第6話 契約の証

「質問は……もうないですか?

 実は時間があまりとれません。

 早急にやっておかないといけないことがありますので。

 ないようでしたら外に……」 

「ちょ、ちょっと待った!」


 大声を出したのは、意外なことに陰キャの天峰だった。


「はい、えっと……そちらの女性の方……」

「そ、そもそも……

 なんでこっちが質問なんかしなきゃならないんだ」

「……と、いいますと?」

「私たちはわけもわからず無理やり連れてこられたんだぞ!

 そ、そっちに説明責任があるだろ? こんな扱いは不当だ。

 私たちが納得できるように事情を話すべきだ。いまここで!」


 その言葉は、ありがたいぐらいに正論だった。

 俺たち全員の気持ちをうまく代弁している。

 ただ俺の後ろにすっぽり隠れてないで、アルの前で堂々と言ってほしい。

 あと不安だからって俺のシャツをくしゃくしゃになるまで掴まないでくれ。ぜったいしわになる。    


「はあ……?」

「ひっ……こ、この男がそう言っていましたぁ」

「……」


 根暗女め。一瞬でひよりやがって……。


「なんだか……かみ合ってないみたいですね」

「……え?」

「私は皆さんを『無理やり』連れてきてなんかいませんよ」

「いや……そんなわけないって」


 会話を俺が引き継いだ。


「アレはどう考えても『無理やり』だろ。

 こっちの意思を一回でも確認してくれたか?

 わけもわからないまま飲み込まれて……

 気づいた時にはもうこの部屋だ。

 それが無理やりじゃなかったらなんだっていうんだよ?」


 ちょっと攻撃的な物言いかなと思ったが、

 でもまあこれぐらいで……ちょうどいいだろう。


「ふーむ。どうやら……

 なにかイレギュラーが発生したのかもしれませんね」

「イレギュラー?」

「みなさんにはよくわからないと思いますが……。

 通常はこっちの世界に召喚する前に、

 勇者候補の方々には事情をすべて説明します。

 皆さん、音声は聞いたんですよね?」


 あの無感情な声のこと、だよな。


「ええ、それです。

 通常ならその音声が事情をすべて説明しその場で契約まで結んでしまいます。 

 きちんと内容を把握してもらわないと、

 こっちの世界に来た後にいろいろゴネる人たちもいますからね。

 で、説明から契約の締結まで、

 その過程はすべて魔法で制御されており自動で行われます。

 誓ってもいいですが……、

 契約してない人間をこっちの世界へ連れてくるなんてことはありえませんよ。

 魔法を作っているのは『人』ですから、

 どこかの過程で細かなミスは発生するかもしれませんが、

 未契約の人間を転移させてくるなんて、

 どんなへっぽこな術者でもそんな大ポカはやりません」

「でも、現に私たちはここにいるじゃない?

 それともなに? 嘘ついてるとでも言いたいわけ?」

「……ええ、まあ」

 ツカサの言葉にアルは正直に答えた。

「というのも、そもそも……未契約の人間を転移させるなんてのは

 原理的に不可能なんですよ」 

「……どういうことだ?」

「皆さんの世界では……科学が発展しているようですね。

 私も何百人と案内してきましたからいろいろ話は聞いています。

 でもそんな発展した科学でも『異世界に行く方法』なんてのは

 まだ発見されてもいないのでしょう」    

「そりゃあまあ……」

 『行く方法』どころか、『異世界がある!』なんて真面目に言い出すやつがいたら頭がおかしいと認定される。 

「魔法も同じです。

 異なる世界の壁を突破する、というのは本当に難しい。

 一応、異世界に干渉することはできますが、

 自由に行き来ができるわけではありません」

「……」

「人間という物質を

 世界間で移動させるには莫大な力と、

 それを制御する高度な魔法が必要ですが……。 

 はっきり言って、今この世界にそんなものはありません。

 技術的に、いや原理的に不可能なんです。

 未来永劫、そんな便利すぎる魔法は開発されないでしょう」

「だったらなんで……」

「それを可能にするのが……『契約』です。

 双方の合意によって結ばれる『契約』は魔法の力に大きく作用するんですよ。

 皆さんも直感的にはわかるんじゃないですか?

