第4話

 今までと違う何かを感じた。神殿で初めて風神の加護に触れた時のような、言葉に出来ない感覚を。一体なんだろうかと思い悩むとマリーが耳元で「星の加護だよ」と小さく囁いた。トーレにも聞こえないような声でだ。


 地水火風雷光闇の七つの加護が有名で、他はあると言われているだけで存在が確認されたのは極めて稀。星の加護など聞いたことも無かった。けれども間違いなく感じられた何か、それを星の加護と言うならばクリスは今なら存在すると断言できた。


「さあ、先払いの報酬も貰ったし、街に行くとしようか!」


 ご機嫌で歩き出したマリーをトーレは訝し気に見詰めていた。



 国境の街は当然エクレールにも存在している、間に緩衝地帯として非武装の空間があるのはお互いのためだろう。そしてトルナード側に怪しい勢力があったように、こちらにも蠢動する何かは居ると見て間違いない。主導権は移ったが気を抜いてよいと考えるのは早計。


 街の出入り口には関所があって、そこで入国の手続きが行われる。クリスが証明書の類を持ち得ていないので差し止められるが「私の同道者ですので入国処理をお願いします」トーレが管理官にそう言って手を握る、多少にやけた顔をしつつ通行を許可してくれた。マリーは自前の証明書を出したが、これは普通に許可される。


 関所を出て直ぐに「私は応援要請に行って来るので、お二人は宿でお待ちを」言い残して姿を消してしまう。一緒に連れて行きたくないのか、それとも勢力圏に移って安心をしているだけか。


「さてクリス、ここで選択肢だ。君ならどうする?」


 マリーが微笑と共に不意にそんなことを言い出す。宿に行く以外の選択肢があるとは到底思えなかったクリスは彼をまじまじと見てしまう。


「どうと言われましても。何故ここでそのようなことを?」


「俺の想像だけど聞いてもらえるかな」


「はい」


 何をどう考えているのかは知りたかった。そもそも自分のことすらまともに話をしていないのに。


「トーレ嬢がもしエクレールの政権側の手先ならば、あの関所でそのまま待って応援を要請したら良かったとは思わないかい」


「あっ……そう、かも知れませんね」


 関所は間違いなく国家の官憲が配属されている、恐らく中央に所属している巫女と同じく政府の管轄だ。部署は違ったとしても協力を求めれば連絡を取る位はしてくれるだろう。それなのにわざわざ別行動してまで応援を求めに行くのはちょっとおかしい。


「かなり高い確率で彼女はエクレール国の正規の巫女じゃないだろうね」


 ではどこの誰なのかと言えば、候補はいくつかある。巫女なのは加護を得ているので確実、髪の色が出身を大まかに示してはいるが少数であっても他国に居ないわけではない。クリスは少し考えて「神殿の前でレイアというフレイム国の聖女に会いました、その時意味ありげな視線を投げかけてきて……」トーレの関係者かも知れない存在はそれしか思い当たらなかった。


「フレイムの聖女か。もしトーレがエクレールじゃなくてフレイムのエージェントだったら辻褄は合う」


「でもそんな回りくどいことをする意味はなんでしょうか?」


 首を傾げる。クリスが暗愚なわけではない、それが普通の感覚だ。黒幕というのは表面的に見てどうにも理解しがたい流れを作り出すものなのだ。


「トルナードはエクレールに聖女を強奪されたと抗議するだろうね。でもエクレールはそんなことはしてないって反論する。両方の国関係がギスギスすればそれ以外の国が利益を得やすくなる。間違いを正す生き証人になり得る風の聖女を自由にしておくと君は思うかい?」


 そこまで説明されて何か恐ろしいことに巻き込まれているのではないかと背筋が凍る。全く違うと否定できない、それが大問題。エクレールでもフレイムでもクリスの言葉を採り上げてくれるような素地は一切無い、そしてもう後戻りは出来ない。


「私はどうすれば……」


「俺が何でも手助けはする。けれども決めるのはクリス、君だ」


 もしトーレが何かしらの謀略を練っているならば逃げるのは今しかない。逃げきれるかどうかは別として、面と向かって別れることは出来ないような気がした。自分のことを自分で決めるのがこうも苦しいとは思ってもみなかった。


「トルナードには戻りたくありません。けれども、ここで自由を失うのも嫌です」


「オーケーだ、俺は君の意思を尊重する。まずは彼女と距離をおこう、この街を離れるんだ」


 陽が暮れるまでは宿で待つくらいはするだろう、近くに買い物に行っているかもと考えるなどして。姿が見えずにおかしいと動き始めても、暗闇の中ですぐに追いつくことは出来ないはずだ。どこへ向かったか分かったにしても、追いつくのは翌日の夜という計算。


「どこへ向かえば?」


「そうだな、食糧を買いながら話そうか」


 手近な場所で「東の街に向かおう、ついてからその後を模索したらいいさ」安心させながら買う、支払いはマリーがしていた。雇用している側が資金を提供してもらう、なんとも申し訳ない。荷物まで彼に持ってもらい、街の東へ歩いていく。


 街道を通り郊外にまで来たところで急に道を外れて南へと折れて林に突入する。


「あの、道を外れていますけど」


「そうだね、やっぱり南へ向かおうか」


 にこやかに予定の変更をここで告げる。どうしてそんな気変わりで林を抜けなければならないのか、それならば街に戻って南に行けば苦労もしないのに。不思議な顔をしているのは承知で、どんどんと奥へ歩いていく。


「疑問があるみたいだね」


「ええ、こんな道を行くのは大変ですわ」


 そりゃそうだと同意してから「だからだよ」更に意味不明のことを口にする。だからの意味を考えながら歩き続けていると、ようやく南の街道が見えて来た。けれども林を出ずに道に沿って歩き出すので付いて行く。


「もしトーレ嬢が逃げたと気づいたらどうすると思う?」


「それは、追いかけようとするでしょう」


 どうして居なくなったのかを知りたい、その為にも追いかけようとする。当たり前のことで、諦めてどこかに行ってしまうということは多分すぐにはなさそうだ。


「じゃあどこへ行ったか分からない、そんなときはどうする」


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