亀山くん、魔女っ子に食生活改善を求める


 亀山くんの意思表示を受けたおばあさんは、太った子に言った。

「どうやらこの子供は、あんたのものじゃなさそうだね」

 太った子は亀山くんを睨みつけた。亀山くんは目をそらした。彼女の顔があんまり怖かったので。

「お前はこの間も、他の子が取ったものを横取りしただろう。私の所にその手の苦情が、たくさん持って来られてるんだよ。いい加減にそういうことはお止め。それから、ろくに料理もしないで生で食べ散らかすのもお止め。魔女として恥ずかしいことだよ」

 説教を受け太った子は、面白くなかったらしい。おばあさんに大声で憎まれ口を叩く。

「なにさ、くしゃくしゃウメボシばばあ、くそばばあ!」

 おまけにおばあさんの顔へ唾を吐く要領で、火を吐きつけた。次いで木々をなぎ倒し逃げていった。

「誰がくそばばあだい! これ、お待ち!」

 おばあさんはそれを追いかけていく。地震を起こしながら。

 かくして場には亀山くんと、彼が最初に会った女の子だけが残る。

 女の子は爆発した頭を手で撫でつけ、元通りにした。それから、亀山くんに微笑みかけた。

「ババ様に正直に言ってくれてありがとう。あなたとてもいい人ね」

 そんな礼を言われても、亀山くんとしてはどう反応したものやら。だって彼女は相変わらず、自分を食べるつもりなのだ。次の言いっぷりからするに。

「さあ、一緒に帰りましょ。お鍋をほったらかしにして来ちゃったから、多分もう火が消えちゃってるわ。早くまた沸かしなおさないと」

 亀山くんは少し間を置いた後、女の子に言った。口ごもりながら。

「僕、君と帰りたくないんだけど」

 女の子はびっくりした顔をした。理解しかねるという調子で、亀山くんに聞き返す。

「どうして?」

「どうしてって、食べられたくないもん」

 女の子の顔が、俄然不機嫌になる。

「そんな勝手なこと言われても困るわ。わたしはあなたを食べたいのよ」

「……どっちが勝手なんだよ」

 思わず呟いた亀山くんは、はっと後ずさりした。女の子がこんなことを言い出したから。

「そんなわがまま言うなら、いいわよ。ここで命を抜いて、家まで運ぶから」

 真っ青になって、女の子に背を向ける。そうしたら耳元に小さな痛みが走った。静電気みたいな。

 それ以上のことは――何も起きない。

「あれ? あれ?」

 女の子が焦った声を上げた。喧嘩で雷を使いすぎ、ガス欠状態になっているようだ。

(チャンスだ!)

 亀山くんは逃げ始めた。相当疲れていたのでよたよたとしか走れなかったが、女の子はそんな走りにさえ追いつけない。どうやら彼以上に疲れているらしい。

「まてぇ、にげるなあ」

 と叫んだところで、針金のツタに足を引っ掛け倒れる。そのまま起き上がれず、わんわん泣き始める。

「ひどいひどい、わたしこんなにお腹がすいてるのに、このまままた人間が食べられなかったら死んじゃうう、わああああ」

(僕だって死にたくないのは一緒だよ)

 思いはしたけどあんまり女の子が泣くものだから、亀山くんはつい足を止めてしまう。振り返って見てしまう。

 女の子のやせてくしゃくしゃな顔が、なおくしゃくしゃに歪んでいた。こけた頬に涙が、後から後から伝い落ちる。

 絶対そういうことはないはずなのだけど、亀山くんは、自分が悪いことをしているような気分になってきた。

 どうにかこの場をうまいことまとめる方法はないものだろうか。と考える。これまでないくらい一生懸命に。

 おかげでぽんと、妙案が浮かんだ。

 いつでも逃げ出せるくらいの距離を保ちつつ、女の子にこう呼びかける。

「あのさあ、お腹がすいてるならお菓子の家を食べたらいいんじゃないの?」

 女の子はちょっと泣き止んだ。そして、呆れた顔をした。

「魔女はお菓子を食べないわ」

「なんで」

「なんでって、それがしきたりだもの。大体お菓子を食べたって、ひもじいのは一緒」

「……それ、どういうこと?」

「魔法で作ったお菓子はまやかしでしかないもの。味も匂いも歯ごたえもあって食べたような気になるけど、お腹の足しにはならないの。空気を食べるのと一緒」

 そういえば確かに、お菓子の家のお菓子をいくら食べても満腹にならなかった――と亀山くんは思い至る。

 でもだからといって女の子に食べられてあげる気には……もちろんならない。

「あのさあ、じゃあさあ、パンとかご飯とかそういうの食べたらいいんじゃないの……?」

 女の子は口の両側に指を突っ込み、大きく開いて見せた。太った子と一緒で、尖った歯がびっしり並んでいる。

「わたし達、肉しか食べられない」

 その迫力に亀山くんは怯んだ。でも説得は諦めない。自分の命がかかっているのだ。

「肉しか食べられないとしてもさ、人間に限らなくていいじゃない。牛だって豚だって鶏だっていいじゃない」

「そういう肉はよくないの。魔女には人間の肉が一番いいものなの。それ以外の肉はおいしくないし、食べたらお腹を壊しちゃう」

「そうなったことあるの?」

「わたしはないわ。そういうものを食べないように注意してる」

「……じゃあ、おいしくないかもお腹を壊すかも、分からないじゃない。もしかして本当はそうじゃないかもしれないじゃない」

「そんなことない。昔からの言い伝えは正しいもの」



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