亀山くん、人食い魔女っ子に捕まる


ドオンという重い音と振動。

「うわあっ」

 亀山くんは身を縮こまらせた。

 直後目の前の壁がばたんと勢いよく開く――どうやら隠し扉があったらしい。

 女の子が出てきた。

 年は大体亀山くんと同じくらいに見える。黒い長袖のワンピースを着ているが、あんまりやせているせいで、だぶだぶの袋に穴を開けて着ているみたいだ。

 亀山くんは反射的に、相手のことが心配になった。こんなに癒せた人、これまで見たことがない。

(この子大丈夫なのかな……拒食症とか、そういう病気じゃあないよね……)

 でも、女の子は見かけに反し元気いっぱいだった。亀山くんが閉じ込められた檻に小走りで近づいてきて、バンザイする。

「わあ、やったあ! つかまえた! こんなに立派なおおきいの!」

 ドッキリがうまくいったことを喜んでいるのだろうと亀山くんは思った。ならばこちらも何かリアクションしてみせたほうがいいかな、と気を回す。

「わあ、びっくりした!」

 だけど女の子は、それに反応してくれなかった。

(僕の演技、下手だったのかな……)

 亀山くんは恥ずかしくなってきて、女の子から目をそらす。

 女の子はその行動にもこれといった反応を示さなかった。変わらずにこにこしているだけ――かと思いきや突然変なことを言ってきた。

「あなた脂身が一杯ついてて、すごくすてき」

 嫌味を言われたのかと亀山くんは一瞬思ったが、どうも違う。女の子の表情はあまりにも邪気がない。

「脂身ってすてき」

 重ねて言って彼女は、暖炉にロールケーキの薪をぽんぽん放り込み始めた。

 俄然火力が増した。

 室内の温度が急激に上がった。

 火の粉がぱちぱち爆ぜる。離れたところにいる亀山くんの顔まで、むわっとした熱風が吹き付けてくる。

 女の子が隠し扉の奥へ引っ込み、大きな鍋を持ってきた。

 鍋を暖炉にかかる吊り鉤に吊るし、また奥へ引っ込み、水が入った桶を持ってくる。

 水が鍋に注ぎ入れられた。程なくしてふつふつ沸き始めた。

 亀山くんはそわそわしてきた。なんだかこのドッキリ、種明かしまで時間がかかりすぎていないだろうか。女の子以外が現れてくる気配もないし……。

(僕、いつまでこうして待ってたらいいのかな。夕方までには家に帰らないといけないんだけど)

 女の子が果物ナイフと椅子を持ってきた。それと、バケツ一杯のジャガイモ……多分。色が妙に毒々しい紫だけど。それから暖炉の前に椅子を持ってきて腰掛け、ジャガイモを剥き始めた。

 剥けたジャガイモが鍋へ放り込まれていく。湯がどろりとした赤色に染まった。それが泡をはじけさせる様は、まるで溶岩みたいだ。

 亀山くんの胃袋がキュウッとよじれる。手に汗が染み出してくる。

 散々迷った末彼は、女の子に自分から話しかけた。

「あのー……ちょっといいかな?」

「何?」

「あのう、あのさ、僕いつまでここにいたらいいのかな。そろそろ出たいんだけど」

「ああ、それならもう少し待ってね。用意が出来たら出してあげるから」

「あ、そうなの」

「うん」

 亀山くんは大人しく引っ込んだ。膝を抱えて座り込み、シュークリームの残りを食べる。甘さが口に広がって、すごく心が安らいだ。ほんのつかの間。

 ふと気づけば女の子は、ジャガイモ剥きを終えている。しげしげ自分を眺めている。唇を尖らせた思案顔で。

「あなた大きいから、このお鍋じゃ一度に全部入りきりそうにないわ。もうひとつお鍋がいるかしらねえ」

 亀山くんは頭をぼんやり傾けた。相手が何を言ったのか、すぐには飲み込めなかったのだ。彼の知っている常識と、あまりにかけ離れた言葉だったから。

 それでも時間の経過と共に少しずつ、言葉の内容が理解出来てくる。


 ……コノ女ノ子ハ今、僕ヲアノ鍋デ煮ルトイウ意味ノ発言ヲシタノデハナイカ?


(まさかあ)

 反射的に心の中で呟いてはみたが、『おかしいぞ、おかしいぞ』と頭の中で響き渡る警告音が、きれいさっぱりそれをかき消す。

 湯の煮え立つ音がやけに大きく聞こえてきた。

 警告音が言葉になる。これから悪いことが起きるぞ、起きるぞ、そうなる前に早くここから出て行かなくちゃ、とせかす。

 亀山くんは、即刻それに従った。

「あ、あのう、僕もう帰るよ」

 早口に言って檻を持ち上げようとする。

 でも、上がらない。

 柵を押しても引いてもびくともしない。

 亀山くんの脇の下がじっとり濡れてきた。部屋がますます暑くなってきたからじゃない。女の子が鍋の前で、変な歌を歌い始めたからだ。

「♪大きな脂身大きなお肉、とろとろ煮込んだおいしいスープ、一度に全部入らなきゃお鍋を二つにしましょうか、それとも残りは凍らせて、次の日にまた食べましょか♪」

 亀山くんの心臓が全力疾走し始めた。息がうまく出来ないくらいに。

 女の子がまた奥へ行った。

 戻ってきた手には、分厚い肉切り包丁。そして砥石。

 亀山くんは震え声を出した。檻の隅へ後ずさりしながら。

「あああああの、何する気なの、君」

 女の子はニコニコしながら言った。

「それはもちろん、あなたを食べるのよ」

 亀山くんは咄嗟に思った。この女の子は頭がおかしいのではないだろうかと。いや、もしかしたらそういうふうに演技してくれと番組を作る人から頼まれているのかもしれないが、だとしたら頼む方の頭がおかしい。

(これ、ドッキリ番組の撮影じゃなかったのかな、ホラー映画の撮影だったのかな、いや、それにしたって素人をこんなふうに使うなんておかしいし……)

 ぐるぐる回る頭で考えた末亀山くんは、今自分が一番望んでいることを口にした。

「えっと、冗談だよね?」

 頼むからそうだと言ってくれ。そんな彼の願いもむなしく、女の子は首を振る。

「ううん、冗談じゃない。私、すごくお腹がすいてるの。もう何年も人間の子供を捕まえられていなかったから」


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