第33話 線と線

 鎧を着た兵が三人。

 だが、声を発したのは彼らではない。

 その後ろ――護衛の騎士ふたりに挟まれた、中央の人物。

 声を発したのは、彼だ。この国の王であり、フォルトをこんなめにあわせた人間。


「久しいな勇者よ」

「…………」


 蝶子は無言で、けれどフォルトを庇う位置に立つ。

 礼をとるわけでもないその態度に、騎士が無礼を咎めてくるが、王は元より無駄と思っているのだろう、うるさげに己の騎士を手で制する。


「しかし、これはいかがなものだろうな。まるで盗人のごとく、コソコソと我が城に忍び込み、重罪人用専用である地下牢の鍵を開けるとは……罪人を世に放ち、いたずらにこの国を混乱させるつもりか?」


 ――そういう筋書きか。

 フォルトが顔を歪め言い返そうとするが、蝶子は首を振って止める。

 落ち着いた態度で、王へ返した。


「一体どこに罪人がいるんです?」


 すると、馬鹿にしたように王は笑う。


「これは、異なことを言う。牢とは、罪人を捕らえておくためのものだ、この世界では、な」


 中に誰が閉じ込められていたのかは、関係ない。

 罪人を捕らえておくための牢があり、勇者がわざわざそこに忍び込み、鍵を開けたという事実だけが大切なのだ。

 その事実があれば、勇者に叛意ありと見なせるから。


「ふーん……変なの」

 

 言外に滲ませる王に対して、蝶子は以前と同じような淡々とした口調で、けれど確かな棘を含ませて言い返した。


「貴方の言葉に従わない人は、みんな罪人になるんですか? 貴方の思い通りに動かなければ、それが罪だと? ――変なの。私の世界では、そういうの、暴君って言うんですよ」

「…………」


 ピクリと王の米神がひくついた。


「ここには、無実の人が捕まっているって聞きました。だったら、助けに来ますよね、普通。だって――それが、勇者の仕事だもの」


 勇者の役目は救うこと。

 この世界の人を、救う事。

 それが、蝶子に押しつけられた役目だった。

 もう忘れたのかと、当てこすりのように口にしてやれば、王は僅かに眉を動かす。


 それから、ざらついた声で、こう問いかけてきた。


「……勇者よ。我らを恨んでいるのか?」


 ――馬鹿馬鹿しい質問だ。

 蝶子も、フォルトも同じ思いを抱いた。


 これは、答えが見えている問いかけだ。

 きっと、恨んでいると答えれば、王は嬉々として蝶子を次の悪とする。

 だが、恨んでいないと言ったとしても……。


「だがな、勇者。そなたは事実、この世界にとっての災いなのだ」


 王にとって、答えは決まっている。

 

(私は、どうあってもこの人にとっての異物)


 王は、この世界だ異世界だと、いつも区別するような言葉を口にしていた。

 敵対していた魔族と、息子可愛さに手を取り合う事は出来ても〝異世界から来た〟などという得体の知れない生き物を、同じ人と見なすことは出来ないのだ。


 この世界の大半がそうだった。

 だから、蝶子も背を向けた。


 この世界の人と、自分。

 そうやって、線を引いた。


 ――でも、今は違う。


「死んでくれ、勇者。この世界の平和のために。人と魔族が、愛により結ばれたという新しい伝説のために、古きものは消えてくれ」

「…………」

「〝勇者〟などという化け物は、もういらぬのだ」

「いい加減にしろ!」


 王の言葉を遮るように声を上げたのは、フォルトだった。


「フォルトさん……」


 フォルトだけが、この場にいる者の中で、唯一怒りを示した。

 森にやって来た時、彼だけが決して目を背けなかったように。


「よくそんなことが言えるな! あんた達も、なんで黙って聞いてるんだ! 自分たちの力では守れないからって理由で、勇者をこの世界に呼んだんだろ!? その身勝手を棚上げして、また彼女に押しつけるのか!」

「黙っていろ、神官! 陛下の御前だ!」

「どっちがだ、馬鹿共! どいつもこいつも、恥ずかしくないのか! こんな女の子に、全部押しつけて! ……俺は……俺は、気付いた時、めちゃくちゃ恥ずかしくて、情けなかったぞ!」


 ――フォルトの言葉は、真っ直ぐだ。


「家族も友達も、普通の女の子の楽しみも、全部取り上げて 、面倒事押しつけて……挙げ句に化け物だぁ? チョーコは化け物なんかじゃない! ひとりぼっちで、傷ついている、ただの女の子だ!」


 だから、と蝶子は思う。

 引かれた線も、自分が引いた線も、もう必要ない。


「――斬れ」

 

 王の命令。


「……はっ? しかし……」

「何をしている、その乱心者を斬り捨てろ!」


 しかしフォルトの言葉は、兵士達の中の良心を揺さぶったのか戸惑う声が上がった。しびれを切らしたように、怒号を挙げる王に応えるように、控えていた護衛の騎士が剣を抜く。

 

 斬りかかってくる相手を、蝶子は腰に下げていた剣で受け止めた。


「言い返せないからって、暴力で訴えるのは、負けを認めたこととおんなじだって。昔、おばーちゃんが言ってた」

「チョーコ……!」


 そのまま、相手の剣を弾き飛ばせば、騎士は驚愕の表情で尻餅をつく。


「馬鹿な……!?」

「くっ、聖剣か……!」

「だが……これは……」


 小柄な少女と、王の身辺を守る栄誉ある騎士。

 体格差も力の差も歴然としているはずなのに、騎士は競り負けた。

 呆然とした一言が、彼と周りの兵の衝撃を物語る。

 

 その中で冷静なのは、王だけだった。

 先ほど声を荒らげたとは思えないほど、落ち着きを払った態度で……だが、嫌悪を隠しもしない表情で蝶子を見下ろす。


「そら、見たことか。そのなりで、これほどの力。……化け物でなければ、なんだと言うのだ? この力が、我らに向けられた時、一体どれほどの民が犠牲になる?」

「そうなるように仕向けているのは、あんた達だろうが!」

「もういいよ、フォルトさん」

「……チョーコ?」

「もう、いい」


 蝶子は、静かな声でフォルトを制した。

 この王とは、わかり合えないのだ。


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