第3話

 二人の兵が通行証を確認して、その作業を後方で見ている奴らが数人。正門は開かれてはいるが、中門は落とされていてここから無理に突破することは出来ない造りになっていた。


「三人か。通行手形を」


 国が発行している出国証明書、お金を出せば渡して貰えるものだ。戻る時にも必要で、無ければまた通行税名目でお金を取られてしまう。払えば通れるわけでも無いが、払わなければ通れない。マリーとトーレは通行手形を差し出すがクリスは持っていなかった。


 まずは二人分だけを確認して、それらを返した。


「お前も出せ」


 当然催促される。けれども無いものは無い。


「持ち合わせていませんわ」


 目を細めて睨まれてしまう、後ろに控えている場所から三人がやって来て何か耳打ちをしている。偉そうな装飾の制服を着ている中年が前に出る。


「ジャン・マリー、トーレ・アルフォード、すると君はクリス・カッパーフィールドかね?」


 何故か初対面なのに名前を知っている、この一件が無ければ神殿で姿を見たことがあるなどと錯覚していたかもしれない。驚きも焦りもせずに「その通りですわ」無表情で認める。


「三人組?」


 おかしい部分があってそう聞いているのかはわからないが「はい」短く応じる。ふむ、ともう一度それぞれの顔を見る。


「通行を許可しないわけではないが、暫しここに逗留してもらう。確認しなければならんことがあるのでな」


 向こうも無表情でそのように告げて来た。それが何かのカマかけなのか、それとも偽の伝令がバレでしまっているのか。どう反応して良いかわからずに棒立ちしていると、マリーが二人の前に一歩でてその男との距離を詰める。


「あなたが関長?」


「そうだが」


 立場を偽った感じはない、真実ここの責任者なのだろう。仮にここでこいつを人質にとったとしても越境できる可能性はまずない。


「ある方の言葉だ。国内で面倒が起こるのは望んでいない」


 じっと目を合わせて反応を待つ。ある方というのがアルフォンス王太子だろうことは密書の中身を知っている者だけ、これで通じなければ関長ではない可能性すら浮かんでくる。そしてもしこの言葉に反抗するようならば、確実にこちらの行動が露見していることになる。


「関所を通すかどうかの権限は私にある」


 マリーは眉を片方だけ上げて、曖昧な返答を咀嚼した。迷っている、つまりは関長であるのは間違いなく、こちらの行動もバレてはいない。規定外行動なので不安があるのだろうとあたりをつけた。


「不慮の傷を負ったりして不都合が起これば面倒になる、国外でならばどうなろうと知ったことではない。邪魔立てするつもりか? あの方に問題を報告してもよいがどうする」


 眉を寄せて渋い顔をした関長は、低く唸りトーレとクリスを見る。巻物に書かれていた内容と同じ人相の二人、何故か巻物の内容を知っている正体不明の男、先ほど届いたばかりで情報が洩れるはずがない状況、いかにすれば保身が図れるかを素早く計算する。


「通さないとは言ってない。昨夜は強い風が吹いていた、越境しても暫くは街が無いから気を付けるんだな」


 ふん、と鼻を鳴らして中門を潜って行くように言われる。目線だけを投げかけてマリーが先へ歩いていくので、二人もそれについていった。一喜一憂せずに、無感情を貫いて三人が国境を越える。完全にエクレールに入るまでは一言も交わさずに歩き続けた。


 関所が小さく見える程まで来るとマリーが振り向く。そこには先ほどまでの冷静な顔をした男ではなく、目が笑っている一人の人間が居た。


「うまく行って良かったよ。これで一安心とはいかないけど、難関はパスしたね」


 口調まで全く変わってしまい、トーレとクリスは目を合わせると、プッと笑ってしまった。


「もしかしてですけれども、こちらがマリーさんの素でしょうか?」


 クリスがあまりの変わりように、ついつい真面目に聞いてしまう。そんなことを尋ねてもどうにもなりはしないというのに。


「うーん、どうだろうな。こんな美人のエスコートが出来ると知った時には小躍りしそうだったよ」


 冗談まで言い出して来るので、すっかり肩の力が抜けてしまった。オンオフが激しい人らしい。それにしても緊張したと二人は深いため息をついていしまった。それはそれとして未だに正体不明なことにかわりはない、そこの懸念を解決すべくトーレが敢えて指摘をする。


「大地の風の幹部退待遇と聞きましたが」


 藪蛇になる可能性があるが、関所を越えてしまった以上は最悪を免れたので、関わりを持つべきか否かを強引にでもここで決めるべきだと踏み入ってみる。


「客人扱いだったんだよ、俺は一時的に参加してるに過ぎないんだ。仮に使い捨てるにしても丁度良かったんじゃないか?」


 待遇というからには、組織の軸になっているわけではない、ならば消えてしまっても影響は少ない。たとえ一時的にでも参加出来るだけの何らかの背景を持っている事実もある、入れて欲しいといって入れるはずがないからだ。


