第10話

「ば、馬鹿な! この一瞬で半分も!」


 男が声をあげる。トーレが何か言う前に残る男達に向けて駆けると剣を小刻みに振るう。わきの下、頸筋、膝の裏、人間の弱点と言われる部分を軽く切り付けるだけで戦闘力は喪失してしまう。


「残り四人、これから先は命の保証はしてやらん。こいつらを連れて引き下がれ、転がっていられると邪魔だ」


 口をパクパクさせて男達がトーレの方を見る、ここで更に攻めろというのは無能な指揮官だ、犠牲だけが増えて行くのを止められなかったのだから。


「予想外の手練れね、いいわ私が相手をしてあげる。ベッドの上でもいいけどね」


 金髪を揺らしてマリーの瞳を見据える、雷の巫女は神の祝福を受けている。常人ではない、特殊な能力をその身に宿しているのだ油断はできない。


「お誘いは光栄だが、積極的な女性よりも奥ゆかしいのが好みなんだ」


 言葉こそ二人とも軽いが顔は真面目だ。互いの隙を伺おうとして気を張り巡らせている。接近戦はトーレに不利、彼女がそう考えて距離をとって対峙する。風が吹いてきて足元の砂がまたふわりと舞う、直後。


「エクレールの守護者雷神トールヴァルドのご加護を与えたまえ。我が願いに応じ、出でよ紫電の嵐!」


 仮契約の破棄、互いが認めなければ破棄されない。或いは代償を支払い破棄をする儀式が必要になる、今になりクリスとトーレの関係を思い出しても遅い。


 淡い黄色のような、薄い紫のような電撃がマリーが立っている場所へ向けて放たれた。バチバチと音を響かせて、周囲に放電しながら空気を割って突き刺さる。


 風で砂が運び去られた後にあったのは痙攣して転がるマリーの姿ではなく、腰を落としてじっとトーレを見ているマリーだった。


「なっ、直撃したはずよ!」


「ああそうだな。残念ながら俺は加護持ちでね、他の神に干渉はされないんだ」


「男なのに加護もちだなんて聞いたことが無い!」


 それはクリスもそうだったように世の常識というものだ。世の常識がいつでもだれでも適用されるならば、世界は時間と共に衰退していっただろう。唖然としているトーレへと向けて走る、腰から短剣を抜いて対抗しようとするもマリーに軽く弾き飛ばされてしまい、剣の柄で腹を強か打たれて膝をつく。


「勝負は済んだ。仮契約の破棄もしてもらおうか」


 腹を押さえて抵抗することも出来ずに、歯を食いしばると返事もせずに破棄承諾を容れる。クリスが「契約の破棄が受理されたみたいです」超感覚のようなもので、当事者にはそれが解るらしい。


 腰に剣を収めると、トーレと残った男達に半眼で一言「あったことは忘れろ、それが身のためだ」踵を返してクリスを連れて東へと行ってしまった。



 イノンダシオン国境、とは言っても例によって壁があるわけでも線がひかれているわけでもない。河が流れていてそれが目印になっているが、大雨が降れば流れが変わったりもするので曖昧ではある。


 河の先は少しだけ木々があり、岩があり、山があって、その先はずっと砂漠が続いている。サハラー王国だ。


「もう少しだよ」


 マリーの言葉を耳にしてこくりと頷く。トーレたちの襲撃を受けてあの活躍、普通ではないとは思っていたもののそこまでとは考えていなかったクリス、少し溝を感じてしまった。自分なんかの為に、と。


