魔女っ子二人ケンカする



 放り出された亀山くんは茂みの上に、お尻から落っこちた。

 針金の枝がズボン越しにぶすぶす刺さる。

「いたっ! いたっ! いたあっ!」

 大声を上げ、跳びあがってそこから抜け出す。手足を引っかき傷だらけにしながら。

 大女と女の子は、そんな彼のことなどおかまいなしに喧嘩を続ける。

「よくもやったねこのチビ! ガリガリの骸骨!」

「なにさ、ドロボウ! いやしんぼのデブデブ!」

 炎の赤と雷の白が交互に森を染めた。耳がおかしくなりそうなほどの轟音が響き渡る。

 亀山くんは地面に伏せ体を丸めた。どっちの攻撃にも巻き込まれないように。世界の終わりってこんな感じだろうかと思いながら。

 ただ幸いなことに、危機的状況はそう長く続かなかった。

 大女がどんどん縮んでいくのだ――最終的に女の子と同じくらいの大きさにまでなってしまう。それにつれて吐き出す炎もどんどん小さくなっていく。女の子のほうも、体こそ縮みはしなかったが、出す雷がどんどん小さくなっていく。

 最終的に両者の間を行きかう炎と雷は、手のひらサイズにまで弱まってしまった。

 亀山くんはほっとして胸を撫で下ろす。この程度ならとばっちりをくったとしても、そうひどい目に遭うことはないと。

 改めてよく見れば、大女は――いや、『もと』大女は女の子同様、亀山くんと大して年の変わらない外見をしていた。その巨大さとどぎつい化粧によって、うんと年上のように錯覚してしまったらしい。

(でも、なんで急にあんなに縮んだんだろう、あの太った子。炎も出なくなってるし――あっちのやせた子のほうも、雷が出なくなってるし)

 もしかしたら魔法というものは、無制限に使えるものではないのだろうか。使いすぎると出なくなるものなのだろうか。それならば。

(このままどっちも力を使い果たしてくれるなら、僕、逃げられるかも)

 そんな算段を亀山くんが立てているとは露知らず、二人の魔女は喧嘩し続ける。

 炎と雷が品切れ気味になったので、直に手が出始めた。

 太ったほうが痩せたほうに思い切り張り手を食わせた。バチインと大きな音が響く。

 痩せた子の片頬がたちまち真っ赤になった。

 亀山くんは自分がひっぱたかれたかのように首をすくめる。

(うわあ、痛そう)

 しかし痩せた子は怯むことなく太った子の手に噛み付いた。

「ぎゃあっ! 何すんだよう!」

 太った子から髪を引っ張られても叩かれても絶対に離れない。逆に相手の頬を引っかき、目に指を突っ込もうとする。その攻撃の激しさに亀山くんは度肝を抜かされ、思わず見入ってしまう。

 太った子が悲鳴を上げ始めた。

「放せ! いたたたた! 放せようこのチビ、放せったらあ!」

 痩せた子が噛み付いたところから、赤いものが滲んできた。

 血だ。

 亀山くんは、首をすくめる。太った子は今どのくらい痛いんだろうと考えて、身震いする。けど、やっぱり目が離せない。喧嘩なんて、見るのもやるのも好きじゃないはずなのに。

 そこへ突風が吹いてきた。

 アルミホイルの枯葉が一斉に舞い上がり顔に当たってくる。

 くぐもった低い声が聞こえてきた。

「お前達、何をしておいでだい。うるさくて眠れやしないよ」

 亀山くんの下顎が、がくんと落ちる。

 縮む前の太った子より更に更に巨大な、怪獣といっていいほど大きなおばあさんが、のしのし森の向こうから歩いてきたのだ。

 長い白髪、クチバシみたいに尖った鼻、頭巾がついた黒い服。

 おばあさんを見た途端太った子は、わあっと泣き出した。

「ババさま、ババさま、この子があたしの手を噛んだあ。あたしをいじめたあ」

 それは違うんじゃないだろうか。いじめたのはむしろこの太った子の方ではなかっただろうか。

 疑念を抱く亀山くんの前で、やせた女の子が、負けじと声を張り上げた。亀山くんを指差しながら。

「ババさま、この子がね、わたしが捕まえたこの子供を横取りしようとしたの!」

 急に揉め事の只中へ引きずり出されて、亀山くんは凍りつく。

 おばあさんは腰をかがめ、亀山くんより大きな目玉を、亀山くんに近づけた。そして聞いてきた。

「お前、どっちに先に捕まったんだい?」

 亀山くんは物も言えないまま、やせた子のほうを指差した。先ほどのことを考えてみるに、太った子のほうを指差したが最後、その場ですぐさま食べられてしまいそうだったからだ。


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