 少なくともトルナード国と良好な関係の組織なりではない、そうならばモーントのところで拒否されているから。一体何が目的だろうかと疑いを持つ。


「使い捨てられるつもりなんてなさそうだけど。あなたの目的は?」


 いつ襲い掛かって来ても、直ぐに対応出来るように気を張って問う。マリーはというと軽く首を捻ったりして、納得いく答えを探そうとしていた。


「うちのボスに長期休暇を無理矢理取らされてね、時間を持て余していたというのが正しいんだ。好きにして来いと言われると、案外すべきことが無いのは自分でも驚きだったよ」


 ボスと仰ぐ人物が本当にいるかどうかなど解りはしない、顔色から読み取ろうとしても読み取れそうにも無かった。少なくとも直ぐに争いを仕掛けてくるつもりは無い、そんな反応だと受け取ることにした。


「時間があるようなら私に雇われない? それなりの額は支払うけれど」

 

 破格と言われる金額を提示しても良いと思っている。根無し草ならば何かしらの理由をつけて引き受けるだろうし、断ればやはり別の目的があるのだろうと推測できる。無茶を吹っかけてきてもそれなりの推理の情報として使えるはずだ。


「雇われるならだけど、クリス嬢を逆指名するよ。全く知らない異国で一人だけなんて心細いだろ?」


 トーレは下駄を預ける形の返答に即応出来なかった。どちらに転んでも良い、まさに時間を持て余している奴の言葉に相応しいとすら思えてくる。


「私にはマリーさんに支払えるものが何一つありません」


 街で服を買うだけのお金すら持っていなかった、それが事実。


「なぁに、心躍る体験をさせてくれるなら、俺はそれだけで構わない。別に金に困ってはいないしな」


 微笑でもって何ともいいがたい報酬を要求してきた。やる気があるのかないのか、これでは判断がつかない。


「不快で不満しか残らない可能性の方が高いでしょう」


「俺の努力次第で未来が変わる可能性もあるけど」


「一方的に頼るだけで何一つ価値あるモノを与えられないのは雇うとは言えないです」


 拒否しているわけではないクリスとて一人でも味方が欲しい、どうなるのか不安で仕方がない。だからと甘えるのは自身が許せない。


「なるほど、ではクリス嬢の意思を尊重しよう。一つ先払いで、残りは催促なしの後払いってことならどうだい」


「先払いですか。なんでしょう?」


 あると言えば巫女の装束や、祈祷に使う神聖具くらいしか持ち合わせていない。それらを渡すわけにもいかないが、出来ることならばと言葉を返す。


「美女のキスは心が躍る、そうは思わないかい?」


「キ……」あまりにも想定外、まさかそんなことで支払いになるなど考えすらしなかった。トーレに視線をやるもこれといった反応が戻って来ない、彼女も同じなのだろう「そのようなことで私に協力を?」


「本気で言っているんだけどな。価値があるかどうかは俺自身が決める。その上でクリス嬢のキスは俺を動かすに値すると確信してるよ」


 真面目な表情になって瞳を覗き込んで来る。こんなことで馬鹿げている、馬鹿げているけれども嘘を言っているようにも思えない。


「信じても……良いのですか」


 心細かった、あまりにも目まぐるしく状況が変わり過ぎて。恐ろしかった、今まで側に居た人が豹変してしまって。辛かった、自分で出来ることがあまりにも少なすぎて。


「俺は自身にどれだけ不都合があろうと決して裏切らない。そうするくらいならば死んだ方がマシだと思って生きて来た」


 強く示されて逡巡してしまう。自らの意志に従えるのは素晴らしいことだ、報われるかどうかなど関係ない、やりたいことをやるだけ。羨ましかった、自分のことを決めることが出来て。いつも言いなりで、何かを自分から踏み出したことなどどれだけあったか。口を結び視線を外し、下を向いてしまう。


 言葉にならず思考がぐるぐると渦を巻いてしまった。答えが無い道に迷い込んだかのようになり、視線をあげるとマリーと再度目が合う。引き付けられた、暗闇で光る唯一の希望かのように。


「……お願いです、どうか私を助けて下さい」


 頭一つ背が高いマリーの首に腕を絡めると、身を引き寄せて口づけをする。見ず知らずの相手に何をしているのか、すがる相手を間違えているのではないか、様々過るが一心に願って。


「ジャン・マリーが約束する、必ず助けると。何があろうと絶対に支える、だが道行を決めるのはクリス、君だ」


 全てを引き受けるわけではない、大切なのは己の意思。


「ありがとう、ございます」


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