第11話

 いち早くマリーが進出する、警務兵が武器を手にして応じようとするが急に目の前から姿が消えた……ように見えた。マリーが前転の要領で急に姿勢を低くしたのでそう思えただけ、足元をすり抜けて行くと急にと痛みを感じる。


「ぎゃー!」


 防御が厚い上半身ではなく、足甲すらつけていない足元をサラッと切り付けたのだ。混戦になれば一人が不利にはならない、なるべく零距離での交戦を繰り返しながら道を切り拓き「行け!」クリスを通らせる。その時に無理をして体を警務兵との間に割り込ませたので、一太刀浴びてしまった。


「ぐっ!」


「マリーさ――」


「振り向かずに走れ!」


 クリスは言われた通りに全力で走った、軽装とは言え武装しているから男達の足は速くはない。それでも追われれば捕まる位の差はあった。聖女は健康ではあっても体力がある者は少ない、祈りで籠もってばかりでは仕方ないが。


 一人二人と切り付けて追っ手を減らしていくが、多勢を止めることが出来ずに取り逃がしてしまう。自身も怪我をしているが、それでも防戦しながら東へと移動し続ける。時折飛んでくる矢を剣で弾く、クリスへ向かったそれは見えない壁に弾かれて壁が壊れる。


 息が上がって走るのが精一杯になってしまったクリス、追いかける警務兵が二人ついに彼女の肩に手をかけようとした。


 そこへ黒い影が割り込むと、二人の兵を体当たりで吹き飛ばして通りのど真ん中に仁王立ちする。黒い服を着た男が、クリスに背を向けたまま「その場でお休みを」追っ手を睨んでいる。何が何だかわからないまま、地面に座り込んでいると岩場の陰から黒服の男達が十人現れて西へと駆けていく。


 一人が傍にやって来て「ご無事ですか」声をかけて来る。短髪の男で二十代半ばくらい、筋肉はあるけれどもそれだけという感じではない若者。イノンダシオンの宿ですれ違った男だと思い出した。


 傷口を赤く染めてマリーが駆けて来る。


「司令、お怪我を!」


「こんなものはかすり傷だ、良く間に合わせたな」


「多少の無茶は後に叱られるとしましょう。こちらへ」


 クリスはマリーに誘われるがまま岩場の陰にゆき、繋がれている馬に引き上げられた。


「サハラーの奥地へひとっ飛びするとしよう。後は頼む」


「お任せを、適当に切り上げて追いかけますので」


 黒服の人たちを残して二人乗りの騎馬が東へと駆けていく。マリーの背中から腕を回して抱き着くと、出血している箇所を見てしまう。決して浅い傷ではない、放っておけば破傷風になってしまう。


「傷の手当てをしませんと」


「クリスの安全を優先する。まずは移動だ」


 馬足を止めることなく進み続ける、暫くすると小さな町が見えてきて外郭まで来ると下馬した。中に入ると警備兵を見付けて「ここまで追って来るとも思えんが、総員厳戒態勢をとっておけ」頭ごなしに言いつける。


「急になにをお前は一体だ――こ、これは司令官代理! おい、直ぐに全員を集めて武装させろ!」


 クリスは目を丸くしてマリーの後ろを付いて行く、町医者のところへと行くと「念のために診察してもらいたいんですが頼めますか?」順番を飛ばして看護師に話しかけるが、傷口をみてぎょっとする。


「せ、先生、急患です!」


 慌てて奥へと駆け込んでいってしまう。何とも驚かせるのが得意のようだ。肩の傷を消毒して包帯を巻いている間も、マリーは決して微笑を崩さない。


「クリス、これは全て君の判断が導いた結果だ。誇っていい、無事にここまでたどり着けたことを」


「……でも、マリーさんが大怪我を」


 泣き出しそうな表情を見てかここは敢えて笑った。


「なに、傷は男の勲章だ。こいつを見られるたびに俺は自慢が出来るんだよ」


 あまりに鷹揚な態度についに感情がはちきれてしまう。クリスはマリーに抱き着いて泣いた、何もしてやれることが無いのにここまで危険なことをさせてしまったことに。そこへ先ほどの若い男がやって来る。状況を見て一言。