 悪魔と契約していけにえを捧げれば魔法が使えるようになるとか、

 神様と契約して言うことを聞いていれば悪い力から守ってもらえるとか……。 

 そちらの世界にはそんな民話があると、そううかがったことがあります。

 こちらの世界でも同じこと。

 『契約』には魔法の効果を劇的に高める働きがある。

 そして、召喚する側とされる側、

 双方が契約を結んで初めて人の異世界転移は可能となるのです」 

「……」

「どうです? 私なりに頑張って説明したつもりですが」

「……なんとなくはわかるけどさ」

「……不服そうですね」

 不服というかなんというか……。

 何かが違う。

 なにか……俺が本当に聞きたいことと、

 こいつのしゃべってることに大きな隔たりがある。  

「はあ……?」

 そうだ、一番引っかかるのは……。


 なんか異世界転移した前提で話が進んでることだ。


 いやいや、お前がイタイ妄想に取りつかれたコスプレイヤーだっていう可能性の方が俺たちにはずっとずっと受け入れやすい。魔法だ、契約だ、なんてのはぜんぶ『異世界』という存在が前提になってる話だろ。 

 それっぽいことをまくしたてる前に……。


「なんでもいいからさ、

 ここが違う世界だって証拠をみせてくれよ。

 まあ、『あるなら』の話だけど」


 俺は少し意地悪く言った。


「はあ……証拠ですか」


 アルは少し呆れたように言った。


「別に簡単な話じゃないですか?

 私についてきてください。

 外に行って街並みの一つでも見ればそれが証拠になるでしょう」

「あいにく、俺たちの世界じゃ、 

 知らない人についていってはいけませんって教えられててね」

「……信用ないですね。 

 まあ確かに、あんまり愛想がよくないのは自分でもわかっていますが」

    

 いや愛想うんぬんの問題じゃないんだけどさ。


「いいでしょう。

 説明の順序がぐちゃぐちゃになってしまいますが……。

 一発でわかるものをお見せしましょう」 


 そう言うと、アルは薄く目を閉じた。

 それから右手を高く上げる。

 指先は……俗に言う「指パッチン」の形。


「……なに、なんなの?」

 ツカサが言うが、もちろん俺たちの誰にも答えはわからない。

 ただ……。

 ただ……本当になんとなく……。

 魔法でも使いそうな、そんな雰囲気があって……。


「これが証拠です。

 いい加減信じてくださいね」


 パチン、と気持ちのいい音が鳴った。

 その瞬間、確かに……俺は……。俺たちは……。

 異界の空気を肌で感じた。

 音と一緒に、なにか目に見えない力が、アルの指から同心円状に広がった。 

 その力は風が吹き抜けるように俺の身体を通り過ぎて行って……。

 そして……

 ここが……俺たちの住んでいた世界とは違うと、肌感覚で教えてくれる。  


「……」


 俺は身の引き締まる思いでアルの指先に見とれていたのだが……。


「え、きゃっ! や、やだもう! なんでぇ?」


 如月の気の抜けた声が部屋に響いた。

 気の抜けたというか……

 なんか恥じらいのあるエロい声が……。


「ちょ、ちょっと神崎君、見ないでよ!

 も、もう……どうしてこんなところが……」


 如月のスカート越しに青い光が見えた。

 あの魔方陣と同じ色だ。

 どうやら……如月の内もも、

 それも根元に近い危うい部分が青く光っているらしい。   

 ……なんだ、これ。

 ……セクハラ魔法か。


「お、おい、神崎。わ、私のここ、どうなってるんだ?

