第13話 食卓への誘い

 チカチカ。

 視界の端で、光が点滅する。

 それに気付いた蝶子は、書き物の手を止め、立て掛けてあった剣に手を伸ばした。

 装飾部分にはめ込まれた宝石が、切れかけの電球のように点滅を繰り返している。


「あぁ……そっか、もうそんな時間か」


 ふと窓の外を見れば、夕焼けが広がっている。

 そろそろ、挨拶に行かないと、フォルトが食事をとれないだろう。

 ついつい時間を忘れがちになる自分に合図を送ってくれた相棒に「ありがとう」とお礼を言うと、点滅はピタリと止む。


 それを確認し、蝶子は剣を机の上に置いた。

 

 この剣も、貧乏くじをひいたものだ。

 本当なら、勇者と共に魔王を討伐するという華々しい役割を与えられた〝聖剣〟だというのに。


(魔王の娘と、この国の王子が恋人になったから、もう戦うなとか……。魔王を倒せば聖剣は消えるって伝説らしいけど……それを取り上げられたからね……)


 本来の役目を果たすどころか、こんな森の奥でタイマー係をやらされるなんて。

 

(私たち、そろって不要品にされちゃって……ごめんね)


 気の毒だとは思うが、他にやることがないのだから仕方がない。

 ――気の毒といえば……ここに留まる決意をしたフォルトも気の毒だ。

 

 普通の人間にしてみたら、ここでの暮らしは不便だろうに。


 そんなことを思いながら、階段を降りる。

 朝とはまた違う、いい匂い。


「ちょうど良かった、今、お呼びしようと思っていたんです」


 割烹着に三角巾をしたフォルトが、お玉片手に微笑んだ。


「チョーコ。一緒に食べましょう」


 きらきらした笑みをぼけーっと見ていた蝶子は、言われたことがとっさに理解出来なかった。


「……え?」

「スープを作ったんです。あたたかいうちに、一緒に食べましょう」


 聞き違いではない。

 だとしたら、フォルトは物忘れが激しいタイプなのか。

 少し心配になり、蝶子はおずおずと言った。


「あの……前も言ったけど、私は……」

「食べなくても平気、でしたね」


 こくりと頷く。

 ああ、よかった。別に忘れたわけではなかった。

 だとしたら、どうしてそんなことを言い出すんだろう。


(意地悪……でも、なさそうだし……)


 いよいよ分からなくなって、蝶子は戸惑い気味にフォルトを見上げた


「……だったら、どうして?」

「食べなくても平気ということは……食べられないというわけではないのですよね?」

「……それは……まぁ」


 蝶子が頷くと、フォルトはにっこりと笑った。


「だったら、私に付き合っていただけませんか」

「え?」

「……ひとりで食べるのは、なんだか味気ないんです」


 神殿では、いつも大勢で食事をしていましたので……なんて寂しそうに言われてしまえば、無下に断るのも悪い気がして、蝶子は返答に詰まった。


「ね? いいでしょう?」

「――っ」


 そのまま、ぐいっと近づかれ懇願されてしまい……押し切られる形で蝶子は頷く。


 ――困った。

 人とこんなに近い距離で話したのは、もめ事以外では初めてで、うっかり承知してしまった。


(でも、いいのかな? フォルトさん、嫌じゃないのかな?)


 勇者め!

 アイツのせいで仲間が死んだんだ!

 陰気くさい面を見ると飯が不味くなる!

 もうここの戦闘は終わったんだから引っ込めばいいのに!


 ―― さっさと 消えろ !!


 以前、不特定多数に言われた言葉を思い出し、蝶子はその場に立ちすくんだ。

 フォルトは食卓に器を運んでくる。


「お席にどうぞ?」

「…………」

「チョーコ?」

「本当に、いいの? ……私がいると、食事がまずくなるって……」


 一瞬、フォルトは眉をひそめた。

 だが、スープの入った器を置くと、にこりと笑う。


「俺が、お願いしたんです。ひとりで食べるのは寂しいので、一緒に食べて下さいって」

「…………」


 ほんの少しだけ崩れた口調。

 だけど、それだけに彼が本心で言ってくれた気がして、蝶子は頷いた。


 いままで使う機会もなかった食卓へ恐る恐る近づき、椅子に座る。


「それじゃあ、いただきます」

「……いただきます」


 湯気が立ち上る、琥珀色のスープ。

 スプーンを手にしたところで、蝶子ははたと気付いた。

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