0−6

「で、そちらのメンバーは紹介してくれないのかな?」

 戸惑ったような年下の仲間と目を見交わしてから、セシルはきっぱりと返した。

「余裕かまして個人情報全部開示できるほどの組織やないねん、うちらは。話はあたしが全部しますんで」

「君の上司と話は出来ないのかな、と聞いてるんだけど」

 不意打ちのような一撃に、あやうく顔がこわばるところだった。

「……おかしなこと言うなあ。ここにいるんが今日の実働メンバーやで。正真正銘、これで全部。現場ではあたしが全権持って作戦進めるんや。いつもそうやで」

「そういうことか。……了解した」

 あっさり引き下がる翔雄。だが、セシルは胸の鼓動が早くなるのを嫌が上にも自覚していた。もちろん、翔雄はとぼけているのだろう。普通に考えて、こんな内容の作戦をこんな中高生だけで完結させられるはずがない。そこを追求しないのは、おそらく、実情をすでに調べ上げているからに違いない。

 どこまで知っているのだろう? 対外情報室の輪郭だけ? それとも、千津川という土地の全容まで?

 あかんあかん。疑心暗鬼になってたら、ボロ出すだけや。自分は返事をやんわり拒否して、相手はそれを受け入れた、それだけなんや。

 それにしても、こいつら、ほんまに油断ならん――

 などと、セシルが内心で警戒心を新たにしていると、翔雄が杏の肩をぽんと叩いて言った。

「じゃ、ここからは衛倉に頼む」

「はい?」

「昆野作戦部長が今日の件について、色々尋ねたいことがあるらしいから、それに答えてやって。蓮、必要なら衛倉をサポートしてやって」

「え?」「はい?」

 蓮と、セシル本人までつい声を上げてしまう。が、翔雄は首を傾げている三人をまるまる無視する形で、「じゃ、始め」と言って手をパンと叩いた。

 ちょっと待て、とセシルは言いたい気分だった。今日のことについて確かに説明は求めたが、いきなりこれはないやろう――と食ってかかろうにも、すでに事態は動いていた。全くの無実そのもののセシルを、何の恨みと思ったのか、杏がきっと睨み据え、臨戦態勢に入っている。

「え、えと……では、昆野さん、そちらから質問なりありましたら、手短にどうぞ」

 と思ったら、セシルに丸投げしてきた!

 小賢しいメス猫めがっとか叫びたい気分である。確かにこういう質疑は自分から余計なことをぺらぺら喋るよりも、相手に喋らせる方がいい。結果、知り得ないままのことがあったとしたら、それは全部、質問した側の責任になる。

 ちらりと翔雄を見る。本気か芝居か、仕事を部下に押し付けた後は、そのへんの石を拾っては眺め、捨てては次をひっくり返し、かと思ったら、かんかんとぶつけ合ったりすり合わせたりしてる。

 こいつはラッコか、アウストラロピテクスか。

 そう言えば鹿戸の部屋でも変だった。本物の異常者なのか。それとも、油断を誘ってから部下の力量を計ろうとでもしているのか、あるいは計りたいのはセシルのスペックか。

 何考えてるのかは知らないが、この場でいちばん楽してるのは間違いない。

(なんかムカつく!)

 という怒りのパワーの賜物だろうか、セシルの舌先から、思いがけず強烈な一撃が飛び出した。

「あんたら、まさかと思うけど、単にあのおっさんの仕事、横取りしに来たんか?」

 杏がきょとんとした顔を返す。イラッと来て、セシルはつい声を荒らげた。

「そやから、滝多緒はあの盗撮映像どうするつもりなん? 警察も呼ばんで、あのおっさんの身柄取ったってことは、一緒になってボロ儲け企んどるんかっちゅうてんねん!」

 そう、それが知りたかった。そもそもこいつらは何が目的なんか。なんだか事を丸く収めたがっているような姿勢は見えるものの、その真意は何なのか。だいたい盗撮犯を庇い立てする段階で、百パーセントの正義ではない。ならば。

「あんたら、このまんまあの旅館でハダカ撮りまくって、千津川も共犯にして、盗撮ものの巨大レーベル立ち上げようとか、そんなあくどい金儲け狙っとるんとちゃうんか!? ほんで、裸撮られた女の子も脅して、際限なく金巻き上げようとか、思ってるんちゃうんかっ!?」

「ひ、ひどい……」

「はあああっ!?」

 見ると、杏はすっかり顔色をなくしてすくみ上がっている。横の蓮まで、半口開けたドン引きの姿勢でセシルを見つめている。そればかりか、仲間の千津川メンバーまで、極悪犯罪人を見る眼でセシルを凝視しているではないか。

