第4話 そして異世界へ

「えぇ!? 夏休みの部活なんて週一ぐらいでいいでしょ!?

 クソ暑い中、学校なんか来たくないわよ!」

「いーや、週三回は集まるべきだ!

 することないんだったら私が面白いゲームとか持ってくるし」


 俺を間に挟んで、話し合いはずっと平行線をたどっていた。

 どうあってもサボりたいツカサVS(たぶん)友達との予定が一切入ってない天峰という図式だ。 


「だって寂しいだろ!? 寂しくなっちゃうだろ!?

 パリピどもがSNSに海水浴の画像を大量投入してくるんだぞ。 

 一人で部屋に居たら、そんなの耐えられないだろ!?」 

「……見なけりゃいいでしょうが、他人のSNSなんて」


 天峰のすさまじい感情論にさすがのツカサも押され気味だ。


「そんなこと言ったって、もう日課だし」

「なにがよ?」

「クラスの陽キャどものSNS監視するの」

「……」


 こいつ……やっぱヤバイ奴なんだな。


「あ、あのさ。その……興味本位で聞くんだけど……」


 ツカサが表情をひきつらせながら言った。


「アンタ……友達、いないじゃん? 

 てことは……そのSNSを見ても別に絡めないわけじゃん。

 それって……なにか楽しいの?」

「いや、けっこうおもしろいぞ。

 『またこんな低レベルな遊びではしゃいでる(笑)』

  とか、

 『うわ、彼氏に振られた自分かわいそう、

  みたいな書き込みしてるぅ~(笑)』

 とかいろいろ優越感に浸れるし」

「……」


 これには、俺とツカサ、ダブルでドン引きだった。


「はい、どうぞ」


 折よく、如月が紅茶を淹れてくれる。


「ちょっとティーブレイクしようよ。

 そんなに熱くなっても……」


 紙コップを手に持ったまま、ふと如月は言葉を止めた。


「あっ……」


 顔は窓の方を向いている。


「……雨」


 気が付けば、外はすっかり薄暗くなっていた。

 雨粒がぽつぽつと窓ガラスを叩いている。


「えぇ、うそ。まじで?」


 近くで雷が鳴ったかと思えば、雨脚は一気に強くなる。

 窓から見えるグラウンドが、ものすごいスピードで濡れた色へと変わっていった。

 典型的な夕立だ。 

 帰り支度をする暇もなかった。


「天気予報、雨なんかでてなかったのに」  


 ツカサがスマホを見ながらぶーたれた。


「どうしよう? これ帰れるかなぁ……」


 如月が不安げに言ったが、この雨の勢いだと、傘を差したとしてもひどいことになるのは間違いない。   


「少し待った方がいいよ。

 こういうのはだいたいすぐ弱くなるから。

 とりあえず戸締りだけ確認しといて、

 すぐ帰れるように準備を……」


 俺が部長らしく仕切ろうとした、その時……。

 バチン、というスパーク音と同時に、部屋の電気が全て落ちた。

「ひっ……。て、停電? うそだろ……」   


 天峰がガチビビりしながら明かりの消えた天井を見上げる。

 部屋の中は……もうお互いの顔がぼんやりとしか見えなかった。

 自然と会話が途切れる。

 雨のザァザァ音だけが部室の中に響いていた。



『……通信の成功を確認』


「……なんか言った?」


 ツカサの声に名乗り出る部員はいない。

 確かに俺も何か声を聞いた気がしたが……。

 空耳……だと思った。

 だって……明らかに女の声じゃなかった。



『契約者の位置情報を取得。

 安全確認、完了。

 これより転送を開始』



 今度はもうはっきりと聞こえた。

 無機質で無感情な声。

 まるでスマホの機械音声のような……。


「な、なんだ? どうなってるんだ?」


 天峰は無意識なのか、俺の制服を思い切り握りしめていた。



『割り込み処理。割り込み処理。

 保存されているメッセージを再生。

 メッセージの再生を開始』


『「古の勇者たちよ。

  約束の時は来たれり。

  彼の地より戻り、己が使命を果たせ」

 メッセージの再生を終了』



「コウ、アンタがスマホで変なイタズラしてんじゃないの?」

 

 するか、こんな寒いこと。

 なにが勇者だ。そんなファンタジーな……あっ。

 俺は薄闇に浮かぶ如月の顔を見た。


「……なんで私の方を見るのかな!? 神崎君!!」

「いやほら……ついにさらけ出すつもりになったのかなって。

 隠し事したまま生きるのも辛いだろうし。

 けど、だからっていきなりこんな全開で行くと……ぐおっ」


 如月は笑顔のままアイアンクローをかましてくる。

 鈍い痛みと、ミシミシと骨がきしむ音がした。


「神崎君の言っていることは一ミリも理解できないけど、

 一言だけ言わせてもらえば、私はいたずらなんてしてないよ」


 ……じゃ、じゃあいったい誰が?

 


『転送開始。転送開始……』


 その言葉と同時に……。

 青白い光がぼんやりと部室を明るくした。

 これは……足元から光ってる。


「う、うそ? 床が……」


 それを何と呼べばいいのか……始めて見るのに分かった。

 これは……魔法陣だ。

 部室の床全てをキャンパスにして、いつのまにか幾何学模様を重ねたような魔法陣が描かれていた。


「ちょ、ちょっと……う、うそだよね、これ!?」


 お、おいおい。


「な、なにこれ!? どうなってんの!?」


 変な夢……じゃないよな。


「し、沈む……。足元……なんで!?」


 気が付いた時には、もうひざ下まで床に沈み込んでいた。

 そして……そこからは一気だった。

 たいした抵抗もなく身体は床の中に沈み込み、口元まで来ると、意識まで遠くなってきた。 



『転送を確認

 すべての作業を正常終了』



 最後に見たのは部室の天井だった。

 見慣れ切ったその光景は、憎らしいまでに、どこまでもいつも通りだった。

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