第36話 まだ見ぬ君のため

 …………暗い。…………寒い。


 気が付けば、俺は周り一面真っ暗な空間の中に一人ポツリと座り込んでいた。


 ここが魂までもが消滅した世界か? いや、でもまだ自我があるし。となると、消滅する一歩手前って所かな?


 俺は冷静に自分が置かれている現状を分析していた。いつ自分という存在が消えてしまうかもしれないのに、不思議と恐怖心は無い。


 となれば、元の世界に戻る事も出来るというわけか。


 そんな予測を立てている俺に、これも不思議だが希望的観測に対する興奮感も無い。


 …………戻るか。…………戻ってどうする?


 俺はさっきと同じ様に、今までの自分の人生を振り返ってみた。しかし、先程と同じ様に良い所を思い出すことが出来ない。


 頑張って思い出そうとしても、良い事どころか悪い事の思い出が次から次へと甦って来るばかりだ。


 そして、俺はある答えにたどり着いた。


 …………うん。戻る意味ないな。どうせ戻っても悪い事しか起こらないし。どうせ頑張っても運の悪さで全部ひっくり返されるし。どうせ良い事なんて起きない。


 どうせ……どうせ……どうせ……。


 俺は急に気怠さと無気力感に襲われ、自分の全てがどうでもよくなった。その瞬間、自分の存在が薄れていく感覚に包まれる。


 以前、ヴィディに教えられたことを思い出す。


 確か欲望が無くなると、その世界への留まる力を失って消失するんだっけ?


 なるほど。確かに今は何も欲しいものは無い。心動かされる衝動が無い。只々この流れに身を任せ、この理不尽な人生から解放される事を待っている。


 …………俺は結局不幸に負けたのか?


 ふと頬に一筋の雫が流れ落ちた。


 そうか。俺はどうでもいいと強がっても、根本では悔しかったんだな。変えたかったんだな。何かを勝ち取りたかったんだな。


 でも全てはもう遅い。そう悟り、俺は目をつぶろうとした。


 その時――視界に小さな光が映り込んだ。


 光に目を見開くと、その光はどんどん大きくなっていく。そして、そのどこか暖かく感じる光りから女性の声が聞こえてきた。


『こ……たくん。こう……くん。こうたくん。幸太君。幸太君!』


 だっ、だれ? 


 ……はっ! もしかしてベル? いや、ベルはこんな優しさ溢れる声をしていない。


 ……はっ! もしかしてヴィディ? いや、ヴィディはこんな暖かい光を出していない。


 ……はっ! もしかしてアテナ? いや、アテナはこんな知性溢れる感じじゃない。


 …………じゃあ、君は誰なの?


『分からない? 幸太君。あなたは何の為にこの旅をしているの?』


 俺はこの旅の始まりを思い返してみた。


「…………はっ! きっ、君は!」

『ふふっ。やっと思い出してくれたみたいね』


「そうだ、思い出した! 僕は君の為にこの旅に出たんだ! 君は僕が旅を終えた後の幸運で出来る未来の可愛い彼女!」

『そう、私はいつまでも幸太君の事を待っているわ。だから立ち上がって! そして私を迎えに来て!』


「ああ、そうだった。僕は何をやっていたんだろう。逆光でよく顔が見えないけど、可愛い君の顔を曇らせる事なんて出来ない!」


 そう言った後、俺は自分の存在が強くなっていくことを実感した。

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