亀山くん、魔女っ子説得に成功する
どうやら魔女の世界には、『人間以外の肉は食用に適さない』という一般常識が存在しているようだ。
どうしたらそれを改めることが出来るのか。考えながら亀山くんは、無意識にポケットを探った。
何かが指に当たる。
(あ、そうだ。僕、ハムとソーセージ持ってるんだった)
これを利用しない手はない。
ということで早速、その二つを女の子に差し出す。
「これ、試してみたらどうかな」
女の子は胡散臭そうに匂いを嗅ぎ、聞いてくる。
「これ、何?」
「ええと……おおむね豚の肉」
「わあ、豚」
女の子はさも嫌そうに顔をしかめ、首を振った。
「そういうもの食べたらお腹を壊すって言ったじゃない」
「壊さないよ。こんなにちょっとだもの」
「おいしくないし」
「そんなことないよ、おいしいよ――仮にもしまずかったってさ、吐き出せばいいだけでしょ。あげるよ。全部。どっちもおいしいよ」
何度もしつこく勧められるし、お腹はすいているしで、女の子はとうとうその気になったらしい。亀山くんの手からハムとソーセージを受け取った。
そして食べる……かと思いきやきびすを返し、歩き出す。
亀山くんは慌てて声をかける。
「どこ行くの」
女の子は肩越しに振り返り、言った。
「家に帰るの。お肉は生まで食べるものじゃないわ。ちゃんと煮込まないと」
「ま、待ってよう」
亀山くんは彼女についていく。このまま森の中に取り残されてしまったら、もとの世界へ帰りつけなくなりそうだから。
少なくともお菓子の家は、あの竹やぶと繋がっている。戻る道さえ間違えなければ、ちゃんとため池まで戻れるに違いない。多分。
いや、きっと。
女の子は沸かしなおした鍋に、包丁で細かく刻んだハムとソーセージを入れた。形がなくなるまで丁寧に煮込んだ。
お玉でそれをすくい、皿に映す。スプーンですくって口に運ぶ。
「どう?」
との亀山くんの質問に、神妙な顔で答える。
「食べられなくはない……意外と。でも人間の方がおいしい。これ全然脂がない」
女の子の目が亀山くんの出っ張ったお腹に注がれる。
本能的な危機感を覚えた亀山くんは、早口に言った。
「それはあんまり煮たからだよ。生の豚肉は人間よりずっと脂身が多いよ。角煮っていう食べ物があるんだよ。脂身が特にいっぱいのところを選んで、甘辛ーく煮るの。口に入れると溶けちゃうみたいで、すごくおいしいんだよ――あと、トンカツとか、しょうが焼きとかいう食べ物もあって――」
女の子は料理の話になった途端、熱心に耳を傾け始める。ハムとソーセージのスープを、絶え間なく口へ運びながら。
「あなたが言う食べ物は、これよりも人間みたいな味に、近いかしら」
「さあ、そこはわかんないけど……」
亀山くんは不意に気づいた。女の子のやせこけていた顔が、段々丸みを帯びてきたことに。
どうやらスープを……というか肉を食べた効果らしい。そうしてみると彼女は、なかなかにかわいらしい顔立ちをしていた。
亀山くんはつい、じっと見てしまう。
相手が見返しているのに気づき、あたふた目をそらす。
「ああ、ええと、あのさ、人間の肉を食べるより、別の肉を食べたほうがずっといいと思うんだ。そう出来ない?」
「出来ない」
断言の後女の子は、ちょっと考え込み、こう付け加えた。
「時々はそれ以外の肉も食べていいかもしれないけど、でも、やっぱり魔女は人間を食べなきゃだわ」
習慣やしきたりというものは、すぐには変えられないらしい。
でも亀山くんは諦めない。粘り強く続ける。
「じゃあさ、それでもいいけどさ、こんなふうにお菓子の家で相手を騙して捕まえるっていうやり方はよくないと思う。ずるいよ」
「ずるくなんかないわ。むしろ一番親切なやり方でしょう。来ようと思ってくる相手だけを捕まえるんだから。人間の住処まで行って直に捕まえるというのは、お行儀の悪いやり方よ。さっきの子はしょっちゅうそれをやってるけど――あなた、わたしにもそれをやれっていうの?」
亀山くんは肝を冷やす。あの太った女の子が自分の家や学校の周囲をうろついている場面を想像してしまったのだ。
しかし、それは一旦忘れることにする。今しなくてはいけないのは、目の前の相手を説き伏せることだ。
「そうじゃないよ違うよ。僕が提案するのはもっと簡単で安全で効率的なやり方なんだ。魔女はお菓子を作れるんだよね、魔法で」
「うん」
「そのお菓子を人間に売ってお金をもうけたらいいんだよ。お金があったら、いつでも好きなものが手に入るよ」
女の子は目を見開いた。まさか、というように。
「売れるの? わたし達の作るお菓子、まやかしだけど」
「売れる売れる。君は知らないかもしれないけどさ、甘いものは食べたいけど太りたくないっていう人間、世の中にいっぱいいるんだから。そういう人にぴったりだよ、魔法で作ったお菓子は」
女の子はスープの残りを一気に飲み干し、亀山くんに詰め寄った。
「人間の肉も、買えるのよね?」
亀山くんは一拍置いて答える。
「買えないことはないと思う」
僕は嘘は言っていないぞ。だってニュースとかで見たことあるもん。心臓とか腎臓とか血とか売ったり買ったりする人たちがいるって――まあ、それは移植のためであって、食べるためじゃないけど。
そう思う亀山くんの前で女の子は、手を叩き合わせた。
「すてき。いい話を聞かせてもらったわ。早速ババさまに相談してみなくちゃあ」
そう言い残して彼女は、せかせかお菓子の家を出て行く。
亀山くんをひとり残して。
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