第16話 愛の戦士達

 俺は恐る恐るアスモの方に目をやる。


 そこには、先程まで弱っていたアスモが、不気味な笑みを浮かべてこっちを見ていた。


「ふふふっ。吾輩の正義の愛が勝ったな」


 ここでか? ここで奴(不幸)が来やがった!


 今まで順調だったのに……やはり、俺の人生は必ず大魔神並みのストッパーが現れやがる。


「何? 何なの! いいじゃん! たまには普通に行かせてよ! 死ぬの? 俺が不幸にならないと、誰か死んじゃうの!」


 俺は天界にいるのに、大粒の雨が落ちてくる天に向かって叫んだ。しかし、当たり前だが、そこから返事は返って来なかった。


 その代りに、目の前からうざい声が返って来る。


「この愛の滴のおかげで煙は消え、臭いも薄まった。悪はやはり滅びるのだ」

「悪って、お前は悪魔だろーが!」


 余裕を持ったアスモは、以前と同じように爪を鋭く伸ばしだした。先程とは形成が逆転し、アスモは前に出て、俺は後ずさりをする。


「クククッ。後悔するがいい。吾輩達の愛を邪魔した事を……」


 やっ、やばい! まともにやり合えば、間違いなく俺が負ける。


 どうする? あれを使うか? ……ダメだ! あれは、相手がクサヤ攻撃で身動きが取れなくなった時に、とどめを刺す為に用意したものだ。今使っても確実に避けられる。


 そうこう思考を巡らしている内に、アスモが近くに寄って来た。


 そっ、そうだ! ベル! あいつならこいつを押さえる事も!


 俺はすかさず、助けを求める視線をベルに移した。俺の視線に映ったのは……


「くっ~。このメタルスライムンめ! また逃げおった! この我をまたも愚弄するか!」


 何処から持って来たか分からない、大きな雨傘を地面に刺し、ゆったりできる大きなビーチチェアに寝そべりながら、またも小さな画面の世界を救っている最中だった。


 俺は何度同じ過ちを繰り返すのか。


 あいつに助けを求めるなら、そこら辺にいる野良猫に求めた方が、希望がある。


 そうワタワタしていると、目の前にアスモが立ち止まり、鋭い爪を尖らせた右手を振り上げた。


「覚悟するがいい!」


 もうダメだ‼ 俺がそう思い、諦めながら目をつぶった時――


「そこまででござる‼」


 大きな声が、戦闘場に響き渡った。


 少しの静寂の後、俺はその声にうっすらと目を開ける。


 俺の前にいたアスモは手を止め、その声がした方向に振り返っている。


 俺も、その声の持ち主を確認する為に、アスモと同じ方向に目線を移した。


 すると、そこにはふっくらした顔から大量の脂汗を掻き、眼鏡を曇らせたオタク君が立っていた。


「お、オタク君……」

「待たせたでござるな」


 オタク君はニコリと笑い、こっちを見てきた。何故か俺には、その笑顔がとてつもなくかっこよく見えた。


「何だ? 貴様は」


 俺とオタク君の二人だけの空気の中に、当然の様にアスモが割って入って来る。


「貴殿か? この街の風紀を乱す者は」


 今まで見た事のない、オタク君の鋭い眼光がアスモを突き刺す。


 いきなり現れた男に鋭い眼光を突き付けられ、少し気圧されそうになったアスモだが、すぐに持ち直し、オタク君に鋭い眼光を返した。


「風紀を乱す? 吾輩は真の愛の為に戦っているのだ。それにこの決闘は吾輩とそこのストーカーとの問題。貴様とは関係の無い事――」

「ある‼」


 アスモの言葉に間髪入れず、オタク君が叫んだ。


「この街の名はイザデール! 愛を慈しみ、愛を愛で、愛を育む街! そして愛とはお互いを思い合う事! 貴殿の一方的に押し付ける愛など言語道断! この街には不要の産物! これは彼だけの戦いではない! イザデールに住む我々住人の戦いでもあるのでござる‼」


 オタク君の熱い弁論の後、周りからちょっとした拍手が起こる。


「ぐぬぬっ。言わせておけば好き勝手言いおって。貴様、悪魔であるこの吾輩と戦う覚悟があるのか?」

「もとより、そのつもりでござる」


 二人の間に、不穏な空気が流れる。


 というか、何この空気?


 何でオタク君とストーカー悪魔の間で、こんなバトル物漫画の様な空気が流れるの?


 そんな意味の分からない空気が流れる中――


「その戦い、待った!」


 また何処からか、声が割って入った。


 その声がした方向を見ると、そこにはオタク君と同じ様なシルエットをした7人の男達が野次馬の中を割って入って来る。


 何故か、野次馬達はそそくさとその男達から後ずさりをして、距離を開けた。


「き、貴殿達……」

「ふっ、水臭いでござるよ。さっき貴殿が言ったように、この戦いは我々の戦いでもござる。それに……」


 男達はアスモに視線を移す。


「我々のオアシスである『トキメキ☆ ラブラブ♡ 愛の園 メイド喫茶 ヴィディ』の店主であられる我らの女神! ヴィディーテ様の笑顔を曇らせる者は誰であっても許せん! このゲスが!」


 不要の産物とかゲスとか……。しょうがないけど、えらい言われようだな。


「ふん! 貴様ら人間には、吾輩達の高貴な愛が理解出来んようだな。人数がいくらいようが関係ない。まとめて吾輩が滅してやるぞ!」


 その言葉を聞いたオタク君達は、お互いの顔を見合わせ頷くと、それぞれ着ていた服を脱ぎ捨てた。


 その姿を見たアスモは、目を見開いた。


「きっ、貴様ら! そっ、それは‼」


 アスモの目の前には、豊満な体に俺と同じ様にクサヤを巻き付けた男達がいた。


「なっ、何故貴様らもそれを付けている!」


 その言葉に、オタク君が笑みを浮かべる。


「ふっ、拙者達の武器の一つは情報収取力。その武器を使い、お気に入りの嫁の写真集などを誰よりも早く、確実に手に入れる戦いを繰り返している。貴殿の情報を手に入れる事など、朝飯前のあくび程度! ……拙者達を見くびるでないでござる」


 その戦いの大変さが全く理解できないが、なんて頼りがいのある人達なんだ。


 しかし、そんな彼らに対して、アスモはニヤリと笑う。


「ふっ、それで勝ったつもりか? 見てみろ。貴様ら自慢の情報収取力で手に入れたクサヤも、我が愛の滴のおかげで効力が格段に落ちている。という事は……」


 アスモが先程伸ばした鋭い爪をギラリと光らせ、構える。


「あとは臭いを少し我慢し、貴様ら肥えた醜い豚どもを切り刻めばいいだけ……」


 そうだ! 雨のせいで臭いが確実に弱まっていて、アスモの奴も体勢を持ち直している。


 そうなれば、悪魔相手にお世辞にも戦闘力が高いとは見えないオタク君達……。


 正直言って厳しい……。


 もしオタク君達がやられれば、彼らの魂は消えて消滅してしまう。


 俺のせいで、彼らをとんでもないことに巻き込んでしまった。


「オタク君! 止めるんだ!」

「行くぞ!」


 俺がオタク君達を止めようとした時、アスモがオタク君達にめがけ飛び出した。


 くっ! 間に合わなかった。


「オタクくぅうううううううううん!」

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