「マリー司令、女を泣かせるとはひどいですね」


「おいおいそいつは冤罪だぞ。で、どうだった」


 軽口が聞けるなら包帯の下の傷も大丈夫だろうと平常運転で応える。


「勤勉な警務隊はのびてる奴らを抱えてイノンダシオンに戻って行きました。国境侵犯は大目に見てやろうかと」


 さんざん叩きのめしたのに大目にみるとはいかに。


「明日一番で戻る、先ぶれを飛ばしておいてくれ」


「了解です。後のことはご心配なく、ごゆっくりどうぞ」


 若い男はそう言い残して消えてしまう。病室に押し込められてしったのでそこで横になると、クリスがベッドの隣に座った。


「クリスは休んでていいんだよ」


「こうさせていてください」


「わかった」


 やりたいようにしたらいい、マリーは目を閉じて久方ぶりに安心して身を休めることにした。怪我も相まって珍しく朝までぐっすり、クリスも椅子でうつらうつらしながら、途中で傷薬の交換をしたりして朝を迎えるのであった。



 切り出した石造りの無骨な建物。それが要塞と呼ばれていたことで妙に納得してしまった。マリーと一緒にやって来たクリスが、初めて黒服に着替えた姿を見る。この前の兵士と似ているけれども、制服に金のラインと銀のラインが入り混じっていて綺麗だった。


「俺のことについて何も聞こうとはしないんだね」


 前を歩いているマリーがそんな言葉を投げかける。疑問で一杯だろう、それを知りたいと思うのは人として普通の事。


「私にとってマリーさんはマリーさんですから。感謝しかありません」


 白と緑の聖衣に着替えて視線を伏せている。この先に誰が居て、何が起こるのか緊張していた。両開きの重そうな扉を、門番の二人が開いてくれる。部屋の奥は赤い絨毯が敷かれているわけでもなく、シャンデリアが吊られているわけでもない、いわば少し大きめな普通の部屋。


 黒服を着た人たちが数人と、机の先にやはり黒服を着ている男の人が座っていた。装いの若干の違いはあるけれども、恐らくはグループだろうことは察しがついた。椅子の人物、三十代の半ばくらいだろうか、黒髪に黒い瞳、多少色があるが白い肌。


 髪は短めで、服には金糸があしらわれていて胸の部分に色んな刺繍がされている。徐に立ち上がると机の前にやって来た。


「ボス、長期休暇を終えた報告に来ました!」


「そうか、そちらの女性は」


 視線がクリスに向けられる。決して猜疑心あってのことではあく、純粋に紹介を求めているだけ。


「あの、初めましてクリス・カッパーフィールドです、よろしくお願いします」


 お辞儀をして最低限のことだけを喋る。どうしてよいのか解らずに。


「私はルンオスキエ・イーリヤ、こちらこそよろしく頼む」


 変な響きの名前を聞かされてその後は黙ってしまう。視線がマリーへと向けられた。


「クリス嬢はエクレール国の風の聖女です。彼女は助けを求めていましたので、ここへ連れてきました」


「そうか」


 短くそれだけ。不安で仕方ないクリス、自分のことなのだと「イノンダシオンでは指名手配と言われました。雷の巫女にも恨みを買っているでしょう。エクレールからも犯罪者と言われているかも知れません。ご迷惑ならばすぐに立ち去ります。けれどもマリーさんは私の我がままで連れてきてくれただけので、咎めることがないようにお願い致します」全て自分が原因で、言い分などこれっぽっちもないことは知っている。


「と言っているが、どうなんだマリー」


「概ね事実です。自分がこうすべきだと考えて連れてきました」


 じっとイーリヤを見る。何の迷いもない、マリーは己の意思を貫いただけ。


「解った、お前の判断は俺の判断だ。クリス・カッパーフィールドさん、我々はあなたと共に。身の安全を保障します、クァトロの名にかけて」


「ありがとうございます。でも私に出来ることは祈ることだけ」


「では、是非とも我等の志の為に祈ってはいただけないでしょうか。風の聖女にお願い申し上げます」


 イーリヤは片膝をつくとクリスの前で頭を垂れる。マリーもその少し斜め後ろで同じように頭を下げた。


「こんな私でよろしければ、こちらこそ祈らせてください」


 キャトルエトワールを率いるクァトロが風の聖女を得た。私兵団でしかない彼らだが、ここに転機を迎えることになる。星の加護を持つ人物を抱える集団に、風の加護が新たに加わった。

 

 クァトロが何であるとか、志が何であるとか、クリスにはさほど関係ないかった。大切なのはマリーと共に居ることが出来そうだという事実。ここにいればまた会える、それが大きな原動力になっていたのはこの時点ではあまり知られていなかった。


 いずれ各国に名をとどろかせるイーリヤという人物も、今はまだ知る人ぞ知る傭兵団長程度の知名度。後にエトワール大公爵として広大な土地を治めることになる。

 

https://kakuyomu.jp/works/16817139554918461815(同時期の連作)

https://kakuyomu.jp/works/16817139555476905458(エトワール公爵)



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イラスト付☆聖女を欲しがる国の策略にまんまと乗せられた王子が暴力を振るうので他所へ行きます 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka

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