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「呼ばれたから来たったで。改めて今日のこと、説明してくれるって聞いたんやけど。人のシマ、さんざんに荒らしよったこと、どう言い訳してくれるんかな?」

 視線を注いでいた滝多緒の生徒が、あああれが、というように控えめに指さしながら囁き合う。最初無視していたセシルだったが、どうも雰囲気がおかしいと感じたようで、喋りながら不愉快そうに周囲を見回す。

「うちの室長に訊いてもろくな説明返してきよらん。勝手に上で納得してるみたいやけど、苦労してカチ合わせた警察のおねーさんまで、みんないつの間にか消えてるって、いったいどんな魔法……何なん、あんたら?」

 ふと、その視線が車両前の大画面モニターに止まる。見覚えのあるシーンに、ん? というような顔になり、数秒でたちまち耳の根本まで真っ赤になる。

「な、なななな、なんでこんな映像がっ!? ど、どういうこと!? 峰間! 峰間翔雄はどこ!?」

「ここだけど」

 セシルのすぐ目の前で、いささかくたびれたような翔雄が座ったまま手を挙げた。後ろの座席のハリセンを持った女生徒と何だかややこしいことになってるみたいなので、ちょっとだけセシルがたじろぐが、思い直して抗議することにしたようだ。モニターをびしっと指さし、厳しい声で問い詰める。

「何なんアレ!? 動画やろ、アレ! あんたらいったい、あの部屋でどんな記録撮ってたんよ!?」

 心持ち、深いため息をついてから、翔雄は脱力したように笑った。

「ああ、あれは……ご心配なく。ただの記念写真だから」

「嘘つけ!」

「ホントだって。あんまりにも決まってたシーンだったんで、後からもいっぺんポーズ取ろうぜってことになって」

「じゃ、なんであんたのとこの奴ら全員、あたしをこういう眼で見てんの!?」

 セシルが片手でさっと水平に円を描く。その周囲では、評議会一同、それはそれは生ぬるくも思いやりあふれる眼差しをセシルに注いでいた。なんと言うか、敵キャラながら主人公に恋してしまった悪の女幹部へ応援メッセージを送ってる、視聴者のみなさん、みたいな。

「な、なにか思い違いがあるみたいやけど! あたしは、別にあんたなんか」

「おお、ツンデレや」「本物や」「純度百パーセントのツンデレやで」「おい、ビデオ!」

 たちまち不穏なざわめきを急拡大する滝多緒メンバー。完全にヤブヘビになったセシルは、もう顔も上げられない。その後ろにくっついてる千津川メンバーも、セシルをかばうべきなのか傍観すべきなのか、判断に迷っているようだ。

 と。

「トビー。入電あり。二号車二十分後だってよ」

 車両後部から声が掛かって、翔雄が鋭く振り向いた。同時に、騒ぎが急速にしぼんでいく。

 報告を上げたのは、最後部の席で一人ずっとノートパソコンに向かい合っていた男子だ。今までのほとんどの盛り上がりに参加せず、何かの作業をひたすら継続していたようである。細身の体躯がいかにも文系男子っぽいが、ぼっさりした長めの髪の下にのぞく目は、敏腕の参謀格らしい知性が窺えた。アーカイバー兼作戦進行担当の高等部一年、須楼蓮すろうれん。チーム滝多緒の中では随一とも言える根っからの仕事人間。

 彼のひと声が、何らかの事態の変化を引き起こしたようだった。まず、翔雄が車内に響く声で号令する。

「よし、全員待機終了。第七ステップに移行。蓮、客人へのインターセプト、続けてくれ」

「了解」

「薬師先輩、所持者の特定、上がったところから仮の回収プラン策定頼みます」

「任せろ」

中等部ジュニアは第六からの作業再開。J1しんいりは今日中にハッキングの要領覚えろよ」

「わかりました」

「学園長、この人たちの対応は?」

「お前がやれ」

 相変わらす、タブレットに向かい合ったまま、大吾がそっけなく返す。

「こういう接待はいちばんの責任者が矢面に……失礼、先頭に立つものでは?」

 初めて老人が端末から目を離し、ルームミラー越しに翔雄を見た。

「察しろ。ワシが相手したんじゃ、ラスボスが小ボスを手玉に取るみたいで外聞が悪かろ。こういう時は、同格か、それに近いポストが相手するもんだ」

 言うだけ言うと、また何の仕事だか計算だかにさっさと没入してしまう。翔雄は「ま、そんなこったろうと思ったけど」と小さく口に出して、最後の指示を飛ばす。

「幹部は降りて、二号車を出迎える。行くぞ。君たちも、ちょっと外に」

 そう言って、セシル達にも手で降りるように促す。不意に、その背中にむっつりした声が投げかけられた。

「うちは残る」

 真知である。幹部の一人として降車の指示を受けたばかりだが、翔雄たちに半ば背を向けた姿で、きっぱりと拒否の意を示している。さすがに反抗の度が過ぎると思ったのか、すぐに短く付け加えたが。

「残ってJ1のサポートしてる」

 翔雄は別段、咎め立てはしなかった。

「……分かった。じゃ、代わりに蓮、来てくれ」

「え、俺?」

「お前、待機中も全然休憩取ってないだろ。少し体動かせ。一応准幹部だし」

 一秒たりともキーボードから手を放すのは嫌だ、とでも言いたそうな進行担当だったが、再度翔雄があごで促すと、しぶしぶノートパソコンをスリープに落とした。



 バスの通路を、蓮と呼ばれた少年と、小柄な少女、それに翔雄の三人が前へ歩いていく。一変した雰囲気の車内を見回し、翔雄の背中を追いながら、セシルはつい声を潜めて訊いてしまう。

