第34話 みにくい結末

 この王は、初対面からそうだった。

 耳障りのいいことを言いつつも、その目はいつだって冷たくて――蝶子を、同じ人間とは思っていなかった。


 王にとっては、爆弾と意思疎通しろと言われているようなものなのだろう。

 ――全くもって、意味がない。

 そんな無意味な行為に時間を割くよりは、さっさと爆弾自体を始末してしまえばいいだけだ。


「化け物が暴れたら怖いから、そうなる前に始末しようとおもったんだろうけど。でも、王さまは一つだけ勘違いしていますよ」


 これを教えてやるのは、親切心だ。

 〝勇者〟を倒せるなんていうのは、とんだ勘違いだと。


「どれだけ兵を揃えても、貴方では私を殺せない」

「やってみなければ、わからぬぞ」

「変なの」


 また、蝶子は繰り返す。

 変と言われるのが気に障ったのか、王が今度こそ顔を歪めた。

 だが、どうしてそう考えることが出来るのか、蝶子にはまったくもって意味不明で、よく分からないのだ。


 だって――。

 

「私を人とは認めないくせに、人と同じように脆く弱く、簡単に死ぬと思っているなんて、変だよ」


 それすなわち、勇者に縋るしかなかったこの世界の人間でも、勇者を殺せると本気で思っていると言う事だ。


 魔族にすら勝てなかった、魔王にすら届かなかった人間の矛で、時に魔王すら滅ぼせる勇者を殺せると思っている――なんていう矛盾だと蝶子が呟けば、周りは初めてそこに思い至ったという表情で顔を強ばらせた。

 

 そう。それまで冷静だった、王すらも。


「馬鹿な人」


 この王は、とても独善的で傲慢で……なんとも異世界の王らしい、王だ。


「貴方たちが呼んだんだよ? 自分たちが敵わない魔族と、戦える存在を」


 一同は、その言葉に警戒した。

 蝶子は、聖剣を彼らに向けると――いつその切っ先が自分たちに振り下ろされるかと戦々恐々する者たち前で、抜き身の刃をぎゅっと握った。


 ぎょっとしたのは騎士であり、兵だった。

 彼らに対して、蝶子は淡々と呟いて傷口を突きつける。


「勇者は、死なない」


 血が流れるほどの傷だった。

 それなのに、蝶子の手はまるで巻き戻し映像のように傷が塞がっていく。


「ひっ……」

「っ、おえっ……」


 その光景を目の当たりにした兵達から、怯えたような声が上がる。

 蝶子に剣を弾かれた騎士は、拾いに走ることもせず、再生する傷口を凝視し、青ざめていた。


 やがて、口にする言葉は皆同じ。


「ば……、化け物……」


 蝶子は、王を見た。

 周りからも同意を得られて、さぞ嬉しいだろうと思いきや、王もまた、蒼白で立ち尽くしている。


(なんだ。やっぱり知らなかったんだ)


 この王は、勇者の加護を、真に理解はしていなかったのだ。

 だから、いつでも排除できると思い森の奥で暮らす事を承知したのだ。

 人目に付かず、簡単に始末する、絶好の場として。


 だったら、もう少しだ。

 後一押し――それだけ脅かせば。


「ねぇ王様。知りませんでした? 勇者は死なないの。……首を切ったって、私は……」


 蝶子は、わざとらしく王に話しかけ、聖剣を持ち直し自分の首にあてる。


「や、やめ……」

 

 誰からともなく、情けない制止の声がこぼれた。

 凄惨な場面からの傷口の再生を、再び見せつけられるなんて耐えられないと思ったのだろう、その声は震えている。


 だが、聞いてやる義理はないと蝶子は一蹴する。

 この怯えようなら、盛大に血しぶきでも上げれば、もうしばらくは時間を稼げる。

 ――蝶子にとっては、なにも知らないくせに自分を化け物扱いし大きな顔をしていた奴に対する、仕返しという面も含んでいた。


 だから、ためらいなく首を切るはずだったのだが――。 

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