第32話 選んだもの

 役目を失ったとはいえ、蝶子は勇者だ。

 不要品と自分で揶揄するものの、彼女の力は本物である。

 一度行った場所へは、一瞬で移動できるし、姿を隠す魔法だって簡単に使える。


 つまり、蝶子にとってお城への潜入は朝飯前のたやすさだった。


(今までやろうと思わなかっただけで、簡単なんだよね……)


 蝶子は魔法で目眩ましの術をかけているので、誰にも認識されず堂々と場内を歩く。


(フォルトさん……ええと、こういう時は……光属性の人に絞って、サーチをかければいい……だよね?)


 この世界で、人を探したことなどなかった蝶子は初めて使う魔法のやり方を確認する。すると、蝶子の心の声が聞こえたように、腰に下げた剣の宝石部分がキラリと光った。


(一緒に、フォルトさんを助けようね)


 役目を失った自分と、聖剣。

 似たもの同士のひとりと一振りは、今初めてのことに挑む。


 ――自分自身の意志で、勇者の力を使い人を助けるという、初めての望みのために。


(……あった、見つけた)


 光属性はいくつか反応を示したが、ひときわ強い反応は地下からだった。

 これが、フォルトだ。

 蝶子はすいすいと城内を進む。

 

 途中で、難しい顔をしている一団を見つけた。


「父上が――」

「……やはり、正気とは思えない」

「陛下は、お変わりになりました……」


 蝶子より少し年上の男がふたりと、それよりさらに年上の老年にさしかかっているだろう男。

 どこかで見たことがあった。


(前に、謁見の前で……)


 王のすぐ近くにいた者たちだ。

 

「どうやら父上は、神官をとらえているようだ」

「はい、兄上。……どうやら秘密裏に手の者を動かしているようですが……」

「地下には、拷問官が派遣されているようです」

「なんだと……!? 神官をひそかにとらえて拷問など……神殿が黙っていないぞ……!」


 ひそひそと話す彼らは、蝶子に話を聞かれているとは思っていない。

 だからこそ出てきた神官の話題に、蝶子はぐっと顔をしかめた。


(フォルトさん……!)


 酷い目にあっていると知り、蝶子はさっと彼らから離れた。

 はやく、ここから彼を連れ出さなくてはと、目的地の地下へ続く扉の前に立つ。

 そこには、隠しているものがあるからこそだろう、行く手を阻む番人がいた。


(ふたりか……)


 いくら見えていないといっても、目の前で扉が不自然に開けばおかしいと思うだろう。

 蝶子は騒がれないように、彼らに眠りの魔法をかけた。

 立ったまま寝るという器用な姿をさらした彼らを起こさないように、蝶子は鍵開けで扉を解錠するとそっと中に入りこんだ。


 じめじめしていて空気が悪い地下。

 下へ続く階段を、蝶子は足音一つ立てずに降りる。

 やがて最下層につくと、一番奥に人の気配を感じた。


「――フォルトさん……!」


 鉄格子の向こう側に、鎖で吊されてぐったりしているフォルトの姿が見えた。

 思わず名前を呼べば、ピクリと頭が動いた。


「……チョーコ……? ――君、どうしてここに……!」


 ぼろぼろで怪我をしているが、蝶子の姿を認めるとたちまちその目に力が戻る。

 光属性の彼は、こんな暗い場所でもやはり強く、輝いていた。

 曇りのない輝きを目にして、蝶子は自分が間に合ったことに安心する。


「話は後。今助けるからね」

「ダメだ、鍵がかかって……」


 ガチャリ。

 難なく解錠を成功させると、蝶子は中に入りフォルトを拘束する枷も外した。

 

「……一体、どうやって」

「勇者は鍵開けも得意なんだよ」


 言いながらも、蝶子は途中で顔を曇らせた。


「……ごめんなさい、回復魔法は使えないの……」

「そんなことはどうでもいい。それより、はやく逃げるんだ。君はこんなところにいたら、ダメだ」

「うん、ちゃんと逃げるよ。フォルトさんと一緒に」

「――俺は……俺は、後でいい。君が神殿長に伝えてくれれば、きっと後で助けが来るから。その間の時間は稼いでみせる。だから、君はここから逃げるんだ」


 助けに来たのに、フォルトは必死な表情で蝶子を遠ざけようとする。


「フォルトさん、私は自分の意志でここに来たの。だから、フォルトさんが嫌だって言ったって一緒に連れて行くよ」

「――嫌なわけがあるか……! でも、ダメなんだよ。いいか? 俺は、勇者を監視しろっていう命令で君の所へ行ったんだ。この命令には、王家が絡んでる。王は君を反逆者にして討ち取りたいんだ。証言をでっち上げてでも……! だから、俺はここに捕まったのは自業自得だ。君はとにかく、俺と関わりがなかったことにして……」

「知ってたよ」


 まくしたてていたフォルトの言葉が、ぴたりと止まる。


「そんなの、最初から知ってたよ」

「――知って……ああ、そうか……やっぱりか」


 薄々察していたのだと、フォルトは力なく項垂れる。


「でも一緒にいたら、そんなことどうでもよくなっちゃってた」

「……っ……」

「ごめんなさいフォルトさん。ひとりがいいなんて、嘘だよ。誰もいらないなんて、二度と言わない。お願いだから、私と一緒に帰って」

「…………」


 フォルトの顔が、痛みとは別の感情で歪む。


「……チョーコ」

「うん」

「帰る場所は、あの森じゃなくてもいいか?」

「……え」

「俺を連れて出れば、王はおそらく君に追っ手を向ける……そうなると、あの森での静かな暮らしを捨てなければいけなくなる――それでも、いいか?」


 蝶子は、フォルトに手を伸ばすとよろける彼を支えた。


「一緒なら、どこだっていいよ」

「そうか――それなら、俺を……君の帰る場所にしてくれ」


 ぎこちない動きだが、しっかりと腕が蝶子の背中にまわってきて、夢と同じようで違う言葉がかけられる。


「うん。喜んで」


 自然と唇が持ち上がり、目尻がたれる。

 顔を上げて、しっかりと返事をすれば、フォルトは微かに息を呑んでそれから、彼も笑った。


「――笑った顔、初めて見た」

「……そう?」

「ああ。ずっと、見たかった。……ずっと、俺が笑わせてやりたかった……」

「そっかぁ、……じゃあフォルトさんの狙いどおりだ。私、フォルトさんがいないと笑えないみたいだから」


 だから、離れないと呟けばフォルトは「ああ、離さない」と返す。

 

「そこまでだ、反逆者」


 冷たい声が響いたのは、その直後だった。

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