亀山くん、別の人食い魔女っ子に掴まる
水音が聞こえてきた。
亀山くんは不意に、喉の渇きを自覚する。これまで経験したことがないくらい、強烈な渇き。体の内側が火事になっているみたいだ。
だからして、一も二もなく水音のほうに向かう。
しばらく歩いていったら、川に出た。とうとうと流れる、水量豊かな川だ。
でも、底が見えないくらい赤茶色に濁っている。加えて錆び臭い。校庭にある、塗装がはげた鉄棒の匂いにそっくりだ。
「うわっ、なんでこんなに濁ってるんだよ……これじゃ飲めないよ」
亀山くんは恨めしげに水面を見つめる。待っていたら少しは水が澄んでくるんじゃないかと期待して。
しかしながらそういうことは起きなかった。川はずっと赤茶色。錆の匂いもそのまんま。
亀山くんはとうとう我慢できなくなった。濁っていても錆臭くても水は水だと考え直し、両手ですくって飲んでみる。
予想通り、鉄臭い味が口いっぱいに広がった。
「おえっ」
しかめ面をして舌を出す。
それからまたすくって飲む。喉の渇きが収まるまで。
「ああ、まずかった。お腹壊さないかな」
ぶつくさ独り言を言ったその時、地面が揺れた。
対岸から大きなものが近づいてくる。
亀山くんは慌てて川原から離れ、大きな木の陰に身を隠す。
ほどなくして視界一杯に、ピンク色の壁が現れた。
いやよく見たら壁ではない。ピンク色のフリルドレスを着た大女の腹だった。
大女はとてつもなく太っていた。真っ青なアイシャドー。熊手みたいな付けまつげ、真っ赤な口紅といった派手派手しいご面相。片手にドラム缶くらいあるジョッキを持っている。
あまりの迫力に、亀山くんは身動きがとれない。
(な、なんだろあれ……)
とりあえず息を潜め様子を見守る。
大女がジョッキで川の水を汲み、飲み始めた。ごっごと喉が鳴る音が、亀山くんのいるところまで響いてくる。
(早くどこかに行ってくれないかなあ)
そんなことを彼が考えていた矢先、大女が、突然水を飲むのを止めた。
鼻をうごめかし、ぎょろぎょろあたりを見回し……そしてなんということか、川をざぶざぶ押し渡り、亀山くんのいる方向に向かってくる。
亀山くんは逃げようとしたが、全然間に合わない。あっという間に大女に見つかり、掴み上げられてしまう。
「おやおや、まぁあ、なんてよく太ったおいしそうな子供だろう」
亀山くんの目と鼻の先で、大女の口が耳まで裂けた。
口の中に生えている歯は、鋭く尖ってぎざぎざだ。おまけに、何重にも重なって生えている――鮫のように。
亀山くんは悲鳴を上げる。
「うわあああ! 化け物、妖怪ぃ!」
大女はげたげた笑った。意地悪そうに。
「あたしは妖怪でも化け物でもないよ、坊や。この森一番の魔女さ」
魔女。また魔女。そうだとしたらさっきの女の子の方が断然ましだと亀山くんは思った。とにかく隙を突いて逃げることが出来たわけだから。
でもこの大女相手には、そんなこととても出来そうにない。
どうして僕がこんな目に遭うのか。お菓子を食べ過ぎたからか。だったらもう二度とお菓子なんか食べないから助けてください神様。
亀山くんは泣きながら大声で叫ぶ。
「たあすけてえええ!」
すると応答があった。もちろん神様からではない。
「それ、食べちゃだめーっ!」
包丁を手にした女の子が森の奥から跳びだしてくる。そして大女に、激しく抗議する。
「ちょっと、それわたしのよ! わたしが捕まえたのよ、返して!」
大女は女の子を、鼻であしらった。
「捕まえたとしても、逃げられたんだろ。ならもうあんたのものじゃない。あっちに行きな、チビ」
女の子はめいいっぱい背伸びして、なおも激しく言い募る。
「獲物は一番初めに捕まえた人のものだっていうのが、魔女の決まりでしょう! それを無視する気、ドロボー!ドロボー!」
大女は眉間にしわを寄せ、かっと口を開いた。喉の奥から炎が吐き出される。女の子に向けて。
大女の顔の近くに掴み上げられている亀山くんの髪の毛に、火の粉が散って火がつく。
「あっつ! あっつあっつ!」
亀山くんはばたばた手を振り回し、頭をかきむしった。
一方女の子は、炎をまともに正面から受けた。
森の奥まで吹き飛ばされてしまう。
一応すぐ戻ってきはしたが、全身真っ黒こげ。髪はちりちりに縮み大爆発。包丁はどこへ吹き飛んだのか、なくなっていた。
大女はそれを見るや、森が震えるほど大笑いした。
「あっはっは! お似合いだようあんた、そのいかした髪型!」
女の子が大女を睨む。ぎらぎらした目で。
「よくもやったなっ! これでも食らえ!」
空気を切り裂いて稲妻が走った。それはまことに正確に、大女の脳天へ命中する。
「ぎゃあっ!」
大女は亀山くんを放り出した。さっき亀山くんがそうしたように頭をかきむしり、ついた火を消した。
そうしてみれば彼女の頭も女の子と同じく、大爆発。ピンクのドレスも真っ黒こげ。
今度は女の子が大笑いした。
「あははははは! あんたのほうがお似合いよ! その髪型!」
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