「あ、あの……いったい何が……」

「あんまり時間がないんだ。急いでくれ」

「なんよそれ、呼びつけたんそっちやんか」

 ぶつくさ言いながら駐車場に降りると、夕暮れも間近い空の色だった。季節は秋の半ば。奈良県北部のこの盆地では、すでに陽は山の稜線の向こうで、アスレチック風カジュアルジーンズのファッションで来たセシル達にとって、襟元がちょっと心もとない気温になりつつある。ちょうどバスの横には釣り堀サイズの池が横たわっていて、渡ってくる風も結構冷たい。

 十メートルほど歩いたところで、なんとなく、ふたつの陣営のメンバーが向かい合う形になる。「それで」とセシルが言いかけた時、不意にバスから先ほどのハリセン娘が降りてきて、セシルたちに近寄ってきた。妙に嬉しそうな顔だ。嬉しそう、と言うか、すごく面白いものを見つけたような、何かをもてあそぶ気満々の表情。

「ちょっと訊いておきたいんやけど」

 バスの中での微妙な空気はどこにいったのか、翔雄には、ちょっと邪魔するわ、みたいに軽く拝んでから、ハリセンがセシルへまともに問いかける。

「あんたらのチームって、それで全員?」

 言われて、つい千津川メンバー同士顔を見合わせる。バス一台が狭く感じるほどの滝多緒に対し、千津川は六人。思わず不機嫌な声で応じてしまった。

「そやけど。それが。野球も出来へん人数やからって、なにか問題が?」

 実のところ、学校に戻れば、デスクワーク専門とか計画立案役とかいるのだが、内情をいちいち公言するつもりもない。何よりも、いきなり何を失礼なことを、という気持ちが先に立ってしまう。

「いや、けなすつもりやないねん。その人数で今日の作戦、全部やったんかなあって」

「そうですが」

 無愛想に返してから、重要なことを思い出して慌てて言い添える。

「いや、他にもうなんぼかおったんやけど……半分ほどはさっき帰した……から」

 そんなセシルの言葉を「ふうん」と聞き流してから、ハリセンがセシルの横の少年をじっと見据えた。丸刈りの、ダメージファッションで暴れん坊っぽいイメージを演出してはいるが、実のところは中一の新入りである。あどけない顔が、不安そうにハリセンを見上げている。

「な、何? うちの一年に、何か用?」

 セシルが問いただすのにも何も言わず、ハリセンがその少年の腰に手を伸ばした。サイズを測るように、両手でぴとっとウエストのあたりを押さえる。「ひゃっ」と跳ね上がりそうになった少年に構わず、続けて太ももとか、胸板とか、ぺたぺたと触りまくる。

「なな、何してんの、あんた!?」

 セシルがつかみかかりそうになったのを器用にひょいとよけ、娘はぽんぽんと少年の肩を叩く。

「あんた、本気でその道に行くんやったら、うちに留学したらええで。そっちの子も」

 すぐ隣の、同じようなファッションで背丈の小太り少年を指差す。

「男の極めるつもりやったら、そろそろ決心せんと。あの”リンちゃん”、悪くはなかったけど、まだまだやねって婦警役のおねえさんも言うてたで。ま、がんばり。それだけ」

 言いたいことだけ言うと、翔雄たちに、じゃ、と手を挙げてから、さっさと元の方向へ戻っていく。その姿がバスの中に消えてから、ようやく千津川のメンバーから一斉に「えええーっ!?」というリアクションが湧き上がった。

「ば、バレてた。全部バレてた」

「どうしよう、もうこの仕事できへん、結婚できへん!」

「ダメじゃないスか部長、この子ら、面が割れたッスよ!」

「じゃかあしゃあ、おどれら! 取り乱してどないするんや!」

 一喝して部下を黙らせ、セシルが咳払いして翔雄をにらみつける。翔雄は笑っていた。

「わ、悪ふざけが過ぎるんとちゃいますか。う、うちらが未熟なんは、まあご指摘感謝しますけど」

「いや、真知のあれは悪気はないと思うんで。それに、本気で言ってると思うから、その気があるんなら情報機関どうしの交流ってことで手配するけど?」

「……上に伝えておきます。油断も何もあらへんな。あの警官もあんたらの芝居やったってことか」

「まあね。あの人たちは観光局の女性職員なんだけど」

「ふうん。……真知って言うた? 今の娘」

「ああ、そういえば紹介もまだだったっけ」

 翔雄が指先だけでバスの方向を指した。

「さっきのは湯塩真知。滝多緒学園高等部一年、評議会の第一書記だ」

 続けて、部下の二人に向けて手のひらを伸ばす。

「こっちが中等部三年、衛倉杏。こっちは高等部一年、須楼蓮。今更だけど、僕は評議会議長、高等部一年の峰間翔雄。どうぞよろしく」

「千津川観光学園高等部二年の昆野セシルや。ってか、年下やったんか、あんた」

 とたんに翔雄がうやうやしく一礼して、高級ホテルのコンシェルジュのごとき慇懃な口調になる。

「ここまでの非礼の段、なにとぞご容赦願います。以後は昆野様とお呼びしてもよろしゅうございますか?」

「やめいや、気色悪いっ」

「では、せめて昆野先輩、と?」

「ももええって! タメでいいやんかタメでっ」

「じゃあお言葉に甘えて」

 屈託なく笑う翔雄から、ついセシルは目をそらした。実は、結構さまになっていた翔雄の物腰に、あやうく目を奪われかけたせいでもあったりする。

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