第9話

「もう……」


 ベッドのそばに行って寝顔を覗き込む。安らかなその表情に何故か嬉しくなり笑みがこぼれる。マリーが慌てていないならば大丈夫だろう、そう思って椅子に座り目を閉じることにした。眠ることは出来そうに無いけれど、こうしているだけでも休まるから。


 うつらうつらとしていると、窓から差し込んで来る光がオレンジ色になっていた。気づくとマリーが窓際に立って外を窺っている。


「夕飯にはまだ早いよ」


 軽口を言われるので「なら今日はあと二度食べられますね」などと返してしまう。笑われると「心に余裕があって結構だと思うよ」窓際から離れる。荷物を確かめて肩にかけると立つように促してきた。


「暗くなる前に出るとしようか」


「あら、待たないんですか?」


 明るいうちは襲ってこない、それを信じるならばそれまでは休めるはずなのに。


「あちらにあわせてやる必要は無いからね」


 当然といえば当然な一言。納得するとクリスも荷物を抱えて立ち上がる。半日ずれて明日の夕方に到着するはずのサハラーが明日の朝になるだけのこと、夜にどうなるかわからないのは一緒だ。宿屋の店主には支払いをして「ちょっと出かけて来る、夕飯は食べるから置いといて欲しい、遅くなるかもしれないけどね」などと騙しを入れて。


 このところクリスもそういう行動を不思議に思わなくなってきたせいか、まったく表情に出なくなっていた。前ならば、え? という顔をしていただろうと、自分でも思っている。


 食糧を別として元から大きな荷物を抱えているわけでもないので、その食べ物を置いてかれたら戻るのか出て行くのか判断は微妙なところだった。街に出て屋台で買い食いをすると、それで明日の昼頃までは充分持つので余計なものは宿に置き去りにされている。


 敢えて余計な場所をぐるぐるとまわり、追跡者の疑問を膨らませる。ただうろついているわけでもないが。


 夕暮れになり郊外でひと気のない場所、絶好の襲撃条件が揃ったところでついに姿を現してきた。金髪の巫女と久々の再会だ。


「おや、トーレ嬢じゃないか。いやぁ会いたかったよ」


「あら奇遇ね、私もよ。随分と遠くまで来たわね」


 後ろに五人も武器を手にした男達を従えて、久々の会話は言葉とは裏腹に目は笑っていなかった。


「急に遠くに旅に出たくなってね、クリス嬢にもついて来てもらっただけさ。急ぎはしないけど寄り道するつもりもないんだ、用があるなら早めにお願いしたいんだけど」


 余裕しゃくしゃくの態度にトーレが口を結ぶ。どうしても納得いかないこの落ち着き払ったマリーに。


「大地の風の客分とかって話だったけれど、あなた本当は何者? 一人でこんなところまで、逃げおおせるなんて中々優秀よ、仲間になるなら幹部の椅子を用意するわ。いえ……三席でも良いわよ」


 別の方向からも五人、そしてまた別箇所からも五人が現れて包囲されてしまう。早めに逃げていたらこうならなかったのか、それとも最初からこれだけ控えていたのか。


 怯えるクリスの姿を気配でだけ確認すると、マリーは笑顔を見せる。トーレもそれを承諾だと思い表情を崩した。


「高く買って貰って嬉しいな」


「じゃあ――」


「だが俺はこの力をたった一人の為だけに使う。あの人は決して裏切らない、どれだけ自身が不利になろうとも絶対に」


 真剣な表情になりマリーが周囲全てを警戒する気配が漏れ出していく。それはトーレらにも感じられる程の異様さだった。


「話をするだけ無駄だったみたいね。いいわ。聖女には怪我をさせないで、男は排除しなさい」


 そういうと五人三組の男達が輪を作ってにじり寄って来る。手には刃が付いた武器、時折網を握っている者も混ざっていた。


「マリーさん」


「心配するな、俺は約束したはずだ、必ず助けると。下がっているんだ、あいつらも今は俺を倒すとこに集中するから」


 なにせマリーさえ無力化してしまえばクリスなどどうとでも出来る。ならば戦力を集中するのは至極まともな考え。危害を加えない、あるいは加えられないと解っている以上は人質にも使えない。


 小さく何かを耳打ちして輪からクリスを逃がすと、男達は更に距離を縮める。マリーは膝を少しだけ沈めて、顎を引いて全てを一瞥する形で全容を確認した。


「十五人居れば俺に勝てると思ったか?」


 足元の砂が急に巻き上がり視界が一瞬奪われてしまう。直後に「ぐわぁ!」どこかでうめき声が聞こえた、周りは味方だらけで誤って攻撃も出来ないが、マリーは動くものすべてが敵、条件は正反対だ。十秒と少しの間で砂煙は収まったが、男達の目に映ったのは剣を腹から引き抜いて立っているマリーの姿。


 そこらには死んでいるのか気絶しているのか、血を流して転がっている男が八人もいた。


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