 なんで青く光って……」


 天峰はうなじだった。

 見ると、もともと小さいアザのようなものがあって、どうやらそれが青い光を発しているらしい。

  

「アザ……?

 あ、ああ……確かにそれっぽいのはあったけど……。

 でも、ほんっとに目立たないような薄いやつだ。

 近くで見たって気づかないぐらいの……」

「如月もそうなのか?」

「う、うん……。確かに太ももにあったけど……」

「ふーん。

 奇遇ね、アンタたちにもあったんだ」

 

 ツカサは……胸だった。

 夏服の薄いシャツを透かして左胸の上の方が光っている。

 一番きわどい場所にあるくせに、一切動揺してないのはさすがと言っていいのかもしれない。


「コウ、あんたは知ってたでしょ?

 ここにアザがあるの」


 ああ、知ってたよ。

 三歳ぐらいの時は一緒に風呂に入れられてたからな。

 というか、俺が見つけてお前に教えてやったんだっけ。


「一回、親になんとなく聞いたことがあるの。

 そしたら生まれつきだって。

 赤ん坊のころから確かにあって、でも薄いし目立たないから

 問題ないと思ってたみたいだけど……」


 生まれつきねぇ。


「二人もそうなのか?」

「うーん、わかんない。

 気づいたのはわりと最近かな。

 だってほとんど見えないもん、こんなの」

「私もだ。うなじなんてめったに目がいかないし……」


 なんにせよ、三人には似たようなアザがある。

 これは……。


「それこそ……契約の証です」


 ……証?


「異界の者とこちらの世界の者と、

 意志と意志の合意により契約を結んだ証。

 次元の狭間を超える力をもたらす大いなる印、です」

 

 アルは台本を取り出して、かっこいいセリフを読み上げた。


「さて……少しは信じる気になりましたか?」

「……」

 

 反論の言葉はもう出てこなかった。

 指パッチンだけで他人の薄アザを光らせるマジックなんて、誰も考えつかないし練習もしないだろう。種も仕掛けもないんだったら……それは本当の魔法。  

 けど……。 


「一つだけ……文句言わせてもらっていい?」

「ええ、どうぞ。確か……ツカサさん?」

「私たち……契約なんて一切してないんだけどっ!」

「……」

「……」

「……」

「……ちょっと?」

「……」

 あれ、フリーズしたか?


「……本当に妙な事態ですね。

 長いこと勇者担当官をしていますがこんなのは初めてです。

 ですが……申し訳ありません。ここでタイムアップです」

「え? なにがよ?」

「勇者の皆さんには

 急ぎやってもらわなければならないことがあります。

 放置しておくと大変なので。

 残りの文句は道すがら聞きますので、とりあえず私についてきてください」


 アルは上り階段の方に身体を開いた。


「そ、それは……いくらなんでもひどいと思うな。

 みんな混乱してるんだしもっと詳しく話してくれても……」


 温和な如月も少し怒り気味だ。 


「……ほかの方も同意見で?」


 俺たちは互いの顔を見合いながらうなづいた。

 ただでさえ見知らぬ世界に繰り出すんだから、せめて事情ぐらいしっかり把握しておきたい。


「そうですか。なら仕方ありませんね」


 アルは右手を高く上げ、再び指パッチンの構えをとった。


「なんだ? 俺たちを一瞬で納得させてくれる魔法でもあるのか?」

「おや、勘がいいんですね。

 正解ではないですが、だいぶ近いですよ」

「?」

「これから皆さんに超強力な洗脳魔法をかけさせていただきます。

 そうすればうだうだ文句も言わずについてきてくれるでしょう?

 ああ、大丈夫。用事が済んだらきちんと解いてあげますよ。 

 たまに変なかかり方をして人格がぶっ壊れますが……。

 では行きま……」

 俺たちは全員、そそくさと上り階段の方へ向かった。

 単なる脅し文句だったのか、それともホントにそんな魔法を使う気だったのか、この世界に来たばかりの俺たちには知る由もない。


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