第5話 勇者担当官アルテア
「おお、選ばれし勇者たちよ。よくぞ参られました」
それは、ひどい棒読みだった。
抑揚がほとんどないうえに、なんの感情もこもってない。
そいつはチラっと台本を見る。
いかにも大事そうな口上だが、どうやらうろ覚えらしい。
「今この世界では太古の昔に封印された魔王が復活し、
えーと、まあ……あれやこれやとんでもない悪さをしています」
俺たち四人は顔を見合わせた。
もちろん、誰も現状を把握できてない。
「魔の軍勢は日ごとその力を強めており、
このままでは世界は激ヤバなことになってしまうでしょう。
おお、勇者よ。
どうかこの地に平和をもたらしてください。
悪しき王と、その眷属を倒せるのは……
あなたたち『異界より来たる者』だけなのです」
まだ……少し頭がふらついた。
床に飲み込まれた後、目を覚ましてすぐなのである。
だから何一つ今の状況がわかってないのに、目の前のこいつは、おかまいなしに気の抜けた口上を続けるのだった。
「さあ、手に手を取り合いましょう。
闇を打ち砕き、この世界に光を取り戻すのです」
「……」
終わった……らしい。
なんだかずいぶん立派で、そして重要なことを言っていた風に思うが、残念だがほとんど頭に入ってこなかった。
突然見知らぬ場所にくると警戒心ばっかり働くようで、こいつが何を言っているかじゃなく、そもそもこいつが敵なのか味方なのかが気になって仕方がない。
小柄で、線が細い。
表情に敵意らしいものは一切ないが……。
そのかわり、とことんまで目が死んでいる。
昨晩、両親がいっぺんに事故死でもしたのだろうか、あるいは付き合ってた彼氏が他の女とイチャイチャする場面でも目撃したのだろうか。
もちろんそんなことは起きていないだろうが、そう思うぐらいに、そのまなざしには輝きがなかった。
「……」
ここは……たぶんどこかの地下室だと思う。
四方の石壁には窓が一つもない。
電灯なんていう見慣れたものはなく、松明がぼんやりと室内を照らしていた。
床には巨大な魔法陣が描かれている。
ぱっと見、部室に現れたのと同じ模様だ。
と、いうことは……。
常識というやつを一旦置いておいて、直感的な発想に従えば……。
向こうで飲み込まれてこっちで吐き出されたってことなのか。
いや、それよりも……。
今重要なのは……目の前の女の方だ。
「……というわけですので、
どうか魔王をぶち殺してきてください。
おっと自己紹介が遅れてしまいましたね。
私、勇者担当官のアルテアと申します。
呼ぶときはアルで結構ですので、まあ気軽に話しかけてください。
返事するかどうかはわかりませんけど」
アルテアは自己紹介にあるまじきローテンションで口を動かした。
声には相変わらず感情も抑揚もない。
徹夜明けみたいなジト目で俺達四人をかわるがわる見つめている。
年齢は俺たちと同じか、ちょっと下。
身体測定でもすれば、平均的な女子中学生と同じ数値が出るにちがいない。
ただ……。
俺達とは決定的に違うところが一つだけあった。
見とれるぐらいのきれいな白髪だ。
年を取ると出てくる「しらが」とは全然違う。根元までつやつやの純白である。コスプレ用のかつらかとも思ったが、人工物はこんなきれいに作れないだろう。
髪の色、ただそれだけで神秘的な感じがする。
しかし……それを台無しにするぐらい髪型はボサボサだった。
長さはボブカットぐらいだが、ところどころ短かったり長かったり……。
床屋で五百円しか出さなかったらこんな感じにされるのかもしれない。一応のおしゃれか、前髪がアシンメトリーになっていて、右目全部がすっぽり隠れている。
まあ隠しといて正解だろう。
さっきも言ったが、露出している左目の方は……一切輝きのないジト目なのだ。
「さて、ここまでで何か質問ある人。
いませんか? いませんね。では次の場所に……」
「ちょ、ちょっと待った!」
ツカサが慌てた声を上げた。
「はい、そこの胸のデカいあなた。どんな質問が?」
「いや……質問とかそういうのじゃないんだけどさ。
さっきものすごい重要そうな話をしてたけど、
魔王とか勇者とか……なんかやべぇ話。
悪いけど、ぜんぜん理解できなかったのよね。
急にここに来たからてんぱってて……」
「ああ、どうか気になさらず……。
大したこと言ってませんから。
マニュアルで決まっているので読み上げただけで……。
まったく……意味ないからやめろとは伝えてあるんですがね」
「マ、マニュアル……?」
「ええ。先ほど私は勇者担当官だと言いましたが、
正確にはフィーニス王国上級執政官勇者業務担当、です。
まあ早い話、公務員というか役人でして……。
皆さんの世界でどうかはよく知りませんが、
役所というのはホントに規則や手順にうるさいんですよ」
「や、役所……?」
「効率を無視してマニュアルを作るから
どんどんどんどん無駄な作業がふえていくし……。
やっぱり現場の仕事を離れた部長級に
手順書を認可する権限があるというのが……」
「……」
あれ? 俺たち、もしかして愚痴を聞かされてる?
アルの服装はダボっとしたローブで、現代日本人の多くは何かのコスプレだと思うだろう。そんななりでサラリーマンの愚痴みたいなことをぶつぶつ言いだすのは本当に奇妙だった。
大きなカバンを斜めにかけているが、見た感じ書類でパンパンだ。
もしかしたら、公務で必要になるものが全部入っているのかもしれない。
「あ、あの……はい。わ、私からも質問……です」
「おっと、失礼。どうぞ、メガネの人」
おずおずとした口調の如月の質問は……
しかしすべての核心をつくものだった。
「ここってもしかして……そのぉ……い、異世界だったり……?
は、ははは……」
「……?」
アルは相変わらず無表情だったが、首だけおおきくかしげた。
「なんでそんなこと聞くんです?」
「そ、そうですよね。ごめんなさい。
私ったらなんか混乱してるみたいで……。
別の世界に来るなんてそんなことあるわけ……」
しかし……如月の言葉はさえぎられる。
「あたりまえのことじゃないですか。
皆さんは『異世界召還』されたんですから。
あなたたちのいた世界からこっちの世界へ。
皆さんからしたら……ここはもちろん異世界ですよ」
「……あ、はい」
あまりにきっぱり断言されたからか、
如月はまともに答えることもできなかった。
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