第15話 この世で一番お前を知っている
野次馬の作った輪の中に、俺とアスモが少し離れた所で対峙する。
アスモは戦う前から勝利を確信しているみたいで、今はどのファイティングポーズがカッコいいのか様々なポーズを取っている。
一方で俺は何も構えず、ただ仁王立ちをしてアスモを見つめていた。そして、アスモがようやく自分の気に入ったポーズを決めると、こっちを睨んできた。
「それでは人間。覚悟はいいか?」
俺はつばを飲み込んだ。
なんだかんだいっても、流石は悪魔だ。とてつもない威圧感が俺を襲った。
だが、ここで引き下がっては、これまでの地獄の様な修行が無駄になる。
俺は前に一歩を踏み出した。
「それはこっちのセリフだ! 覚悟は――」
「いくぞ!」
「あああ、もう! 最後までこうだな! お前は!」
俺の話の途中で、アスモが突進をしてくる。
ここだ! ここで俺の地獄の修行の成果を見せるしかない!
俺は、着ているコートのボタンを外し、脱ぎ捨てた。
「ぐっ!」
アスモは俺の姿を見ると、急に立ち止まった。
「きっ、貴様……。それは……」
先程まで余裕の表情を浮かべていたアスモは、急に険しい顔つきに変貌していた。周りの野次馬も俺の姿を見ると、一歩その場から後ずさった。
「貴様……その体に巻き付けている物は……」
俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「そうだ……お前の思っている通り、これは……クサヤだ!」
俺の体には無数のクサヤが巻き付けてあった。アスモは自分の鼻をつまみ、一歩後ずさりする。
「しかも、さっき焼きたての物だ!」
俺がジワリと近づくと、それと同じだけアスモは後ろに下がる。
ちなみに、周りの野次馬も後ずさりをした。
「貴様……正気か?」
「ああ、俺はいたって正気だ。お前を倒すにはこれしかないからな」
「貴様、何故吾輩の弱点を知っている?」
俺はパンツから、雑誌を取り出した。
「そっ、それは……」
「そう! これは『㊙ 愛の狩人 アスモ様の隠されたプライベート 吾輩の事を知りたければ、この本を手にしろ!』だ!」
「吾輩の自費出版で出した秘蔵書を……」
それを聞いた周りの野次馬がこそこそ話し出す。
「自分のプロフィールを自費出版って……」
「あんなもの、誰が買うんだ?」
「なんか……可哀想な人なんだね」
そんな声が聞こえたかどうかは分からないが、アスモの体がわなわなと震えだした。
「貴様、それを読んだのか?」
「ああ! この『皆には内緒だぞ 吾輩の苦手コーナー』でしっかりと調査済みだ! お前の弱点とは、ズバリ『魚』だ! ここにバッチリ書いてある! 『吾輩の嫌いなものは魚である。あの臭いや煙を吸うだけで、数日動けなくなる。吾輩にプレゼントを渡したいと思っているシャイガールは要注意だぞ』とな!」
その内容を聞き、また野次馬がこそこそと話し出した。
「自分の弱点を堂々書くって、あいつってまさかバカなのか?」
「きっと、自分の事を知って欲しくって精一杯なのよ。可哀想な人なんだわ……」
アスモはまた体を震わせだした。
「ぐぬぬっ! まさか、そんなものを手に入れているとは……。それは既に吾輩の大勢のファンに買われ、絶版になっていると思っていたが」
周りのみんなは『それはない』と顔を横に振った。
「だから俺は、魚の中でも一番臭いのきついクサヤを身に付け、この数日間倉庫にこもり、体に臭いを染みつけていたのだ!」
俺は今までの苦労を思い出し、泣きそうになりながら空を見上げる。
「本当に辛かった……。臭いがきつく、何度倉庫から逃げ出そうとしたか。それでも我慢した……。その上相手の情報を得る為に、知りたくもないお前のプライベート本を頑張って暗記もした……この苦痛が分かるか? 今では、この世で一番お前の事を知っているのは、俺になってしまったんだぞ!」
そう、ここまで頑張ったんだ。この戦いに負けるわけにはいかない。
「悪いが、一気に勝負を決めさせてもらうぜ!」
俺は持って来た袋の中から七輪を取り出し、火を付けて網を置いた。
そして、自分に取り付けたクサヤを一つ取って、網の上に置いて焼いた。
すると、そこら中にクサヤの臭いが充満し、野次馬がまた後ずさりした。
「くらえ! クサヤスメルストリーム!」
団扇を取り出しパタパタと扇ぎ、アスモの方に向かって煙を誘導させる。
「ぐっううっ!」
効果がてきめんなのか、鼻をつまんだアスモは涙目になりながら後ずさりする。
「きっ、貴様! こんな物の臭いを身にまとってまで、どうしてここまで戦える?」
それは、幸せなセカンドライフの為です。
だが、今は一応ヴィディーテさんとの愛の為という設定なので、それらしいことを言っておこう。
「決まっている! 愛するヴィディーテの為だ‼」
俺は自分が出来る精一杯のキメ顔をし、ヴィディーテさんに指さした。
「あっ、愛! 私を愛している! 私は愛されている!」
「お主はさっきから何を言っておる?」
遠く離れた所で、ベルとヴィディーテさんが色々話しているが、まあ今はそんな事を気にしている暇はない。
そう! 勝負は今ここ!
俺はより一層団扇の勢いを上げ、アスモに煙攻撃を加える。
「ぐっうう……ち、力が……」
アスモはどんどん顔色を悪くし、今にも倒れそうになっている。
「ハハハハハッ! これで決まりだ! とっとと降参しろ!」
その時、勝利を確信し高笑いをしている俺の鼻先に、一滴の水滴が落ちた。
「ん?」
その水滴はポツポツと量を増やしていき、たちまち大量の雨水に姿を変えた。
「おっ、やっと始まった」
野次馬の中にいる一人の男が『待ってました』という様な顔をして言った。
すると、周りにいた野次馬カップル達は、それぞれ一本の傘をさし、身を寄せ合わせだした。
「ふふっ。私この時間だーい好き!」
「僕もだよ。週に一回のイザデール特別イベント『ラブラブ相合傘推進DAY』。この時間は僕達ラブラブカップルが身を寄せ合って、お互いの愛を確かめ合う特別な時だね」
俺達の決闘場の周りで、カップル達が次々に愛を確かめ合いだした。
そして、俺は嫌な気がして、自分の足元に置いてある七輪に目をやった。
そこには、雨のせいで火が消え、煙も無くなっている七輪があった。
「こっ……ここでかああああああああああああ!」
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