第7話 始まりの町

 その町は……いわゆるおなじみの、城壁都市というやつだった。

 ファンタジー作品ではもはやあまりにも「ありきたり」だったが、魔王とかいうやべぇ存在がいる世界ではやっぱりこういう都市の方が都合がいいのかもしれない。

 

「はい。はぐれないでくださーい。

 こっちですよ。ちゃんとついてきてくださいね」


 俺たちがいたのは礼拝堂らしき建物で、かなり壁に近い場所にあった。

 しばらく街の中央の方へ歩きます、というアルについて大通りに出たのだが、これがまたすごいにぎわいようだった。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。もうちょっとゆっくり……。

 こっちは外を出歩くのも初めてなんだから!」


 俺たちの町じゃ夏祭りの露店通りでもこんなに混まないが、どうやらこっちはこれで平常運転らしい。

            

「う、うそ? ホントに異世界……?

 これ全部、映画のセットなんてことは……ないもんね」


 如月は道行く「人」とレンガ造りの街に目をまん丸くしていた。

 それも無理はない。   

 路上を歩く「人」はだいたいは人間だが、三割ぐらいは明らかに人外の「何か」で、そんでもって、その全員がもれなく「ファンタジー」な格好をしている。   

 他人をジロジロ見るのはどんな世界でもマナー違反だろうが、それでも、隠れて視線を送るのはやめられなかった。

   

「え!? ね、ねえ、見て、あの人……。 

 なんかちっちゃいドラゴンみたいなの肩に乗せてる!!」

「……あ、ああ」


 あんまりでかい声出すなよ。

 この距離なら本人には聞こえないだろうけど……。


「うえぇ!? ねえ、あ、あの人!!

 なんか光る杖みたいなの持ってるよ!! 

 魔法がドビュドビュでそうなぁ!!」

「……興奮すんなって!」   


 表に出てからの短時間で如月のテンションはリミットまで上昇してしまった。真面目な委員長キャラは完全に崩壊し、ヤマシロ・サーガの作者が顔を出し始めている。


「俺たちもそうとう目立ってるんだぞ。

 知らない町だし、冷静になんないと……」


 こっちの世界の人間からしたら俺たちの服装の方が変なんだ。

 さっきからちょいちょい視線を感じるのはきっと気のせいじゃない。

   

「三日もすれば見飽きますよ、こんなありきたりな街。

 それよりもはぐれないでください。

 あなたたちの世界の「ケイタイ」とか「スマホ」とかいうのは

 一切通じませんからね」  

 

当たり前のことだけど、そうらしい。


「ここはフィーニス王国第三都市『エルリア』。

 町の名前ぐらいは頭に入れておいてください」

「こ、これからどこに行くんだ?」


 後ろで天峰が不安げな声を出した。

 こいつはまた俺の裾をつかんでいやがる。


「少し先の公署まで……。

 みなさんには役場といった方が聞きなじみがあるでしょう。

 この世界で必要な手続きが、いろいろできる場所です」


 役場か。異世界だってのにずいぶん現実的な響きだ。


「そ、そこに連れて行ってどうするつもりなんだ?

 へ、変な魔法かけたりするんじゃないだろうな?」

「……やれやれ、そんなにビビんないでください。

 大事な勇者様がたを取って食ったりしませんから」

「……勇者様、ねぇ」


 ツカサが隣でにんまりと笑った。


「ねえねえ、だったらさ。

 魔王を倒すつもりとかチリ一つもないけどさ。

 なんか貴重なものくれたりすんの?」

「……」


 正直すぎんだろ、こいつ。


「なんか、と言いますと?。

 もちろん活動に必要な物資と資金は

 最初にこちらから支給させていただきますが……」

「そーゆうのじゃなくて、

 なんていうか、こういうののお約束じゃん。

 伝説級の武器を最初にくれるのが……」

「……」


 こいつに異世界転生ものの知識があるとは驚きだ。


「ありませんね。さすがにそんな貴重なもの、

 実績が一つもないパーティーには渡せません」


 そりゃそうだろう。


「じゃあ、アレは? なんかめちゃくちゃ強くて従順な

 使い魔みたいなのをつけてくれるとか?」

「いませんね、そんな都合のいい生物。

 いたらソイツを大量繁殖させて魔王を倒させます」


 そりゃそうだ。


「……じゃあ、スキルか。

 私たちの誰かが、なんかチート級の

 めちゃくちゃ万能なスキル持ってたりすんの?」

「スキルの有無は見ただけではわかりませんが……。

 有ると思ってしまってるなら、

 まずご自分の頭の方を疑ってみるのがよろしいかと」     

「……」


 お前ごときにそんなもんあるわけねえだろ、という文章を、アルなりにオブラートに包んだのかもしれない。

  

「じゃあ、何!? 私たち一般人ってこと!?

 その辺のモブと一緒ってこと!?  

 アンタらそんな普通の女子中学生に魔王退治させる気なの!?」

「いいえ、もちろんただの一般人ではありませんよ。

 異界から来た、それだけで皆さんは「特別」なのです」


 その説明はまた後で……とアルは付け足した。


「一気にいろいろ話してしまうと、

 異界から来られた方は混乱してしまうんですよ」

「……なんかちょっと気になってたんだけどさ」


 俺は横を歩きながらアルに聞いてみた。


「俺たちみたいなのを案内するの、ずいぶん慣れてるんだな。

 もう何人も担当してきたみたいなこと言ってたし。

 この仕事、どれぐらいやってるんだ?」

「……どれぐらいと言われましても」


 アルは首をかしげてから、両手の指で数え始めた。

 ……一本、二本、三本。

 あれ? こいつ……。

 どう見ても俺たちと同い年ぐらいだよな? いったい何歳から仕事を……。 

 ……四本、五本、六本。


「……そうですね。ざっと……」


 アルはこともなげに言った。


「八百年ぐらいですか。

 いつの間にか職場で一番のベテランになってしまいました」


 俺たち全員の足がピタッと止まった。


「……なんだって?」

「あれ言ってませんでしたっけ?

 私、『人間』じゃないんです。

 私の種族ではこれでも若い方なんですよ」 

「……」    

「お、お仕事はじめて八百年ってことは……」


 如月が引きつった笑顔で聞く。


「お年の方はいくつ……なん、ですか?」

「千とんで十四です。

 あっ……気遣いは無用ですよ。今まで通り接してください。

 年取っただけで偉くなれるとは思ってませんから」

「……」


 なんといえばいいか……。

 ファンタジー世界からの洗礼を受けたような気がした。

 ここでは……本当に俺たちの常識が通用しないらしい。

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