亀山くん、いじめっ子に報復する


 翌日学校へ行くと、早速菊野たちが絡んできた。

「おーいデブ、デーブー」

「デブー」

 こんなとき亀山くんは、極力相手と目線を合わせないようにしていた。刺激したくなかったから。

 でも今日、初めてその習慣を破った。菊野たちを正面から見据えた。

 そしたら彼らは、これまでより二回りも縮んだみたいに見えた。

(あれ……菊野たちって、もしかして僕より背が低かった……?)

 クラスの子たちは誰も割って入ろうとしない。また始まったという顔でこちらを眺めている。

 それをもって亀山くんは、自分の推測が正しかったのだと悟る。

(やっぱり皆僕について、関心をさほど払わなくていいと思ってるんだ。僕がいじめられてるのは、皆にとって、ただの日常の出来事なんだ……)

 ついで、よしやるぞという意気込みをわかせる。誰も助けてくれる気がないなら、よろしい、自分で何とかしよう。

「うるさい」

 亀山くんがそう言ってきたことに、菊野たちは腹を立てた。亀山くんが亀山くんとしてやるべきことをやってないという気がしたから。

「は? デブ。お前今なんて言った」

 菊野は怒ると鬼みたいに怖い顔になる。これまで亀山くんはそう思っていた。でも太った魔女の形相を見た後では、ちっともそう感じられない。こんなに迫力のないものだったかといぶかしんでしまう位だ。

 そのため驚くくらいすらすらと、言いたいことを口に出来た。

「うるさいって言ったんだよ。前から思ってたんだけどさ、やめて欲しいんだよそういうこと言うの。君たちは頭も性格も悪いから、そういうこと言うのを面白いと思ってるのかも知れないけどさ、ただただ気分が悪いんだよこっちは」

 菊野たちの目が点になった。亀山くんがこんなことを言ってくるなんて全く予想していなかったものだから、どう返すべきなのか分からず、ぽかんと相手を見ているばかり。

「僕はさ、分かりやすく言うとさ、君たちの存在にうんざりしてるんだよ。大嫌いなんだよ。近づいてきて欲しくないんだよ。転校する予定とか、ないの?」

 そこまで言われて菊野はやっと、亀山くんから攻撃を仕掛けられていることを理解した。

 普段バカにしている相手からバカにされたのが、猛烈に腹立たしい。猿みたいに顔を赤くし、怒鳴り声を上げる。

「なんだ、デブ! なめんなよ!」

 思い切り亀山くんの足を蹴る。

 その直後彼は、呆然とした。なんとあの亀山が、ノロマで気が弱くてすぐ泣くデブの亀山が、足を蹴り返してきたのだ。それもかなりの強さで。

「なにすんだよ! ざけんなデブ!」

 もちろんすぐさま反撃したが、亀山くんは全く怯まないし泣きもしない。どんどん蹴り返してくる。目を吊り上がらせて。

 渡辺と酒井は焦る。どうにか事態をいつもの流れへ戻そうと、菊野に加勢する。亀山くんを後ろから叩く。

「やめろデブ、なにしてんだよ!」

「人の足蹴ってんじゃねーよ!」

 亀山くんはぎこちない動きで(何しろこれまで喧嘩なんかしたことないのだ)力の限り腕を振り回し、二人を押しのけようとした。

 そうしたらちょうど右の手の甲が、しこたま渡辺の顎にぶつかった。

 渡辺は顎を押さえて、うう、とうめきうずくまる。

 実のところ亀山くんも手が痛かった。渡辺と同じようにうずくまってしまいたかった。でもそうすると菊野が逃げてしまいそうなので我慢した。物も言わず、蹴ることに集中する。

 それを見た酒井は、慌てて亀山くんの手が届かないところに離れる。教室から走って出て行く。

 クラスの子たちは、亀山くんの反撃に狼狽していた。誰も声をかけられないまま、騒ぎの成り行きを見守るばかり。

 亀山くんは頭の片隅で思う。僕が蛙を食べたカメを見ていたときも、今の皆みたいな顔をしていたんだろうなと。

 菊野は段々押され、教室の隅へ、追い詰められた。

 彼はもう亀山くんに腹を立ててはいない。むしろ亀山くんのことが、薄気味悪くなってきている。頭にあるのは、どうにかこの場を早く終わらせたいという気持ちだけだ。クラスの皆に向かって以下のように呼びかけ、強引に場を打ち切ろうとする。

「あーわかったよもういいよ! そんならこれからはお前に声なんかかけねえよ! おい皆、こいつ無視されたいんだってさあ! ならこれからそうしてやろうぜ!」

 直後、近くの机と一緒にひっくり返る。

 亀山くんが全力で体当たりしたのだ。

 この一撃で菊野は、すっかり怖気づいた。腹を押さえてしゃがみ、涙声を上げる。

「もうやだ、もうやだ、なんなんだよお前、もうやめろよぉ」

 亀山くんはしゃがんだ菊野の上に覆いかぶさるように身を乗り出し、真剣な顔で話しかけた。

「僕が言ってもいないこと、僕に成り代わって言うの止めてくれる? それもやっぱり僕にとっては嫌なことなんだからさ」

 菊野はこれになお怯えてしまい、わあわあ大声を上げて泣き始めた。それにつられるようにして、渡辺もすすり泣きをし始めた。

 そこで廊下から、どたどたした足音が響いてきた。

 酒井に連れられて先生が入ってくる。

 先生はざっと教室を見回し、驚いた様子だった。大股に亀山くんのほうへ歩いてきて、肩を掴む。

「おい、もうそのへんにしておけ亀山。菊野も渡辺も泣いてるぞ。泣いてるものをこれ以上いじめるな。お前が腹を立てたのもわからんではないがな。席に着け」

 本当に分かってるんだろうかとあやしみながら、亀山くんは席に戻る。

 菊野も渡辺も先生に何か言ってもらいたそうだったが、先生は亀山くんがいじめられたとき同様、そういう生徒の心の機微にさっぱり気づいていない様子だった。ひっくり返った机を直しながら、声を張り上げる。

「さあ、全員席に着け。チャイムが鳴ってるぞ」



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