亀山くん、勝利する



 クラスの子たちは気がかりそうに亀山くんを見やりながら席につく。

 亀山くんはその視線に潜んでいるものが何であるかを、正確に理解した。

(皆、僕のことを怖いと思ったんだ……これからは僕のことをかばってくれなくなるだろうなあ。僕が優しくて鈍くてノロマじゃなくなったから)

 でも、だからといって不安になったりはしない。『やらなきゃよかった』と後悔なんかしない。『やってよかった』としか思えない。とてもせいせいした気持ち。





 授業が終わった。

 亀山くんは堂々と教室の真ん中を通り、大手をふるって廊下に出て行く。

 クラスの子は、誰も亀山くんに話しかけようとしなかった――実のところこれまでも、ずっとそうだった。用事を頼むときと彼がいじめられたとき以外、誰も彼に声をかける必要性を感じていなかったのだ。

 だけど今、話しかけようとしない理由は、それではない。

 亀山くんが、都合のいい存在ではなくなったからだ。下手なことをしたら反撃してくる相手だと分かったからだ。

 亀山くんは、恐々見つめてくるような視線や、ひそひそ声から、そういった皆の心境の変化を感じ取った。そして、生まれてはじめての達成感を覚えた。

(これからは、つまらない用事を押し付けられることもなくなるな。浮いた時間で何をしよう)

 うきうきした心持で職員室の近くを通る。

 すると、菊野たちが先生と話している声が聞こえてきた。

「仕方ないだろう。お前達も、いつも亀山をいじめていたじゃないか。ケンカはやったりやられたり、だ」

「でも、俺たち亀山にあそこまでのことはしてないです。菊野くんは投げ飛ばされてお腹にあざが出来たし、足も蹴られて……」

「もういい加減にしろ。その程度のことでなんだ、情けない。嫌なことは嫌とはっきり言わなくちゃいかん。しゃんとしろ。もう五年生だろう。いつまでも泣いていたら情けないぞ」

(……あれは昨日僕が聞かされた台詞だなあ)

 感慨に耽りながら亀山くんは、学校を出て行く。

 鼻歌を歌いながら帰る道々、ふと思い立つ。

(そうだ、ため池に行ってみよう)

 足の向きを変え公園に向かう。

 公園は、昨日と何もかも同じだった。遊具で遊んでいる小さな子、その親、鳩にエサをやるおばさん、犬の散歩をしているおじさん……。

 でも亀山くんは昨日と同じ亀山くんじゃない。気配を殺すこともなく、胸を張って歩いていく。

 カメは――いた。変わらず甲羅干しをしている。

「おおい」

 亀山くんが呼びかけても知らん顔だ。エサをくれないなら用はない、と言わんばかりに。

 亀山くんはちょっと笑った。

 それから竹やぶへ入っていった。

 あのやせた女の子のことが気にかかってしょうがない。ババ様に相談してみると言っていたが、果たしてあの後どうなったのだろう、と。

 でも……それを確かめることは出来なかった。竹やぶはただの竹やぶに戻っていた。お菓子の家なんてどこにもなかった。入って一分もしないうち、公園近くの駐車場に出てしまった。

(もうあの子には二度と会えないのかな。いや、会ったところで食べようとして来るんだろうけど、でも……)

 がっかりする彼の目の前を、風に乗ってひらり、灰色のものが横切る。

 ぱっと捕まえてみれば、あのアルミホイルの落ち葉である――多分。もしかしたらただのアルミホイルの切れ端――いいや、こんな葉脈が入った切れ端なんてない。

 亀山くんは落ち葉を大事にポケットにしまいこみながら、こう考えた。

(もしあの話がうまくいったなら、またどこかで会うこともあるかもしれないな。お菓子を売るなら人間の住むところへ、出てくるんだろうし)

 改めて彼は家に帰る。また鼻歌を歌いながら。

 今日は朝から一度も甘いものを口にしなかったことに、気づかないままで。





「デブないじめられっ子亀山くんはいかにして魔女っ子と出会い人生観を変え、いじめっ子達に復讐を果たしたか」終






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デブないじめられっ子亀山くんはいかにして魔女っ子と出会い人生観を変え、いじめっ子達に復讐を果たしたか ニラ畑 @nirabatake

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