第38話 ひきょうの間

 時間がしばらくたち、観客がいなくなった競技場の控室の隅で、俺は涙目になりながら体育座りをしていた。


「卑怯者って、人間失格って、クズ野郎って……。そこまで言います?」


 そんな俺から離れた所で女神たちが話している。


「おい。あれどうする?」

「ふん。我に言われても知らんわ」

「ああ、なんて可哀想な幸太さん。でも、愛さえあればどんな苦難も乗り越えられるわ」

「ねえ。そんなことより僕の倒れ方かっこ良かったかな? 個人的にはもう少し花の量を増やした方がいいと思うんだけど」


 そんな中、控室のドアがノックされる。


 ノックの後に部屋に入って来たのはグリーズ達であった。しかし、その姿は試合中のあの忌々しいものではなく、変身前の可愛らしい小さな老人であった。


「ほっほっほっ。今日はお疲れ様でしたの、女神様たち」


 どうやら試合後の対戦した者同士の労いに来たのであろう。


「アテナ様のあの攻撃は素晴らしいの一言ですのぉ。流石、戦の女神様じゃ」

「へっ、照れるじゃねえか」


 アテナは顔を赤らめながら鼻の下を擦った。


「それにヴィディーテ様も凄かったですのぉ。わしらが恐怖心を持つなんて久々じゃ」

「えっ? 私そんな怖いことしましたか?」


 ヴィディは本当に疑問を持ったように首を傾げている。


 彼らの会話を聞いて、俺は腰を上げた。


 いつまでもこんな所でウジウジしていてもしょうがない。俺もあの激しい戦いをした者同士、お互いの健闘を称えようじゃないか。


「やあ、爺さんたち。今日はいい試合だったな」

「おっ、これはひきょ……神代殿ではないか。けがは大丈夫かの?」

「今、卑怯者って言おうとしなかった? 卑怯者って言おうとしたよね?」

「さて、わしらもあまりここに長居してもしょうがない。ではまたいつか勝負をしようぞ」

「ねえ、怒ってるの? 怒ってるよね? 謝ればいいの? 謝れば許してくれるの?」

「じゃあ、失礼しますのじゃ」


 俺の言葉に何の反応も見せずに、グリーズは強めにドアを閉めて出て行った。


 しばらく気まずい空気が流れた後、またドアをノックする音がする。次に部屋に入って来たのは、試合の実況をしていたフローラだった。


「お疲れ様です、皆様! 女神様たちの試合を実況させて頂くなんて、とても光栄でした」


 フローラの言葉を聞いた女神たちは誇らしそうな顔をしている。


 なんて礼儀正しくて、人に気を使える人なんだ。俺もこの人に感謝の言葉を送らないとな。


「あの、今日は熱気あふれる実況をありがとうございました」

「あっ、これはクズ……神代選手ではないですか。お疲れ様です!」

「今、クズ野郎って言おうとしなかった? 元気よくクズ野郎って言おうとしたよね?」

「それじゃあ、私これから用事があるので失礼します!」

「ねえ、みんな怒ってるの? 絶対怒ってるよね? もう謝らせて。ここで土下座させてよ」


 俺の言葉に何の反応も見せずに、フローラは強めにドアを閉めて出て行った。


 そしてまたドアをノックする音がして、アテナの神殿にいた受付の娘が入って来た。


「失礼します。アテナ様、お迎えに参りました」

「あっ、受付さん。送っていくつもりだったんですけど、わざわざすみません」

「あっ、人間失格さん。大丈夫ですよ、これも私達の仕事ですから」

「もう普通に言ったよ。礼儀正しく心えぐりにきたよ」

「それじゃあ。俺自身は一人ぶっ飛ばしたし、一応勝負にも勝ったから満足したぜ。今日は疲れたからまた明日な!」


 そう言い残し、アテナは受付さんと一緒に出て行った。もちろん受付さんは強めにドアを閉めて出て行った。


 あまりここに長居はしない方がいい。俺の心がもたない。

 

 俺は足早にベル達を連れて会場を後にして、昨夜泊まった宿に向かった。


 その帰路の途中、人々に遠巻きから白い目を向けられ、こそこそと何かを言われた。


 言葉は所々に『クズ』や『卑怯者』や何処の国の言葉か分からないが確実に悪口と思われる様々なものが聞こえてきた。


 しかも天使の様な子供たちが近づいてきて、こちらに小石を投げつけて来た時は本気で泣きそうになった。

 

 何とか宿に到着して、もう一度宿泊する為にチェックインする事にした。


「あっ、お部屋はすでに用意しております。こちらの部屋にお泊り下さい」


 受付さんに案内された部屋のドアには『クズの卑怯の間』と書かれてあった。


「もうこれ只のイジメだよね? 卑怯の間って何? 普通、秘境の間でしょ?」


 そして俺は多分世界で一つしかない名の部屋で、枕を濡らしながら一晩を過ごした。

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