第5話
子供に教えるかのように質問を浴びせかけて来る。クリスは自分ならばどうするかを想像してみた。
「どこへ行ったか知っている人を探して聞きます」
「そうだ。露店の店主が話を聞かれたら、俺達が東の街に行くと話してたのを思い出すかもしれないね。東の門番も二人組みが出て行くのを話すかもしれない」
「あ!」
わざとお店で嘘のことを聞かせて、それで街道を東に行ってから、大変でも林を抜けて歩いている。ようやう全てが繋がって驚きの声を上げてしまった。これをあの時点で即座に計画していたのだから凄い。
「そういうことだよ。でも先がある」
「まだあるんですか?」
正直これ以上は想像の範疇を外れてしまっていて降参するしかなかった。首を横に振ると先を促す。
「応援を呼びに行ったってことは、トーレ嬢以外も居るはずだ。もし人数が多ければ四方八方を探すだろう、けれども少数ならどうするか。街道を全て探して情報を集めようとするだろね」
街道を外れて林を歩いている理由が明らかになって、マリーをまじまじと見てしまう。もしかして凄い人なんじゃないかと。世の中の多くがこれだけ考えることが出来るなら、クリスは聖女だっただけで結構落ちこぼれかも知れないとすら思ってしまう。
「私一人なら直ぐに見つかってしまいますね」
「そうだね、なにせ美人は目立つ」
にこやかにそんな冗談を言って場を和ませてくれる。そういえばと思い出して「星の加護と仰いましたよね」あの時の感覚を話題にした。聖女や巫女ならば解る、マリーは男性だ。神と通じることができるのは女性限定だと聞かされてきたものだが、どうなっているのか。
「フォーチュン。星の加護は子に受け継がれない、持って生まれるものじゃないってことだね」
後天的な何かで宿る加護。そんなものがあるならば、多くの者が欲しがるのは解り切っている。条件があるはずだが、今まで存在すら知られていないのだからよほど特殊なのだろう。
聖女や巫女の加護は子供に継承されることが多い、だからこそ王族などが婚約者に欲しがり国で囲うのだ。特別な力があるのに追放しようとするのは、自らの首を絞めているようなもの。それすらわからない者がいるのは否定しない。
「初めてきいたのですけれど、その加護はどのような?」
「あれだよ、色んな人に希望を与えるような加護があるんだ」
曖昧でこれ以上ないくらいの物言いい。でも明るい何かを示しているようでもある。加護は理屈ではないので、本人にも説明できないのかもしれない。
「南に行くとなにがあるのでしょう」
「さあ、道があるんだから街もあるさ」
微笑して詳しくは知らないと返事をした。それならそれでもいいか、クリスもちょっとそんな風に思ってしまう。腰を下ろして街で買って来たものを食べながらマリーを見た。どこにでもいるような男性、三十歳くらいと言えば体力も経験もあって何でもできると思わせてしまう盛り。
漲る自信と他者を引き付ける魅力、さぞかし女性にもモテるだろうと思ってしまう。だったらどうしたということだが、別にどうもしない。
「マリーさんは普段どんなお仕事を?」
休暇を無理矢理に取らされたということは、普段は拘束されていることになる。ボスがいるとも言っていたならば、自分で家業をしているわけでもなさそうだ。
「ひよこの選別みたいなものだよ。あとはたまにお手本を示すだけ」
答えになっていない、答えたくないと言う意思表示なのだろうか。あまり踏み込むものではない、クリスは短く相槌をうつだけで終わらせてしまう。何とも長続きしない会話ばかり。
「そのうち解るさ。ところで君の方こそ、これからどうしていきたいんだい」
どうと言われたら困ることに計画は無かった。聖女をやっていた、これからも出来るだけそうしたい。漠然とした想像だけ。
「どうにかして暮らしていければそれだけで」
王子と一緒になれれば生活に困ることなど無かった、良いか悪いかは別としてこの先は自由。
