第14話 あたたかいスープ
蝶子の元にある、湯気立ち上るスープには……。
(これ、具が入ってない……)
あれだけ食材を買ってきたのだ、具無しスープなんて病人が食べるわけでもないのにどうしてだろう……?
具無しスープが好きなのだろうか?
でも買い出しに行ったのだ、お腹がすいているはずでは?
色々と思うところはあったが、疑問を口には出さないで、蝶子はスープをすくい口に運ぶ。
――あたたかい。
ほんの少し塩気があって、それから野菜の甘みが出ている。
久しぶりの、手料理の味が舌に広がり、飲み込むとじわーっと体全体にあたたかさが広がっていく。
「……おいしい」
思わず蝶子が呟けば、フォルトは嬉しさと得意さが入り交じったような、ニカッとした笑顔を浮かべた。
(……そっか、これ、私のためだ)
その顔を見て、蝶子は気付いた。
具が無いのも、薄味なのも、全部自分のために作ってくれたからだと。
(私が久しぶりに物を食べるから……)
胃がびっくりしないようにとの配慮だったのだ。
本当は必要のないことだ。
だって加護は、どこまでも蝶子の体を便利にしてくれたから。
食べなくても平気なように、いきなりなにか食べても平気なのだ。
それでも――フォルトの気遣いが、嬉しかった。
「おいしい……本当に、おいしいです、フォルトさん」
「それはよかった。……でしたら、また一緒に食事してくれますか?」
「――え?」
「きっとチョーコは、食べることの楽しさを忘れただけなんですよ」
ひとりで食べる食事は味気ない。
食べなくても平気になった体で、ひとりとる食事も同様に、いやそれ以上に味気なく……寂しいものだっただろう。
言われて蝶子は考えた。
「……私がいると、食事が不味くなるから。だから、ひとりで……」
そうすると、必然的に食事は必要なくなった。
それだけのことだと蝶子は思っていたが、フォルトは険しい顔になった。
「それ……さっきも言いましたよね? 以前、誰かに言われたんですか?」
「……分からない」
「分からない?」
「いっぱいいたし、名前も知らない人ばかりだし、分からないの」
「――なんだ、それ……!」
フォルトの口調が乱れた。
彼は、怒るときらきら神官の面がズレる。
だから、蝶子は食事の場に不用意な話題をあげたせいで彼が気分を害したと思った。
「ごめんなさい。つまらない話をして――」
「そうじゃない……! 君は悪くない、その不特定多数の奴らが……! こんな女の子に――なに考えてんだ、そいつら!」
意外な言葉に、蝶子は目を見張る。
フォルトは、今、怒っている。
自分のために、怒ってくれた――それがとても意外で、新鮮で……。
「……ありがと、フォルトさん」
「チョーコ?」
「でも平気だよ。すぐに慣れたし、もう前のことだし」
「……慣れるなんて、そんな」
「勇者だから」
そう言うと、フォルトが黙る。
自分はやっぱり、言葉選びに失敗したと思い、蝶子は話題を探した。
「あの、それで……フォルトさんが嫌じゃないなら……」
「……っ、ああ。――これからも、一緒に食べよう」
きらきら神官モードが外れたフォルトが、こらえるように目を細めて頷く。
「俺が、なんでも作ってやる……! だから……少しずつでいいから、思い出していこう」
「?」
「食べるのは、楽しいって」
それは、まだまだこの家に留まるという意味。
(……世話係なんて、適当でいいのに……)
きっと、この人は優しいひとなのだ。
蝶子は所詮、異世界から呼ばれた勇者で、この世界のために使われる消耗品でありただの異物。
そんな存在である勇者に、ここまでしてくれる人なんて、今まで誰もいなかった。
「……フォルトさん」
「なんだ? 朝食のリクエストか? なにが食いたい?」
「ううん。違うくて……口調が崩れてる」
「――っ!」
しまった、という顔をしたフォルトは片手で顔を隠してから「実は……」と切り出した。
「こっちが素だ」
「それは分かる」
「気付いてたのか!?」
「時々、口調が変わってたよ。だから、公私を使い分けてるんだろうなって思ってた――フォルトさんが、楽な話し方でいいよ」
これからも、まだ……もう少しだけ一緒にいるなら、その方がいいだろうと告げればフォルトは目を大きくして、またニカッと笑った。
「それじゃ、君も楽な話し方でいいぞ……だが、その前に……とりあえず、スープのおかわりどうだ、チョーコ?」
「……っ……うん、いただきます」
スープのおかげだろうか。
蝶子はぽわぽわとした心地よいあたたかさを感じていた。
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