第20話 夏の始まりは官能的なのか? no.3

「あれから連絡しても返してこないし、心配したんだぜ~」

「ぁ、ぅ……」


 まるで俺のことなんて見えていないかのように、茜の隣に立つとポンっと肩に手を乗せる。

 もしかしてコイツが噂の彼氏? いや、でも茜は明らかに怯えている。

 それに、会話の様子も変だった。


「つれないじゃんか、俺の連絡を無視するなんてよぉ」

「も、もう連絡してこないでいったじゃん」

「はぁ? おめぇみてーな都合のいい女、簡単に手放すと思うか?」

「──ッ、さ、触らないで!」

「おっとっと」


 肩に乗った手を払いのけ距離を取る。

 それでも男はしつこく彼女の身体に触ろうとした。

 マズイ、そう思った俺は二人の間に割って入った。


「あ? なんだ、おめーは」


 ギラっと鋭い瞳に睨みつけられ、背筋が凍った。

 さっきまでの軽い雰囲気とは違い、一気に空気が重くなる。


「茜が嫌がってます、止めてください」

「ああ? 嫌がってねーよ、な? 夏希」

「っ……私は──」

「というか、今更俺のこと拒絶できるとでも思ってんの?」


 茜はその言葉を聞くと、何も喋らなくなってしまう。

 やっぱり、ただの男じゃない。彼女は何か、脅されている……?


「いい加減、素直になれよ。お前は俺達の側にいないと生きられないんだからよ」

「ちょ、止めてください!!」


 無理矢理手を引き身体を寄せようとする男の腕を掴み俺は叫んだ。

 すると、男は何かに気が付いたようにハッとする。


「なるほど、そういうことか。お前、罰ゲームで夏希に筆おろしされた男だろ?」

「──ッ、なんでそれを……」

「あの罰ゲームを命令したのは俺、だからな」

「なッ……」


 まさか、コイツが彼女と俺を出合わせた張本人、だと!?

 狼狽える俺を見て、男は「ははは」と笑うと続けて言った。


「まさか、童貞奪われてコイツに惚れちゃったわけ? ちょろいな~」

「ち、違うっ! そもそも俺は茜といかがわしいことはやってない!」

「女に迫られてビビったのか! なさけねぇ奴」

「この……っ」


 言い返すことができない。本当の事だから。


「お前みたいな男が、女と付き合えるわけねぇだろ。夢見せちゃってごめんな」

「好き放題言って……」

「じゃあ自分が夏希に相応しい男だって思うのかよ」

「っ、それは……」

「思わないだろ? 自信ねぇ癖に粋がんな。それに、コイツの事をセックスで満足させることできるか?」

「せ、セックスって」

「コイツはなぁ、セックス依存症なんだよ」


 セックス依存症、性行為でないと心の欲求を満たせない病気。

 茜の方を見ると、彼女は俯いたまま何も言わない、否定もしない。


「何回も抱いてやったんだぜ? 夏希の為に、だ。俺だけじゃねぇ、いろんな男がコイツを抱いてんだよ」

「お前らが無理矢理やったことだろ!」

「いいや、コイツが求めてきたんだ。誰でもいいから抱いて欲しいって、犯して欲しいってお願いしてきたんだよ。俺達は親切心でやったんだ、なぁ、夏希?」

「ぁ……あぁ……」


 茜は唸り声をあげ、頭を抱えた。

 クラスメイト達がしていた噂は本当だったんだ。

 彼女が誰とでも寝るビッチだって。

 依存症だってことも。


「セックス依存症の女を、お前みてーな童貞が満足させることができるのか?」


 童貞の俺に、彼女を満足させることなんてできるわけない。

 今までだって、セックスを避けて、避けてきたのだから。

 茜を満足させることができるのは、コイツのようなセックスに慣れてそうな男だろう。


「夏希、お前も純情な男の子を巻き込むな」

「ぅ……っ」

「酷いと思わないか? いろんな男と関係を持った女が、普通の男の青春を奪ってるんだぞ」

「……確かに、そうかもしれないね」

「茜ッ!!」


 俺の前に身体を出すと、彼女は男の隣に並んだ。

 肩に腕を絡められても拒絶することはない。

 そうか……やっぱり俺よりも、この男の方がいいのか。

 所詮、コイツの言う通り俺は童貞。

 セックスに慣れた彼女を本当の意味で満足させることはできない。

 もしかしたら、遊びだったのかもしれない。

 俺は沢山いる男の中の一人でしかなかったのかもしれない。

 そう思うと、言い返す気力もなくなってきた。


「それでいいんだよ、夏希。お前はこっち側なんだからよ」

「よく考えたら、私はお前との付き合いをやめた方がいいかもしれない」

「……」

「いい子だ、今日は一晩中アンアン鳴かせてやるからなぁ、楽しみだろ?」

「さよならだ、楠」


 その方が正解だ、もとより、住む世界が違い過ぎた。

 俺みたいな男が粋がって『こんな感情』を抱くべき女性ではなかった。

 もっと、相応しい男がいる。

 落胆し、俺はもう二度と彼女と話すことはないだろうと、背中を向ける。

 だが──


「こんなクソみてぇなビッチの付き合わされて大変だったな──あがッ

!?」


 気が付けば、俺は男の顔面をぶん殴っていた。

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