第15話 半月の変化

 ――フォルトが迷いの森へやって来て、半月が過ぎた。


「チョーコ、朝だぞ~!」


 階下から響く声に、蝶子は部屋の扉を開けて答える。


「いま行く」


 言いながら階段を駆け下りると、見慣れた割烹着姿の彼が待ち構えている。

 神官の服といえば裾も袖も長くてひらひらぶかぶかした物を想像するが、フォルト曰く「ひらひらしたローブで調理が出来るかと!」ということで、作業する上での基本スタイルは割烹着らしい。


 まぁ、神殿でもわりと年配の人が好む服装で、若い神官はダサいと評してまた別の格好をするらしいが――話を聞いたとき、蝶子は「エプロンとかかな?」と思った。


 自分の世界でも割烹着はおばあちゃんが着ていたから、懐かしい。

 それに、なんだかフォルトには似合っている気がする。

 そのまま伝えると、彼は得意そうに「そうだろう、そうだろう。君はよく分かっている」なんて嬉しそうだった。


 ――こんな気安い話が出来る程度に、共に暮らす半月でふたりの距離は近づいた。


「おはよう、チョーコ」

「おはよう、フォルトさん。それ、テーブルに運ぶよ」

「ああ、頼む。ミルクスープ、熱いから気をつけろよ」


 野菜たっぷりのミルクスープが二皿乗ったトレイを受け取り、蝶子は食卓へ運んでいく。

 並べていると、フォルトもやって来て、そろって席に着く。

 ――そして、神官であるフォルトは祈り捧げてから、いただきますとなるのだが……今日のフォルトは、お祈りが終わっても食事に手を付けず、じっと蝶子を見ていた。


「どうしたの?」

「顔色が悪い」

「それは、気のせいだよ」

「……チョーコ、俺は徹夜はやめろと何度も言っているだろう」


 ――始まった。

 スープを一緒に食べた時から、ふたりの距離は近づいた。この異世界で、誰よりも近しい人間はと問われたら、蝶子はフォルトだと即答する。

 だが、同時に戸惑う時があるのだ。

 

 フォルトは当たり前のように名前で呼んでくれる。

 気遣ってくれる。

 それから、今みたいに……ごく自然に、心配し、叱ってくれる。

 

 すると、なんだか蝶子はバツが悪いというかもぞもぞするというか……落ち着かない気分になるのだ。

 今も、くすぐったい感じがしてそれを誤魔化すように、もごもごと言い訳する。


「……徹夜じゃない。私は寝なくてもいいんだから」

「それは実質、連日連夜の徹夜じゃないか。……どうするべきか」


 別にフォルトが悩むことではないのに、と蝶子は首をかしげる。

 しかし、彼は難しい顔でうんうんと唸っている。

 自分の事で、ここまで親身になってくれる人を蝶子は、この世界で初めて見た。


 今の蝶子は、 眠らなくてもいい、食べなくてもいい。

 だが、しかし。


(しなくてもいいけど……不要なわけじゃなかったんだなぁ)


 フォルトと一緒に生活するようになって、しみじみと思う。


 フォルトと一緒に食べると、美味しい。

 思い切って食事を一緒に作ると申し出たとき、彼は喜んでくれたし、蝶子も楽しかった。

 彼が買い込んできた食材を、新鮮なまま魔法を使って保存できると教えたときの、あの嬉しそうな顔と感謝の言葉を思い出すと、嬉しくなる。 


 持て余していた自分の力。

 その使い道を、戦うこと以外に見いだせたことは、蝶子にとっても喜ばしいことだった。


――だから、もしかしたら……と今になって思ってしまう。


自分がもう少しがんばっていたら、この世界に受け入れられたんじゃないかと。

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