 歩き続けること暫く、急にマリーが足を止める。


「どうしたんですか?」


 表情に柔らかさが少ない、目線を追ってみるものの特に何も無いように思えた。首を傾げて周りを見てもコレといって何も無ければだれも居ない。


「おかしい」


「え、別に何もないですけど?」


 これ以上ない位平穏で静かな場所、静かで本当に何もない。どこがおかしいのかとまた見回すけれども何も見えない。


「それだよ。これだけあって物音も人影もないなんて異常だ、絶対に何かある」


 言われてみると人影は別として、動物すらも居ないのはおかしいなと思えた。それらはどこに居ても自然と存在する、姿が無いならば何かを警戒して離れたか、追い払われたか。


「橋があるのはあの一カ所だけ、そこを通らないとサハラーには行けない。小さな河ではあるけど、深かったり危険は絶対に潜んでるものだからね」


 ここを迂回は出来ない、必ず通過すると解っていればあらゆる罠を始めとした待ち伏せが有効になる。


「引き返しますか?」


 マリーが言うなら進むも戻るもどちらでも従うつもりでそう言葉にした。


「俺は……自分を信じて仲間を信じる。もう退くどころか、立ち止まることも許されないんだ」


「それって?」


 何かしらの決意を胸に秘めているらしいことが伝わる。


「なに、昼寝する位の時間があれば充分だって思ってね。行こうか」


 全く答えになっていない、けれどもマリーがそう言うならばそうしようと橋を渡る。河のせせらぎが聞こえてくる、太陽はまだ明るさを残しはいるけれども、いよいよ姿を消しそうな気配。渡り切ると鎧を着こんだ兵士が橋の西側にやって来て、盾を並べると通行を禁止した。


「え、あれって?」


 息を殺して隠れていた、国境を守るイノンダシオン警備兵なのかもしれない、特に敵意は感じられなかった。橋の西側は彼等の国、何の不思議もない。


 そして東側はサハラー王国、国を出た先で何があっても関知しないという精神の表れともいう。岩陰や木の後ろからは見た目が違う、軽めの鎧を着けて剣を持った多数の男が姿を現す。


 先ほどとは全く違って、殺意が伝わって来る。


「人違いじゃそっちも困るだろ、確認しないのか」


 マリーが何故かたくさんいる男達の内、向かって右側の真ん中あたりにいる若者を見据えていった。


「どうして俺が指揮官だと解った」


 隠しもせずに進み出ると、皆の注目を集める。身形は他と違いが無い、というか統一されていないので特に豪奢とかそういうわけではないだけ。


「質問を質問で返させてもらうが、どうして解らないと思った?」


 じっと睨み合う、それで通じ合えたのだろうか。


「指名手配犯クリス・カッパーフィールド並びにジャン・マリー両名で違いないか」


「確かに名前は合ってるが、サハラー王国で指名手配されるようなことはした覚えがない」


 そんなことは無関係だろうと知った上での反論、当然相手も解っていて応じて来る。


「ここは国境未確定の競合地域だ。我等はイノンダシオン警務隊、問答は無用だ大人しくしろ、さもなくば力づくで取り押さえる」


 トーレらとは違いクリス相手への容赦もなさそうだ。罪状などどうとでも出来る、従ってもそうでなくても未来が明るいとは言い難い状況だ。


「さて、クリス嬢の判断を尋ねたい。俺はそれに向かい全力で努力するけど」


 流石にクリスを守りながら見えてるだけで三十人以上も居る兵士相手に戦えるとは思えない。一人だけなら出来るかも知れないと思わせるのは先の戦いの結果だろうか。


「私は――」


 ここまできて諦めることが出来るはずもなく、かといって恐怖で一杯で、けれどもどこかマリーならばと思うところもあり、それでも数に圧倒されてしまい声が出ない。けれども少し前のマリーの言葉を思い出す。


「私は希望を諦めません。お願いしますマリーさん、私を助けて下さい!」


 語気を強めて声をあげる、すると警務隊の一部が笑った。これを見て気でも触れているんじゃないのかと。進み出ていた若い男の指揮官も、小さく首を左右に振っていた。


「その意志を無駄にはさせないよ。約束は必ず守る」


 腰の剣を抜くとクリスを後ろに庇い防御魔法を重ね掛けする、クリスにのみだが。それをじっと待って「終わったか、なら始めよう」指揮官が告げると兵が武器を構えた。やれるだけのことをやってみせろと。


「いいか、何も考えずに真っすぐ走れ。後ろを振り向くな!」


「はい!」


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