう。


 そんな事を考えている時、俺の頭に缶みたいなものが当たった。


「いてっ」


 自分に当たった物を確かめる為に後ろを見た瞬間――


「ふっ、ふざけるなー!」

「卑怯者! てめぇに恥って概念はねえのかー!」

「こんなくそ試合見せやがって、金返せ!」

「ヘイ! マザーフ〇〇カー! ゴートゥーヘル!」


『みなさん、競技場に物を投げないでください! みなさん、どうか落ち着いてください!』


 競技場に今まで聞いたことの無い程の罵声とブーイングが起きた。

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