第3話 食事は官能的なのか no.2


 中身は定番の卵焼きに豚の生姜焼き、どちらもやや焦げており苦労が見て取れる。

 ふりかけでハートマークを描くような重さは無く、至ってシンプルな物。

 何色にも染まっていない分、努力や愛が鮮明に伝わってくる。

 俺を劣情に堕とす為とは言え、彼女の気持ちは素直に嬉しかった。


「いただきます」

「どーぞ」


 まずは生姜焼き、そして白米。

 この組み合わせにハズレは無いだろう。

 少し濃いめに味付けされており、学業が終わった身体に塩分が染み渡る。

 白米との組み合わせは抜群だ。更に、間に食した卵焼き、これも絶品。

 甘い卵焼きは好みが別れるが、この三品の組み合わせを考えれば正解だろう。

 口の中にしつこさが残らず、生姜焼き、ご飯、卵焼きのローテーションで無限に食べることができる。


「美味すぎる……天才だ、茜さん」

「えっ、ホントに?」

「あぁ、明日感想を作文にして書いて来るから受け取ってくれないか」

「そ、そこまでしなくても──」

「いや、俺がしたい」

「……わかった、有り難く受け取るよ」

「助かる」


 第二ラウンド。これも俺の負け。

 というか、負けでいい。一生彼女のご飯食べてたい。お母さん、ごめん。

 でも、致命傷は避けた。そう、この隅に置いてある竹輪の中に胡瓜を通した料理。

 俺はヒョイっと一口で食べてしまう。

 漬物だと、味移りしてしまうから食べやすくサッパリとした料理を置いてくれていたのだろう。


 ──と、考えるのは凡人。


 間違いない、この竹輪と胡瓜はセックスを表現している。

 サブミナル効果、という言葉を知っているだろうか。

 気が付かないレベルで視覚に断片的な情報を連続で与え、記憶や印象を植え付けるというもの。


 意図的に視線を逸らしていたから大事には至らなかったが、もし気が付かずこの竹輪胡瓜を見ていた場合、俺の頭の中はセックスでいっぱい。

 凸を凹に入れることしか考えられなくなり、性を貪る狼と化してした事だろう。

 全く、なんて女だ。油断も隙もあったもんじゃない。


 だが、相手が悪かったな。

 俺が興奮しているのがバレれば、屋上に呼び出され二人っきりで会話することも、こうやって弁当を作ってきてくれることもなくなるのだろう?

 ならば、ここでは意地でも興奮しない。

 そんなに見つめてきても無駄だ。

 帰ってから思い出し、じっくりと……抜いてやる!!


「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

「容器、洗って返すよ」

「そう? ありがと、よろしく」


 俺は弁当箱を鞄にしまい、立ち上がった。

 彼女の策も、ここまでのようだ。

 2ラウンド先取されたが、結局のところ興奮さえしなければ勝ち。

 ここから去り、家に帰れば明日もまた──って、なんだかんだ楽しみになってないか?


 楽しさ2割、不安8割と言ったが、弁当を食べ会話をしてから明日を待ち望んでいる自分に気が付いた。


 ……そうか、今日はあくまでも繋ぎ。

 こうやって徐々に心を侵蝕していくタイプだったんだ。

 初対面の時の大胆な行動が焼き付き、ストレートタイプだと勘違いしていた。

 冷静に戦況を把握しておかなければ一気に刈り取られるな。

 

「それじゃあ、俺はこれで」


 一人納得し、屋上を去ろうとした。

 だが、茜さんは俺を呼び止める。


「もう少し座ってろよ」

「まだ何か用事が?」

「いや、アンタがあまりにも美味しそうに食うからな、私も腹が減った」

「ん、俺は何も持ってないぞ?」

「自分で持ってきてるから大丈夫」

「──ッッッッ!!!!」


 その時、楠に電流走る。

 茜 夏希が自身の鞄から取り出した物、それはフランクフルトであった。

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