第21話 夏の始まりは官能的なのか? no.4

「何すんだてめぇ!!」

「──ぅごッ!?」

「楠ッ!?」


 すぐさま返された拳が腹部に突き刺さる。

 痛みが走り、呼吸が止まり、初めて自分のした行動に気が付いた。

 無意識の内の行動。

 俺、今人を殴ったのか?


「調子に乗りやがって、このクソガキッ!!」

「ぅ、がッ、あ……あ゛ッ!!」

「もうやめて! 楠を殴らないで!」


 何度も殴られる俺を、茜が前に出て止める。

 だが、男は彼女の身体を突き飛ばし、再び攻撃を続けた。


「うるせぇ、どけよクソビッチ!」

「キャッ!!」

「お前……また言ったなぁぁぁぁぁああッ!!」

「ぐぁッ! こ、このッ!!」


 まただ、また俺の拳が勝手に動いた。

 一撃加える度、数倍の力で返ってくる。

 どうして、俺は殴った? 人なんて、殴ったことないのに。

 もう止めろって、身体も鍛えてなくて、喧嘩したこともない俺が勝てるわけないだろう。

 あぁ、また殴った。殴られた。殴った。殴られた、殴られた。

 徐々に痛みが無くなっていく。感じなくなっているのか。

 心と身体が剥離している。

 死ぬぞ、このままじゃ……本当に、そろそろやめた方がいい。


 自信がないんだろ? 茜を満足させる自信が。

 相応しくないと思っているんだろ? 自分自身で。


「お前は、何もっ……茜の何もッ……分かってないッ!!」

「彼氏面かよ……気持ちわりぃんだよッ!!」

「俺の事は……どう言おうが構わない……けど、けど──」


 あッ、わかった、そういうことか。


「茜を悪く言うことだけは、絶対に許せないんだぁぁああ!!!」


 顔を両手で守り、タックルで男の押し倒す。

 そして、拳を振り下ろそうとした時に、逆に身体を入れ替えられてしまった。


「この、うがッ! しつこいんだ、よッ!!」

「あ゛ッ!? ぐッ……謝れ、茜に……ちゃんと謝れよッ!!」


 膝で背中を蹴り、怯んだ隙に馬なりで殴る。

 けど、直ぐに同じ方法で返され、また殴られた。

 でも俺も、諦めずにもう一回、もう一回。

 地面を転がりながら、がむしゃらに攻撃を続けたのだ。


 はは、気が付いてしまえばこっちのもんだ。

 全部わかった、俺の気持ちも全部。

 痛みを感じない程、アドレナリンが出ちゃってる。

 これ以上やったら、マジで死ぬんだろうな。

 でも、彼女を馬鹿にするやつに一矢報いた。満足だ。

 唯一心残りがあるとしたら──


「ぅ、あ……くッ、この! このッ!!」

「謝れっ……ぁ、ぁやま……れ、よっ」

「はぁ、はぁ、クソッ、ゾンビかよ……付き合ってられっか。そんなクソビッチ、くれてやるッ!!」

「待てっ……ちゃんと、あやま────」


 走って逃げようとする男に手を伸ばす。

 だが、その瞬間に頭の中でプツンと何かが切れる音がした。

 全身から力が抜け、顔面から倒れてしまう。

 視界が徐々に暗くなり、闇に飲まれていく。


「──き──すの──楠ッ、ねぇ、起きて──の──」


 嬉しいな、俺の名前を全力で呼んでくれた。

 そんな幸福感の中、意識は完全に途切れた。

 

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