「そうか、じっくりと考えたら良いさ」
「でもマリーさんは休暇が終わったら、その、別れてしまうんですよね」
いつかやって来る別れ、それで一人になってやっていけるのかと言われると不安しかない。けれども彼は言った。
「クリス、君が俺を必要としなくなるまで支える。休暇の終わりは俺が満足したらってことになってるから」
安心するとどっと疲れが出てしまい、木を背にして寝てしまうクリス。神殿で祈祷を続けるだけの毎日と比べるとあまりにも刺激的になっていた。朝日が昇ると自然と目が覚めた、その頃にはもうマリーは起きていて焚き火で湯を沸かしていた。
「良い目覚めかい」
「ちょっと体が痛いですけど、気分は悪くないですね」
「そうか。ほら」
少しすえた匂いがする茶を差し出される、一口飲んでみると変な味がした。
「そいつは抗菌作用があって、ついでに細かい虫を寄せ付けない匂いがあるんだ。まあとても美味しいとは言えないけどね」
「そうなんですね」
それならば我慢して飲もうと、クリスは眉尻を下げながら口にする。ちびちび飲むのと一気に飲むのとどちらが楽だろうかと考えながら。
「南の街で食糧を買いこんでから、国境沿いを東へ向かおうと思うんだ。フレイムに入るのは論外だから、このままエクレールの国沿いを行って、東のイノンダシオン国に入ろう」
イノンダシオン国はその名の通りに年中どこかで洪水が起こっているような、水資源が豊富な国だ。三つの国と今回の件では恐らく無関係、それならば居場所も得られそうとの見込み。
「道を知っているんですか?」
整備された街道でなければ、軽装の一般人が踏破することは難しい。休む場所どころか、方向すらわからないような未開の地が殆ど。方角が解ったとしても、水が得られる確証が一切ない。
「地図は読めるよ」
「地図を持っているんですか?」
「いいや。でもここに入ってる」
なんと自身の頭を指さしている、地図を見たことがあるという意味だろう。普段ならそんなことはしないようにと止めるクリスだが、ぐっと自分の感情を押し殺して「わかりました、そうしましょう」マリーに頼ることにする。
「実はイノンダシオンはただの通過点なんだ。目的地はその先のサハラー王国」
「確かそれって砂漠ばかりの国と聞いたことがあります」
オアシスと呼ばれる湖単位の集落を抱えている、寄り合いのような国。当然そうなれば国としての力は弱く、下に見られる。征服してもあまり利益が無いからゆえに、争いにならないとすら言われるほどだ。
「そうだね。そこならば確実にクリスを受け入れてくれるから」
「行ったことがあるんですか?」
随分と遠い場所という感覚で、トルナードから数えて三つ隣は普通に暮らしていたら一生縁がない。それはクリスがそうならマリーもそうだろうと思ってのこと。
「ああ。休暇が終わったらそこに帰ることになるからね」
笑みを浮かべてそんなことを明かした。マリーを信用して判断を預けたお返し、そんなところだろうか。しかしクリスはそういった事実よりも、全てが終わってもサハラーならばマリーとまた会えると思えただけだった。
「きっと素敵なところでしょう」
「そうだね、笑顔が溢れている国さ。でもイノンダシオンの方がきっと楽には暮らせるかな」
人だけでなく生き物は全て水を必要とする、それも大量に。砂漠と水が豊富な国、比べたら絶対にどちらが良いかなど解り切っている。
「楽を求めているわけではありませんから。行きましょう、サハラーにある希望を求めて」
「オーケーだ。じゃあまずはそいつを飲み干してからだね」
すっかり忘れていた茶を、えいっと全て一気に飲み干す。叫び出しそうになるのを数秒耐えて何とか平静を取り戻す。苦笑しているマリーがちびちびと飲んでいるのを見て、正解を知るクリスだった。
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