「よく、そんなことが考えられるな……なんという非人道的なことを」

「いや、ちょっ」

「部長……いくらなんでもそんな鬼畜な妄想は……」

「な、なに、あんたらまでっ」

「千津川の行動基準がようわかりました……恐るべきことですが」

 立ち直った様子の杏が、妙に考え深そうに自らの分析を披露する。

「利益のためなら、あらゆるモラルを障害と見なしてどんな所業にも手を染める、とそういう――」

「ち、違うっス、それ、部長だけスから! 自分ら、そこまでじゃないスから!」

 慌てた部下が身もフタもない言い訳を飛ばすに至って、セシルはほとんど泣きそうになった。自分だってこんな殺伐とした話、せいいっぱい背伸びして何とかそれっぽくやってみせてるだけなのに!――失念してた。この部下たちは、セシル以上に初心で荒事に弱いメンバーばかりだった。

「そやから、それはあたしやなくて、滝多緒がっ!」

「それはやらない」

 静かなひとことで、その場のプチパニックがふっと収まる。言った翔雄は苦笑を口の端に残しながら、

「どんな質問をしてくるのかと思えば……いったい僕らを何だと思ってるのやら」

「か弱い正義の諜報組織に殴り込みかけてきた、極悪スパイ団」

「衛倉、説明」

 セシルのひねた返事を完スルーして、翔雄が杏に軽く手を挙げ、すぐに石拾いに戻る。振られた杏は、はっと気づいてからわざとらしく咳払いなどしてみせる。

「……今現在、私達が取り掛かっている作業なんですが」

 ガイドさんみたいに手のひらで背後のバスを指し示す。バスの中では、なんだか納期前のソフト会社みたいに声やメモが飛び交い、ガラス越しにもちょっとした修羅場になっているのが判る。

「鹿戸が売りさばいた盗撮映像の販売記録さかのぼって、購入者を全部特定してる最中なんです」

「「ぜ、全部!?」」

 つい千津川の何人かが問い返す。唖然とする話である。と言うか、にわかには信じがたい。

「いや、そら、ある程度までは判るやろうけど……全部なんて……」

 半信半疑でセシルが言うと、杏は片頬だけで薄く笑って、

「まあ、やってみなければわかりませんけれども、今はみんな認証付きでネットにつながってますから。ウイルスが入ってました、とか言って連絡取るのもアリですし」

「それで、どうすんの? 回収します、とか言うて、みんながみんな、すんなりデータ消してくれるもんなん? うちにそんなもんありまへん、とか白を切ったら?」

 ちっちっと蓮が人差し指を振って横から割り込んだ。

「その時はその言葉通り、そいつのパソコンから映像が消えるだけ。あるいは、ディスクがクラッシュする、とかね」

「はあ? え、それってつまり……あ、さっき言ってたハッキングって!」

「別に大したことやないでしょう。今どきの諜報機関でしたら」

 嫌味でも自慢でもなく、本当に些細なことのように受け流す杏。クールに決めているようで、どこか得意げなのが、しょせん中等部の小娘風情ではあるが。

 黙って聞いていた千津川のメンバーが、にわかにざわつき出した。

「なんや、悪人やないやん」

善玉ええもんやん」

 あっさり宗旨変えしそうな部下に舌打ちしたいのをこらえて、セシルがすかさず突っ込む。

「いやいやいや、ちょっと待ち。ええことしてるっぽいけど、あんたら、まさか慈善事業やってるわけやないやろ? 何が目的なん? 警察呼んどきゃ済むことをわざわざ後始末まで引き受けて」

 そう、結局話は全然進んでいない。敵の真意を再度質すべく、セシルは言葉の矢を放った。

「どこで儲けるつもりなん? その買った奴らを脅すん? どうせ他にもヤバい映像ぎょうさん持ってる奴らやからって、フォルダの中荒らして、全部晒したる、とか言うてウィルス仕掛けて脅迫するん?」

「「な、な、なんて悪辣なっっっ!」」

 一瞬で蓮と杏が真っ青になった。二人して手に手を取って支え合いながら、悪鬼を見るような眼でセシルから離れようとする。

「あんまりだ! 友にも見せないフォルダの中身を!」

「悪事一つ明らかにならないうちから!」

「金欲しさに、命より大事な秘密を暴くなんて!」

「人間のやることじゃありません!!」

「フォルダの中、勝手にいじりよるんはあんたらやないのっ!」

 セシルの突っ込みはしごくまっとうだったが、何か触れてはいけない禁句が入ってでもいたのか、杏と蓮の糾弾の目つきは変わらなかった。

「ややこしいやっちゃらやなあっ。ってか、女子のあんたまでなんで!?」

「フォルダを暴かれるなんて、乙女だって嫌ですっ」

 急に疲れを感じて、セシルはうつろな目を仲間に振り向けた。心なしか、みんなして自分を遠巻きにしているような気がする。

「部長、まさかとは思いますが……僕らのスマホとかって……」

「あたしにそんなスキルはないし、そんな趣味もあらへんっ!」


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